めおと舟 その8『予想だけじゃダメなのかしら?』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。当初はビギナーズラックで順調に勝っていた夫婦だったが、夫は『テレボート』加入を機になぜか的中率が低下。一発逆転を狙いすぎるあまりトリガミも発生し始める始末。妻が順調に勝率を伸ばす中、ギャンブルライターとしての夫のアイデンティティがゆらぎだす──。

浅草の某BAR。家から一番近いという理由で週に3日は通っているお店だ。店主はN氏という。猫が好きなオッサンで、我々夫婦が旅行する時には彼に家の鍵を渡してピノコの世話をして貰っている。ちなみにオイラはこのBARではると出会いそして結婚しているので、N氏は夫婦にとっても、そしてピノコにとっても恩人と言えるだろう。

「ひろしくん、調子はどう?」
「まぁまぁ忙しくしてますよ」
「今日は仕事だったの?」
「珍しく朝からガッツリ──」
「頑張ってんね。何飲む?」
「アサヒで」

店は夕暮れと共に開く。閉店時間も特に決まっていない。近隣の住民がふらっと入り、そして飲んだくれて家路につく。80過ぎの爺様とそれより少しだけ若いレディーがペギー葉山の『ケ・セラ・セラ』に合わせてチークダンスを踊ったり、あるいは何故か英語しか話さない、でもどうみても日本人のオッサンが10ccの『feel the benefit』を聴きながら、フィリピーナと肩を組みつつドリフみたいに椅子ごと後ろに倒れて後頭部を強打したり。日常的にそういう珍現象が起きるジャイブ感あふるる店だ。ちなみに今はエアコンから死ぬほど水が漏れている。しかも水漏れ箇所が出入り口のドアの真上なので、だいたい皆下ツムジのあたりに水滴を食らう。そういう店だ。

「ひろしくん今日は水滴食らった?」
「あー、下痢ツボにヒットしましたよ」
「下痢ツボ?」
「あれ、これ方言ですかね。ツムジの事を下痢ツボって言ってませんでした?」
「子供の頃? 言ってないよ。初めて聞いた。そう言えばさぁ、今日久しぶりにパチスロ行ってさぁ──」

N氏は元・スロッターだ。今でもたまに打ってるらしいけど、昔は相当だったらしい。氏はオイラより8つばかり上なので、パチスロにおける熱中時代もその分離れている。オイラが打ち始めたのは20年くらい前だけど、N氏は28年くらい前から打ってるんだろう。

「勝ちました?」
「いや、負けたけどさぁ。面白くないねぇ今のパチスロ」
「何打ったんですか?」
「なんかねぇ、良くわかんないヤツ」
「良くわかんないヤツ打つからつまんないんですよ……」
「もーさー、派手でさぁ演出」
「あー……。派手ですねぇ」
「昔だったら100回くらい当たってるレベルの派手な演出来てさぁ、すげえの引いたぞと思ったらチェリーでさぁ。何もないんだよしかも」
「まー、オイラなんかはずっと打ってるからあんまり違和感ないけど、久々に打つとそういうのがあるかも知れませんねぇ」
「こういう事があると、ボートとかの方がいいねぇ今」
「……あれ。Nさんボートやるんですか」
「やんないやんない。動画だけ」
「動画……」

動画。YouTubeだ。そう言えばN氏は店が暇な時、ひたすらYouTubeで何やら動画を観ている。一度「何観てんすか」と聴いた際には「パチスロのやつ」と言ってた。

「ああそうか。最近パチスロ系の演者さんがボートやってますもんねえ」
「ひろしくんもボートのコラム書いてるんでしょ?」
「ああ。書いてますよ」
「あそこさ、ナカキンも動画でてるよね」
「出てますね」
「うん。観た観た。ボートさぁ、オレはあんまり良く知らないんだけど、動画見てるとさぁ、みんなそれぞれ予想の仕方が違って面白いねぇ。オカルトっぽい人も居るし、選手から選ぶ人もいるしさぁ。データをしっかり参考にする人もいて──。ひろしくんどんな感じでいつも買ってるの?」
「オイラですか。オイラは──」

