めおと舟 その4『はじめての万舟』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。初挑戦をプラス収支で終えた我々は調子に乗って連日ボートに明け暮れ始める。初心者なりにレース展開を読む夫。選手の顔面と語呂合わせに拘る妻。2人の戦いはまだ始まったばかりだ。

「──じゃあ行ってくるから。ピノコのご飯お願いしていい?」
「うん」
「あとゴミ出しもお願い」
「わかった」
「お昼ごはんは昨日の残りがあるから。温めて食べてね。外食は駄目よ」
「はい」
「あと今日通販で買った荷物が届くと思うから、悪いけど受け取っといて」
「……ウス」
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい。頑張って」

妻は化粧品会社に勤務している。朝8時過ぎまで猫を愛でたあと、独りでは何も出来ぬ夫に上記の如くミッションを与えては、颯爽と家を出る。おいらはそれを見送った後、しばらくスマホでゲームをしたりマンガを読みながらながら過ごして、そのあと結構な確率で二度寝をする。絵に書いたような怠惰な生活だけど、そんな調子なので締め切り前には泣くような目に遭う。

会社での妻の様子は良くわからない。多くの旦那がそうであるように、おいらもまた会社で働く妻の姿を目にしたことがないからだ。もちろん、家では会社で何があったかを話してくれるし、どんな人がいるか、笑ったり腹が立ったり、悲しんだり喜んだりした時は、ちゃんと報告してくれる。昼休みもだ。今日のお昼は何を食べるよ。そんな報告が、毎日正午きっかりに、LINEに入ってくる。おいらはその着信音で目覚めるや、のっそりとベッドから起き上がり、腹の上に居座る猫の尻をポンと叩いて、やっと仕事を始めるのだ。

(今から休憩。ひろしは?)
(今起きた。これからコンビニ行って仕事するよ)
(昨日のご飯、温めて食べてよう)
(分かってるさ。タバコだよ。タバコを買いにいくんだ)
(よし。じゃあOK。わたしは今日はお弁当。ひろしが寝てる間に作った)

妻はつい2週間前から、いきなり弁当派になった。それまではお昼のたびに会社の仲間と外食に出てたようだけど、最近は独りでお昼を過ごすのにハマっているようだ。理由はいわずもがな。ボートである。

(わたし、今日は戸田の4R買うんだ)
(戸田……。関東日刊紙競艇記者クラブ杯?)
(それ)

(女子レーサー居るじゃん)
(そうなの。女子がいるレース初めて。ひろしどう思う?)
(おいらは──……)

正直全く分からない。妻と同じく、女子レーサーが出場するレースは一度も見たことがないからだ。男女混合のレースの場合、女子選手が有利なのかあるいは不利なのか。それすらも分からない。

(ぜんっぜん分からない。ノーヒントクイズみたいだ)
(だよねぇ。締め切りあんまりないし……。猪木買いしとこうかなぁ)

“猪木買い”とは『ガチンコ舟券勝負』番組内でお笑い芸人の福田さんが提唱してた買い方だ。要するに3連単を1-2-3で買うことである。ダーッ! だ。

(2枠の麻生選手は三連絡むだろうなぁ)
(麻生選手イケメン! やっぱり猪木じゃない? 今回)
(いやぁ、分からん。おいらはパスする)

強いて言えば5枠・大平選手が気になる。機力もいい。当地勝率の高さも魅力だ。とはいえ他の選手もほとんど遜色がないように見える。結論、なんも分からない。

(じゃあわたし、猪木で。あと5枠がいいような気がするからその辺も──)

【妻の予想】
1-2-3 100円
5-1-2 100円

顔を洗い、歯を磨いてから着替えを済ませ、家を出る。温かい春の日差しがまぶたを焼く。コンビニに向かって歩き出す頃には、今しがたのレースの予想などすっかり忘れていた。タバコをゲットし、フィルムを剥いているとスマホが震えた。

(惜しかった! 5-3-2だって!)
(はる、何買ってたっけ?)
(5-1-2!)
(なに……)

急いで家に戻り、PCで出走表を確認する。決まり手は「まくり差し」。27番人気で6,140円もついている。1枠・大井選手は──4着。ということは2枠3枠を外から豪快にまくりつつ、外側に膨らんだ1枠の内側を差したという事だろう。この日は一般戦とはいえ最終日の中盤レース。しかもすぐ横にはA1選手である麻生選手がいる。1枠・大井選手が限界までスロットルレバーを握り続けて膨らみ、そのスキを突いて華麗にまくり差した形だ。となると、1枠はない。5枠が来る時点で1は捨てても良かったのかもしれない。

ブラウザの画面を眺めながら、初心者の頭がフル回転する。

あとは2枠と3枠の勝負。これは読めない。読めないなりに考える。そうだ。枠なりの順にターンマークを回りはじめたとして、5枠がツケるのは2枠の前という事になる。まくった場合の挙動が分からんが、たぶんビタッとツケればツケるほど波の影響がモロに出るはず。ということは2枠が減速する。3枠が2着にくる。5が来るなら3-2は全然ある。というか5枠のまくり差しが決まるなら5-3-2が一番現実的な気がしてきた。LINEでその旨、妻に伝える。

(はいはい)

応答はこれだった。まあ仕方ない。おいらも逆の立場だったらはいはいとしか言えないだろう。しかし、そうか……。奥が深い。決まり手とその後の展開についてはちゃんと勉強した方がいいかもしれない。もしかしたら強力な予想手段になるかも。というか多分みんな知ってるんだろうけども、どこで勉強してるんだろう……?

