めおと舟 その1『グランジ大さんのせい』

連載
めおと舟

おいらは浅草で暮らしている。
平成六年に建てられた賃貸のマンション。
図面上の間取りは二部屋だけど、入居の当日にさっそくキッチンとリビングを区切るパーティションがぶっ壊れて閉まらなくなったので、事実上ワンルームだ。ちなみに網戸も壊れてる。あと排水口もすぐ詰まって非常に困っているけども、それはおいらの抜け毛のせいなので仕方がない。

生業はフリーライターという良く訳の分からないもので、取材が無い時は基本的に家にいて、物書きをしたり、ゲームをしたり、本を読んだりしている。一見すると楽に見える仕事だけど、常に締切に追い詰められるか金銭的に追い詰められるかしてるので、ストレスでどんどん毛が抜ける。そして排水口が詰まる。よもやパイプダッシュなんてとっくの昔に効かない。今は業務用のアルカリ溶剤でどうにか、すこやかな排水生活を確保している次第。

要するにハゲかけたアラフォーの不人気フリーライター。それがおいらのありのままの姿だ。断言するけど、コレをご覧の大抵の皆さんよりも、おいらのほうが稼ぎが少ない。将来性もない。毛量もだ。

もはや異世界転生にワンチャン賭けたくもなるけど、おいらがそうしないのは家族が居るからだ。しかも自分でいうのも何だけど、結構恵まれておる。

彼女たちの紹介をしようか。

まずいつも膝の上に乗っけてるこの子は、保健所に捕獲されたり施設に引き取られたりするうち、めぐりめぐって我が家の長女になった経緯がある2.5キロの小さな猫で、名前を「ピノコ」という。うちに来た時は生後11ヶ月で、当時ですでに施設の古株扱いだったから、おそらくは生まれてすぐに母猫とはぐれるか、あるいは捨てられてしまったのだろう。打ち棄てられてやさぐれて。しかも背骨が若干歪んでいたり、あるいはすぐに下痢をしたり。身体的にも恵まれてはいない。だのに、さもしくも気高い立派な野良根性を一切持たぬ、ふにゃふにゃででれんでれんな、甘えん坊のイエネコとして育ったのは、ひとえに施設の職員さんたちの、大きな愛ゆえだと思う。

生来猫は好きだけど、この子が来てからは行き場のない父性が暴発して月まで吹っ飛ぶ勢いである。草を喰む必死な表情も。水を飲む時に踏ん張るガニ股のあんよも。何もかもが信じられぬほど愛おしい。

▲我が愛猫ピノコ。

そして次。そこの座椅子でネイルアートに余念がないのが、我が家の屋台骨を(影としてではなく表立ってがっつりと)支える妻である。

頼りない亭主とは違い、しっかりと化粧品会社に勤めておる。名前は「はる」で、マイケル・ジャクソンとストリップをこよなく愛す、ちょっとだけエキセントリックな女性だ。ちなみに先日パーマネントを掛けた。以前それと同じ台詞を述べたのちに掛けたパーマはジャネット・ジャクソンのような、おいらの思うパーマよりズドンとくる本場のパーマで、本人曰く「くるくるにしちゃった」そうだが、いやどうみても「スチールウール」だった。だので今回も「久々にパーマを掛ける」という、あのジャネットの亡霊が垣間見えんばかりの宣言を聞いた時は戦々恐々としたものだけど、どうやら空気を読んで呉れたのか、ゆるふわなパーマになっておって一安心である。亭主とは違い、彼女は成長する生き物なのだ。

二人と一匹の共同生活が始まってそろそろ2年になる。

元々おいらが独りで棲んでいたマンションに妻を呼び寄せ、猫を貰ってきた形なのだけど、冒頭の如くそこはワンルームマンションなので、もはや手狭も手狭。あきらかに独居仕様のところに無理くり住んでいる手前、生活の上での不具合がエグい。

まずお互いにプライベートが一切ないのは問題だろう。今のところ妻もあんまり気にしてない風だけども、口には出さぬだけで自分の部屋くらい欲しくて当たり前のはず。なんせおいらも欲しいのだから。

あと自営生活と猫の相性がすこぶる悪いのも問題だ。甘えん坊な元野良は、どうやらキーボードを操作する主人の膝の微細な振動が気に入ったらしく、しきりにそこに乗ってこようと、椅子の周りを跳ね回る。これが大変に鬱陶しい。可愛いのだけども、なんだか哀れになって猫と遊ぶうちに気づいたら1時間とか平気で過ぎているので、締切の慢性的な遅れの一因になっているのは疑いようがない。おいらのせいなんだけども、これはなんとかしないと沽券に関わる。

とうわけで我が家は引っ越しを計画している。

もっと早くしとけよと思われるかも知れないが、なんせお金が無いのだ。びっくりするくらいない。超貧乏である。ちょっと洒落にならんくらい無い。どこか田舎の方に引っ込むのなら引っ越し出来なくはないかもしれんが、妻の仕事の関係や、あと単純に街の雰囲気が気に入ってることもあって、次の住まいも浅草を予定している。要するにすげぇ高いので、それがまたいまいち引っ越しに踏ん切りがつかない原因になっている。

「ねぇ、ひろし!」

ある時、妻が言った。おいらは家ではひろしと呼ばれている。あしのはペンネームだ。

「グランジの大さんって知ってる?」
「グランジ……。ってお笑いの?」
「そう! 大さん」
「あー……。ネタはあんまり見たことないけど、ツイッターのタイムラインで何回か見たことあるかも」

知り合いの芸人さんに「橋山メイデン」さんという方がいる。メタル芸人であったり、あるいはドラゴンボール芸人だったりするのだけど、その彼のツイートに、妻の言う大さんも何度か出てきた気がする。

「うそん! ひろし大さんと繋がってるの!?」
「俺じゃないよ……。メイデンさんがたまに絡んでるの」
「そうなんだ……! ちょっと大さんの番組が面白いのよ。一緒に見ない?」
「番組?」
「スカパーのやつ。YouTubeでも見れるの」
「……なんて番組?」
「『ガチンコ舟券勝負』って番組なんだけど──」

……舟券?

「なにそれ。ボートレース……?」
「そう。ボート」
「はる、ボートやるの?」
「いや、やんない」
「それでその、ガチンコ──なんだっけ」
「ガチンコ舟券勝負!」
「それ。それ観て面白いの?」
「面白いのよ、それが」
「笑オタすげぇな……」

そう。妻はストリップとマイケルジャクソンに加え、過去お笑いオタク──笑オタだった時期があるそうな。拗らせていた時期はなんと日帰りで大阪の劇場までライブを観に行ったりしてたらしい。流石に今はそこまでアレじゃないけども、未だにネットフリックスなどで過去のM-1を頭からケツまで観たりしてるので、お笑い自体は好きなようだ。ちなみに今のお気に入りは『脳みそ夫』と『GO皆川』らしい。

ともあれ──。2019年春。

我々夫婦はYouTubeにて約2日かけて『ガチンコ舟券勝負』の過去アップロード分をすべて観破し、そしてその2日後、気づいたら妻が『テレボート』に加入していた。

「ねぇ、ひろし!」

ドヤ顔でスマホの画面をこちらに見せつつ言った妻の一言が、おいらの脳には未だにこびり付いている。

「これで引っ越ししよう──!」

……以上! 今回はここまで。
次回『コレ村松くん買っとけばなんとかなるんじゃないか?』に続く!

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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