めおと舟 その6『とりあえず当てようぜ。キライになっちゃうから』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。当初はビギナーズラックで順調に勝っていた夫婦だったが、夫の『テレボート』加入を機にいきなり勝てなくなった。現在夫婦共々負け越し中。どうなるめおと舟……!

4年前。御徒町での待ち合わせ。妻との初デートの日だ。本当は映画を観る予定だったのだけど、折角なので一杯だけ飲んでいこうと立ち飲み屋に入った。

「立ち飲み屋に来るの初めてですぅ!」
「こういう所、逆にオシャレだよね」
「はい。逆にオシャレですぅ!」

彼女はそう言って、ニットキャップの横からゆるくパーマが掛かったセミロングの髪の毛を遊ばせながら笑っていた。フフン。オイラなんかこの辺に住んでるから、立ち飲み屋くらい一人でだって入っちゃうんだぜ、みたいな雰囲気を出しながら下町ぶって格好つけつつ、いかにも女受けしそうなハイボールか何かを頼んでいた。

「ひろしさんって、仕事は何をされてるんですか?」
「僕ですか? 僕はいわゆる──IT系ですかね」
「すごぉい!」

大嘘である。当時オイラは5,000円くらいのとある商品の在庫が店舗にあと幾つくらい残ってるのかどうかをチェックして報告する仕事をしていた。担当地区は関東一円。関東一円だ。もう一回いうけど関東一円が担当だったのだ。つまり場合によってはたった一個の在庫を確認する為に、6,000円くらいの交通費と3時間くらいの時間をかけて、群馬とかまで行ったりする必要があったのだ。バカである。完全にバカが考えたバカの為の仕事だ。だって電話で聞けばいいんだもん。おそらくその仕事を考えた奴も、そして受注した奴も、さらには実際にやってるオイラも、登場人物全員もれなく全部バカで構成されていると思う。マジでやり甲斐の無さが突き抜けすぎて地獄のような毎日だった。その辺を彼女に説明しながら、こう続けた。

「だから、イヤイヤ旅をする系の仕事──で、IT系なのです」

彼女は一瞬キョトンとしたあと、ケタケタと笑った。

「はるさんも気をつけた方がいいですよ。男がコンパとかでIT系っていう場合、大抵違いますからね。大体何でもITなんですから。飯田橋の床屋とかでもITだし。ハハハ。おっと、今のはちょっとオヤジギャグ臭かったですかね。失敬──」
「でもわかりますぅ。そういう人いますぅ! 丸の内あるあるですぅ」
「え、丸の内勤めてるのですか?」
「はい。勤めてますぅ」
「えー、凄い。めっちゃOLですね」
「めっちゃOLですぅ!」

お気づきだろうか。猫vs猫。お互いこの時はめちゃくちゃ猫を被ってた。当たり前っちゃ当たり前だけど、何も正体を見せていない。その数日後には同棲を始め、オイラは全裸でちんこ音頭とか踊る事になるのだけど、この時は少なくとも若干トレンディ感があった。

「あー、あとオイラ、ライターもやってます」
「あぁ、なんかちょっと聞きました。パチンコ? でしたっけ」
「えーとね、パチスロなんですけども、まあ似たようなもんか」
「面白いんですか? パチスロって」
「面白いですよ。はるさんは、やったことありますか?」
「ないですぅ。だって──」
「だって?」
「だって負けたら──……」

時は加速する。

「ねぇひろしー。負けたらつまんないじゃん」

7月某日。うだるような暑さの午後であった。

パンツいっちょで仕事用のスツールに腰掛けてキーボードを叩くオイラ。座椅子のリクライニングをほぼ平行まで寝かせた状態で、お腹にピノコを乗せたままスマホをイジる妻。休日の定位置だ。家猫のくせに完全に夜行性な愛猫は、この時間は非常に眠そうだ。妻の腹の上のクッション感が心地よいのか。ゴロゴロと鳴る喉の音がここまで聞こえて来そうだった。

「んー。どしたァ。何がじゃァ……」
「ボートレースだよ。最近あんまり当ててないでしょ?」
「んー。せやなァ……。当ててまへんなァ……!」
「何で関西弁なのよぅ。ねー、当てようよう。ボート当てようよう」
「当ててぇのは山々だけどさぁ……。はる、成績はどんな感じ?」
「わたしは──。ちょっと負けくらい」
「えー。うっそだぁ。収支付けてる?」
「付けてない」
「じゃあ分からないじゃーん。多分ねぇ、実際ははるちゃんが思うよりずっと負けてると思うよ?」
「ひろしは?」
「オイラは収支表なんか付けなくても覚えてるもん」
「へぇ。どのくらい負けてる?」
「んー。トントン!」
「ウソつけ! どの口が言った今!」

