ボートレース人間模様 -観客席で感じた疎外感- めおと舟0

連載
めおと舟

 

生まれて初めてボートレース場に行ったのは今から3年程前の事だ。

なんとなくその世界と関わりがなく過ごしてきた自分にとって未知の領域であるボートレース場。興味が無いといえば嘘になるけれど、自ら積極的に近づく事はそれまで一度も無く、その時ですら「ライター友達の取材に付き合う」という目的のもと、暇つぶしに近い入場だったのを覚えている。

 

 

冬場である。

その年はダウンジャケットが流行っていて、猫も杓子もひたすらモコモコした格好をしていたのだけども、川ッぺりの観覧席で周りを見渡した筆者がまず一発目に思ったのは「みんなやたらダウンジャケットだな」という事だった。

たまたまかも知れないけど、ダウン着用率9割を越えていたと思う。

筆者は深緑のブルゾンだったけど、なんとなく浮いてる気がして肩身が狭かった。

 

「ねぇ。みんなダウンだけど、なんで」

「さあ……。知らないけど……」

 

そう返した連れもダウンジャケットだった。

 

「にしてもダウンが過ぎない?」

「知らないよ……。ほら、レース始まるよ」

 

ピットアウトからの待機行動、そしてフライングスタート。

無知な筆者のために横で説明してくれている友人の言葉を上の空で聞きながら、筆者はぐるりと周りを見渡した。ダウンジャケット。ダウンジャケット。ダウンジャケット……。いよダウンジャケットがゲシュタルト崩壊を起こしそうになった時、視界の隅に彩りが見えた。青いコートの女性だ。なんとなくホッとする。どうやらダウン着用はドレスコードではないらしい。

 

「さあ、始まるぞ──!」

 

スタート12秒前。友人を言葉を合図にしたように、爆音が跳ねた。

六つのモーターが雄々しい唸り声を上げ、一つに重なる。

ホーミーみたいだ! と思った。

正直、一体何がスタートで何がゴールなのかも分かっていない状態だったけど、眼の前で何か凄いショーが始まったのは、モーターと水音が奏でる勇ましいファンファーレだけで充分に伝わってきた。

 

弾丸みたいにすっ飛びながら、ターンマークに突っ込むボートたち。

嬌声にも、感嘆にも、そして怨嗟にも聞こえる声が観覧席のそこかしこから湧いた。

ああ、と思った。

第一ターンマークを周り損ねたボートがひっくり返っている。

転覆だ。しかも二艇も。

 

「おお……。なんだこれ。こんな事あんの……!?」

「ある。あるんだよ。しかも一番人気だよあの舟。もう一艇も悪くない……」

 

後ろのダウンジャケットのおじさんが『バカヤロー!』と叫んで投票権をビリビリに破いて投げていた。真冬の風に舞う紙吹雪。ちょっとキレイだったけど、こんなマンガみたいなリアクションほんとにあるんだ! と思って謎に感動した。

一方で少し離れた所のダウンジャケットは固く握りこぶしを作って『そのまま!』と叫んでいる。どうやら彼にとってこの状況は悪くないらしい。

場内、いたる所でダウンジャケットが喜んだり悔しがったりしていた。

横目でちらりと青いコートの女性を確認する。

無表情だった。どっちだろう。嬉しいのか。悔しいのか。分からない。

 

「終わった。あー……買っとけば良かったなぁ」

「え、もう終わり? まだ走ってるじゃん」

「いや。あそこ……そこがゴールなんだよ。このレースはもう終わり……。次だよ次……」

「次か……。買うの?」

「うん。買う。あしのは?」

「いや俺は……」

 

1レースだけ。200円買った。

予想もなにもない、適当に買っただけだから、もちろんハズレだった。

友人に付き添ってそのまま4レースほどみたけど、その日の戦績はマイナス200円。

あっという間に感じたけれど、レース場を出たとき結構な時間が経っていて驚いた。

 

「どうだった?」

 

駅前でうどんを食べながら訊かれたので、正直に答えた。

 

「面白かった。あと、寒かったな」

「川沿いだからねぇ」

「ああ、そういえば右後ろの所にさ、青いコートの女の子居たの気づいた?」

「いや……。わかんない。女性多いもんね最近」

「俺結構観察してたんだけども、凄い無表情でレース見ててさ……」

「それ、彼氏か誰かと来てるんじゃない? 買ってないんだよ」

「……そういう事もあるか」

「だって、お前も大概無表情だったよ?」

「え、俺?」

「うん。200円買った時もまあ、あんまり──。表情はなかったね」

「ああ──」

 

疎外感だ。風に舞う紙吹雪。紅潮した顔。握りこぶし──。

はっきりと、自分が門外漢である事を感じた。

でも確かにあの日、筆者はボートレースを面白いと思ったのである。

ちょっとだけ、悔しいな、と思った。

例えば。あの青いコートの女性も、深緑のブルゾンの筆者も。

ずっとやり続けてればそのうち──。

 

「さて。これからどうする?」

「ちょっと飲み行くか?」

「いいね。お前勝ったんだろ? 奢れよ」

「一杯だけな……」

 

──しっかりと周りに溶け込んで、同じ方向を見て。

腹の底から応援したり喜んだり。悔しがったり、泣いたり、笑ったり。

そういう風に、なれるんだろうか。

ちょっとだけ、そうなりたいなと思った。

ああ、ならまずは、ダウンジャケットを買ってみようか……。

 

まさかボートレースサイト上でコラムを書くことになるとはついぞ知らぬ、三年前の冬の話である。

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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