めおと舟 その5『テレボート哀歌』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。初心者なりにレース展開を読む夫。選手の顔面と語呂合わせに拘る妻。各々独自の予想で日々戦う中、いよいよ夫が初めての万舟を当てた!

おおよそどのギャンブルでも本格的にその道に足を突っ込むきっかけは往々にして「大勝の体験」である。もちろん全員が全員そうじゃないだろうけど、おいらの場合は間違いなくそうだ。なんせ前例がある。パチスロだ。20年ほど前。4号機の中期。閉店までひたすらメダルを積み上げ続け、夜中に交換したあと夢見心地のままファミレスで飯を食った。そうして家に着いて一晩寝て起きたら、もうパチスロが打ちたくてたまらなくなっていた。それまで「楽しいゲームだな」くらいに思っていたパチスロが「人生を賭けた趣味」に格上げされた瞬間だった。

「ねぇはる、テレボートって入るの簡単だった?」
「うん。簡単だった。仕事中にちょちょいのちょいよ」
「そうか……。オレも入ろうかなぁ」
「昨日万舟出したからでしょ。分かりやすいねぇひろしは」
「ちょっと物書きしながら調べてみるよ」
「分かった。頑張って!」

テレボート。ご存じない方もおられるかも知れないが、簡単に説明するとスマホからでもPCからでも簡単に、しかもいつでもボートレースの投票が出来てしまうという、考えようによっちゃ大変に恐ろしいサービスだ。ただでさえゲームとマンガで忙殺されているのに、こんなのに加入してしまったらますます仕事しないに決まってる。なので今まで妻から勧められても意図的に加入しなかったのだけど──。

……昨晩の光景が蘇る。

運命のターンマーク。黄色い舟が豪快に、Vの字を描くように。大外から一気に4つの舟を抜き去り。万舟だ。たった何分かで、24,500円が手に入った。しかも予想通りの展開だ。あの興奮。あの快感──。

猫が膝の上でゴロゴロと喉を鳴らしながら丸くなっている。その背中を撫でながら、思わず息を吐いた。どうしよう。テレボート。あったら便利なのは間違いない。なんせ今は妻に現金を渡して代わりに買って貰っているのだ。面倒も多かろう。一方で、そのひと手間があるからこそ、この程度のハマりっぷりで済んでいるのだというのも間違いない。たぶん自分で簡単に買えるようになったら、おいらは暴走するだろう。自分で分かる。

「よっしゃ。辞めとこ……。やっぱり」

たっぷり10分考えて出した結論は、40歳の大人らしい、分別のあるものだった。やっぱ自宅で無制限に投票できるシステムはデンジャラス過ぎる。おいらは自宅で独りの時は絶対に酒を飲まないという鉄の掟を守っているけど、よくよく考えたらそれと一緒だ。要するに、ルールがないと我慢が効かないのである。たぶん自宅での一人飲みも、一度解禁してしまったら三ヶ月後にはアル中だろう。危ない危ない。まあ人にあんまり会わない仕事だからアル中でもワンチャン問題無い気もするんだけど、文章が書けなくなると不味いし。だいたいおいらは酒飲むとすぐに記憶がなくなる。物忘れとかいうレベルじゃなくてスポンと抜ける。アル中。物忘れ。アルチュ……アルチュハイマー!

(ねえはる、アルチュハイマーって面白くない?)

妻にLINEを送って、一人で納得しながらPCの前に座る。こんな事してる場合じゃない。今日中に書かねばならない原稿が幾つかあるのだ。テレボートの事もアルチュハイマーの事も一回忘れよう。集中だ。集中──。

………。

2時間ほど画面に向かって作業をしていたら、返信があった。時計を見ると正午。お昼休みらしい。クビの骨を何度か鳴らして腕を回しす。よし、だいぶ進んだ。今日はかなり筆がノッてる。満足しつつLINEの窓を開く。

(アルチュハイマーって何?)
(……なんか思いつたから。忘れて)
(分かった! 忘れる!)

いつものようにコンビニにおにぎりを買いに出て、自宅に戻る。スマホが震えた。

(ねえひろし! そう言えば凄いタイミングだよ)
(どうした?)
(テレボートのウェルカムキャンペーン当たった!)
(なに……。なんだいそれは)
(なんかねぇ、期間中にテレボート加入したら3,000円当たるっていうので、当たったの!)
(え、マジで。そういうのって当たるんだ……)
(ね! 絶対当たらないと思った。ひろしも当てて!)
(いや、おいらは──……)

テレボートには入らない──と打とうとして、一度指を止めた。

3,000円だと? はるが当てたということは多分誰でも当たるんだろう。なんせ彼女はくじ運が良くない。ストリップ劇場のじゃんけん大会とかも大体一回戦で負けてるし、おみくじとかでも大吉を引いたのは見た覚えがない。そのはるが当てるということは、当選率はガバガバなのだろう。というか当たんないと意味がない。そういうウェルカムキャンペーン的なのは。そういえばちょっと前にソフトバンクがやってる電子決済のペイペイだかヘチマだかよく分からんが、あれとか当たりとか外れとか以前に全員に配って無かったか? 金額幾らだったか知らんが……。あ、LINE Payも1000円貰ったなそういや……。

ハッと、蒙が拓くのを感じた。

そう。多分これ、全員当たるんだろう。読めたぞ。わざわざ抽選で何名様! とか言ってるのは「やったぜ当たった! テレボート大好き! 一生ついていきます!」みたいになるのを狙っているのだろう。ははーん。そういうことか。悪い大人め!