正確に言うと、この時点で2万くらいマイナスになってた。一時は2万7000円ほどプラスになっていた事を考えると、5月6月で5万近く負けてる計算になる。

「負けすぎよ! ひろし!」
「しょうがないじゃーん。当たんないんだから」
「勉強しようよう。勉強」
「してるんだけどさぁ、すればするほどドツボに入る感じでさぁ……」

ドツボの原因はうっすらと分かっていた。要するに、負けを取り戻そうとオッズ重視の掛け方になってしまっているからである。しっかりレース展開を予測して1-2-4と読んだとしても、オッズがショボいと食指が伸びない。同じ金額を買うのならよりオッズが大きな2-4-1を厚めに買う。結果、トリガミが発生する。

「トリガミ?」
「あれ、はる知らない?」
「知らない」
「最近よく食らうんだよ……。毎回反省するんだけど、今日もさっき食らいそうだったよ」
「何のこと?」
「これ。見て」
「さっきの桐生?」
「そう。『スカパー!第19回JLCカップ・ルーキーシリーズ』ね」
「今日最終日の奴か……」

 

「はる、買ってた?」
「わたしは猪木(※1-2-3)で買って外した。あれ、ひろし1-2-4買って無かった?」
「買ってたよ。どう見ても1-2-4じゃんねぇコレ。的中だよ」
「幾ら買ってたの?」
「100円」
「おお。1,210円じゃん。おめでとう!」
「ちがうんだよ。違うんだよはる。オイラが買ったのはコレなんだよ。ちょっと見てみて」

【夫の購入した舟券】

1-2-4  100円 的中 払い戻し1,210円
2-1-4  300円
2-4-1  300円
4-2-1  200円
4-1-2  200円
1-6-4  100円

購入 1,200円
払戻 1,210円

「なにこれ。10円プラスだって。ウケる。ひろしウケる」
「これはまあ10円浮いてるけどさぁ。もう一点なんか買ってたらマイナスじゃん。そうなると的中したのに負け……。これを『トリガミ』っていうのよ」
「あー……。わたしも単勝で何回かあったなあ」
「単勝はもうしょっちゅうガミる。オイラはそれだけはよく分かった。ちゃんとオッズは計算しながら買わないとダメだ。マジで」
「でもこれ、なんでこんな買い方したの?」
「いやー……。これ1-2-4が来るなっていうのは予想してたのよ。個人的な本命として」
「うん」
「で、買った時オッズが9倍とか10倍だったからさぁ……」
「うん……」
「それ、例えば1,000円買ったとしても10,000円じゃん」
「そうだね」
「なんかさー、それ。つまんないじゃん」
「えっ」
「だから、1-2-4は保険として100円入れといて、あとは着順変えたのを厚めに買って……。1-6-4は最近毎回買ってるヒロシ買いなんだけども……」
「……でもそれさー、トリガミ? になったら意味なくない?」
「ないねぇ……」
「あのさぁ、わたしねぇ、今ちょっと聞いて思ったんだけどさぁ、3連複買えば良くない?」
「えー、3連複ゥ? ダサくなァい?」
「ダサくないよ! わたし結構3連複で買ってるよ!」
「んー……。ホントォ? どれどれ……あ、さっきの3連複、430円ついてる……」
「ほらー、じゃあさっきのレース……ひろしいくら入れてた……? 1-6-4は無視しても、ほら、1,100円買ってるのよ。計算してみなさい!」

【先程のレースを3連複で購入してた場合】

1=2=4   1,100円 的中 4,730円
1-6-4   100円

購入 1,200円
払戻 4,730円

「ほらー。プラスになるじゃないの」
「いや、分かる。分かるよはる。でもねぇ、これさぁ、着順通り1-2-4で来てるからであって、もし2-1-6とかだと大損だぞ? 発狂するよ多分オイラ」
「なんかさー、わたし思ったんだけど、ひろし最初の万舟に呪われてると思うのよね」
「呪い……?」
「そう。呪い。もしかしてさぁ、ビギナーズラックとかじゃなくて、あれで調子崩してるんじゃないのかなぁ……」
「……いや、そうなのかな」
「そうよ。もうちょっとさぁ。気楽にやんない? おっきいのを当てるのも楽しいけどさ」

妻は猫の顔をマッサージしながら続けた。

「負けたらつまんないじゃん。楽しくやろうよ」

 

 

【本日の結果】
スカパー!第19回JLCカップ・ルーキーシリーズ最終日2R

1-2-4  100円 的中 払い戻し1,210円
2-1-4  300円
2-4-1  300円
4-2-1  200円
4-1-2  200円
1-6-4  100円

購入 1,200円
払戻 1,210円

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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