「……という事があったんですよ、マスター。決まり手重要ですよ。決まり手」
「当たり前じゃんそんなの……。オレでも知ってるよ……」

時刻は19時過ぎ。浅草のBARである。マイケル・ジャクソンを全面にフューチャリングしているのに、マイケルの曲は年に2回くらいしか掛からない不思議な店だ。おいらはこの店で妻と出会って、この店で結婚式代わりのパーティを開いた。指輪を渡したのもこの店だし、猫を迎え入れた時も、ちゃんと報告にきた。

「しかし、ひろしくん、ボートハマってるねぇ……」
「いやぁ、おいらよりも、はるがめちゃくちゃハマってて」
「はるちゃん、ハマり症みたいだもんねぇ」

ビールを飲みながらしばらく過ごしていると、仕事を終えた妻がBARに来た。いつも通り、レントのソーダ割りを注文したあと、今日一日あった事をお互いに報告する。平和な日常だ。しばらくそうやって酔に任せていたけど、一時間ほどしたところで妻がポンと手を叩いた。

「あ。ねぇひろし! 今日、ナイターやってるよ」
「なに? ボート?」
「もちろん」
「おおう……。マジでハマってるねぇ……」
「凄くない? お酒飲みながらボートできちゃうんだよ。凄い時代だねぇ」
「確かに。凄いけど……。なんのレースやってんだ今……」
「ええと……『第12回ドラキリュウカップ・3世代対抗戦』だって」
「ドラキリュウ……。桐生(きりゅう)か!」
「そう。桐生。今だとねぇ、11Rに間に合うよ」
「どれ……。ちょっと見てみようか……」

んんー? これは1枠と2枠が鉄板くさい気がする。これこそ猪木でいいんじゃなかろうか。あと気になるのは4枠・関根選手がちょっとだけスタート遅めなくらいか……。とは言えそんなに影響もなさそうだし。

「わたし1-6-2にしようかなぁ」
「6ゥ? まじで?」
「うん。佐々木選手、『霜降り明星』の粗品さんに似てるし」
「似てるかぁ……?」

さておいらの予想だ。1=2は堅いとして、3着に誰がくるか。着目したのはやっぱり、4枠・関根選手のスタートタイムだ。今回もし遅いスタートになった場合は、5枠・長岡選手にとってはまさしく「まくってください」と言わんばかりの展開になるだろう。なんせ長岡選手はスタートが早い。今節だけでも0.0秒台を3度も繰り出しているようだ。F持ちとは言え慎重さとは無縁な感じがする。となると──。

今日勉強した事が頭をよぎる。

これ──もし4枠5枠のスタートタイムが0.1秒くらい離れてたとしたら、まくり大成功するんじゃなかろうか。そうそう上手く行くとは思えないけども、オッズも高そうだし、あわよくばを狙っていったほうが楽しいに決まってる。

よし。

「じゃあおいら……ワンチャン狙ってみる。5-2-1にしよう」
「5をアタマにするの?」
「うん。思いっきりまくっていくのに賭ける。あとの1枠2枠は今日の昼のレースと同じで、内側の方が波の影響受けるのに期待しとこう。よし。これだ。5-2-1」
「5ねぇ……。じゃあわたしも。1-2-5追加で!」
「おう、いったれ!」
「しゃっ!」

【あしのの予想】
5-2-1 100円

【はるの予想】
1-6-2 100円
1-2-5 100円

4枠と5枠のスタート差が大事。できれば0.1秒以上離れていて欲しい。ビールをあおりながらスマホの画面に注目する。モーター音がBARに響く。常連客が何事かと話しかけてきた。ボートです。ボート。面白いですよ。6艇か水面に真っ白な線を描きながらフルスロットルで駆ける。4号艇遅い。5号艇……好スタートだ!

「おっしゃ! 予想通り。まじかよ内側ガラガラだよ! 行けッ! 長岡選手! まくって! いけッ!!」
「あー、わたしの6号艇だめっぽい。ちぇ!」
「はる、1-2-5も買ってるよ! 全然あるよ!」

運命のターンマーク。黄色い舟が豪快に、Vの字を描くように。大外から一気に4つの舟を抜き去る。まくりだ。きれいに決まった。現在先頭は5号艇・長岡選手。思わず手に汗を握る。眼前には思い描いたとおりの着順で悠然とコースを廻る3つの舟があった。誰がどう見ても大勢は決してる。5-2-1だ。ボラでも跳ねない限りはもう大丈夫。そしてボートレース桐生は貯水池が舞台だ。ボラなど居ない──!

「決まるぞこれ……。頼むぞ……そのまま行け……」
「やーん。わたし外れた……」
「たのむ、たのむ、早くゴールしてくれ……そのまま……」
「マスター、『れんと』のソーダ割りちょうだい」
「そのまま……そのまま……。よし。よし。ゴール。獲った。獲ったぞはる、獲った」
「当たったの? いーなぁ。おめでとう。オッズいくら?」
「………円くらい」
「え?」
「2万5千円くらい」
「………ええッ!?」
「──ウォォォッシャァッ! 初・万・舟! しかも2万舟ジャイッ!」
「ウッソぉぉ! 凄い! ひろし凄い!!」

──2019年4月10日。おいらは人生で初めて、万舟をゲットした。

良かったか悪かったかでいうと、当然良かった。福音だ。とはいえ、降って湧いたようなこの2万舟のおかげで──しかもたまたまだとはいえ中途半端に予想通りの展開で当たってしまったため、我々は、泥沼のようなボートレースの世界に、ずぶずぶとハマリってゆく事になるのだった。

【今回の成績】

4月10日
第37回関東日刊紙競艇記者クラブ杯4R
第12回ドラキリュウカップ・3世代対抗戦11R

投資 500円
回収 24,500円
収支 +24,000円

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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