(はるちゃん、それねぇ、多分全員当たるんじゃないかなぁ)
(私もそう思った! わたしが当てるって事は全員よきっと)
(だよねぇ。じゃあさあ、おいらもさぁ、貰っとく?)
(貰っとこうよ! テレボート入ろうよ! わたしが居ない時にも遊べるようになるよ!)
(いやーいやいやいや。貰うだけ。貰うだけよ。おいらはもう、そういうの貪欲にいっちゃうからね。スッと貰ってサッと忘れるみたいなね。へへ。何か悪いねぇテレボートさんには)
(はるなんかねぇ、テレボートさんから貰った3,000円、全部平和島にブチ込んだった!)
(おー、いいじゃんかー。テレボートさんの策略通りじゃないかァ。いいよーはるちゃん。そういう人がいないとねぇ、キャンペーン出来ないからねぇ。偉いよォ)
(へへ。ありがとう。1点買いしたった)
(……へ? 1点買い? 3,000円、全部?)
(うん。4R)
(ちょっとまってね……。ええと、第16回日本トーターカップ。これ?)
(そう!)

(どれ買ったんだい?)
(1枠の単勝)
(おお……。いいねぇ! バカっぽいねぇ! 貰った金の使い方としては100点満点だよ!)
(へへ。ありがとうございます)
(あ。もうすぐレースじゃん。見ようぜ見ようぜ!)
(うん! わくわく)

──結果。

(当たってるし! ウケる! はるちゃんウケる!)
(イエーイ! 2倍なった!)
(えーー! いいなぁ! おいらもテレボートさんにお金貰って増やす!)
(おう! 増やせ増やせい! 3,000円で万舟当てたら30万なるよ!)
(夢が広がる! おっしゃ! テレボートさんに引っ越し代貰う! おいら加入する!)

 

──そうしてその日から、おいらの「自宅ボートレース生活」が始まった。

のだが。結果から言おう。20連敗くらいした。全く当たらなくなった。「いつでも買える」というのは言い換えるなら「つい買っちゃう」という事でもある。その日からおいらは見(ケン)に入るのを忘れ、とりあえず薄い根拠でも何かしら買い、そしてカスりもせずに外すというのをイヤというほど繰り返した。負け金額は大したことない。7,200円だ。だけど当たらないストレスというのが思いの外痛かった。

そして一ヶ月後──。Gメールにこんなのが届いていた。

「おい! 外れたぞはるちゃん!」
「ウケる! ひろしバカねぇ!」
「ちょっとォ! あれ全員当たるんじゃないのォ? まじかよォ。えー、嘘だろォ」
「ひろしテレボート入ってから結構負けてるよね?」
「負けてるよ! 一回も当たってねぇよ!」
「あれだけボコボコ当ててたのに……」
「もー、ちょっとおいらボートレースとの向き合い方をちゃんと考えよう。ダメだこのままじゃ。キライになってしまう」
「やーん。キライになっちゃダメ! 一緒に遊ぼうよう」
「いや、やるけどさ。やるけど……。やるなら勝たないと面白くないなやっぱ」
「わたしも結構負けてるからなぁ……。どうやったら当たるんだろう。ボート」
「うーん……。わからん。20連敗中ですけん。ちょっと、マジで勉強しようぜはる」
「うん。しよう。ちょっと流石に不味いね。引っ越しとか言ってる場合じゃない」

どうやったら勝てるか。どうやったら当たるか。この疑問を今までほぼ持たずに謎の自信を持ちつつレースに挑んでいたのは奇異に感じられるかも知れない。が、これを説明するちょうど良い言葉がある。ビギナーズラック。がそれだ。万舟。そしてテレボート。この二つの事象を紐解くに、答えは単純で──要するに本格的にハマってテレボートに加入した時にはビギナーズラックを使い果たしていたと、ただそれだけである。

「くそ……。どうやったら勝てるんだ……どうやったら──」

ビギナーズラック時代はもう終わり。
この日から、本格的な「ボートレースのお勉強」が始まるのを、この時の我々はまだ知らなかった。

 

【今回の成績】

4月11日
第16回日本トーターカップ2日目4R

(妻)
投資 3,000円
回収 6,300円
収支 +3,300円

他、負け多数。

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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