何を重視して買ってるか。それは取りも直さず、「いつもどうやって失敗してるか」と言い換える事ができる。

「まずは……。選手の勝率と平均スタートタイムを見てます。それと枠。あとはFL持ってるかどうか……」
「どういう風にみてんの?」
「1枠にA1選手でスタートタイムが早い選手がいればそれでいいんですけど、例えば一人だけ極端に遅い選手が4枠辺りに居たら、その外側はマクっていくと思うんですよ。内側がら空きの状態だったらダッシュスタートの方が有利だろうし、だったら5.6枠も三連に絡んでくるんじゃないかなぁとか……。そういう風に、第1ターンマークがどういう形になるか……を予想してるんですけど──」
「当たる?」
「当たらないんですよコレが」
「他は見ないの?」
「いや、モーターも見ますよ。というかA1選手ばっかりのレースとかだと正直当地勝率とかあんまり関係ないと思うんですよね。みんな上手いし。そういう場合はモーターをみたり。年齢と出身地見たり。ボートは殆ど見ないですけど」
「当たる?」
「それでも当たらないんですよコレが」
「まえさぁ、この店で万舟当ててたじゃん? あれすごいなと思って見てたんだけど……」
「あれねぇ、ビギナーズラックでした。何で当てられたのか良くわからんです。自分でも」
「ひろしくんケータイで舟券買えるんでしょ? いままだナイターやってる?」
「あー。桐生だったら何かやってんじゃないですかね。……ちょっと見てみます」

 

 

「やってますね。近藤酒造杯ですって」
「ちょっとみして……。これ、ひろしくんどう予想するの?」
「これは……」

内側にA1選手が2人。1枠山本選手と3枠松村選手。特に1枠山本選手は当地勝率が高い。ナイターに慣れてそうだ。2枠伊藤選手もA2だけど強そうだ。というか全員強い。

「んー。3-2-1かな」
「なんで?」
「まず6枠春園選手は勝率は高いけどF持ちだし、これ初日のレースなんでそんなにゴリゴリ行かないと思うんで、ズバリ居ないものとして考えて良いと思います。実質5艇のレースかなぁ……。スタートが一番早いのは3枠松村選手ですけど、2枠も殆ど差がない。ただ1枠山本選手と比べると平均で0.05秒の差がある。しかも1枠はモーターがそんなに良くない。したがってこの0.05秒差が効いてくると思うんですよね。結論、1は三連には絡むけど1着は怪しいと予想しました」

となると2枠選手の動き次第になる。3枠が1着になるとすると2枠伊藤選手を外側からまくって、1枠山本選手を内側から差す形になるはず。というかその形以外ないだろう。その時点での着順は3-1-2になっていて当然で、そこからどうなるか……。

「3-1-2のまんまゴールまで行くか、途中で1と2が入れ替わるか。ちょっと迷うんですけど、やっぱ機力の差が出るんじゃないかなぁと。だって1枠山本選手のモーター……38番の2連対率19.54ってかなり低いと思うんですよ。2枠の25番モーターは悪くないし……。うん。やっぱ第1ターンマークを3-1-2で抜けて、終盤までに3-2-1に入れ変わる。これでいきましょう」
「なんかそれっぽい事言ってるなぁ……。それ買うの?」
「買いましょうか」
「自信あるの?」
「無いです。でも200円だけ……」
「3-1-2も買っとけばいいのに」
「えー……。じゃあ、3-1-2も100円だけ行っときましょうか……」

締め切り時間ギリギリで投票を終え、スマホからファンファーレが鳴り響く。

「ひろしくんどれ買ったって?」
「赤、黒、白です。赤、白、黒でもいいですよ」

スタートは枠なり。123/456だ。1枠山本選手が遅れてくれれば良し。果たしてどうなる。薄暗い店内。固唾を呑んで見守る我々の目の前で、スマホ越しの大時計の針が頂点で交わる。スタート。ほぼ一直線のキレイな出だし。わずかに遅れたのは6号艇春園選手。やっぱり。Fあるからか慎重に行った。これは大勢に影響なしだ。

「全然遅れてないじゃん白」
「いや、微妙に遅い。微妙。だがこの微妙なスキをレーサーは見逃さない……! さあここ。ターンマークです。ここが大切……! しゃッ! 来た! 3号艇松村選手! 外側から……。行けッ! ホラッ! マクッた! そのまま……1号艇を内側から……! ハイ差した! ね! ほら! 言ったとおり。めっちゃキレイなまくり差し! よっしゃ。3-1-2だ! ここまで完璧!」
「おお……。ホントだ……。すごいな」
「こっから2着争い……。大丈夫。機力に勝る2号艇がここから抜くはず……だけど、あれ、なんか離れてる。ちょ、頼む。おい、おい、おい頼むよ。おい」
「どうなってるの今」
「今まだ3-1-2です。あれ。何で抜かないの。ちょっと。変だな。2連対率19.54のモーター……。何か伸びてるぞ。あれ……。このまま──?」

大勢は決した。3号艇松村選手のまくり差し成功で着順は3-1-2。途中まではパーフェクトな予想だったが「2号艇が1号艇を抜くだろう」という予想が蛇足過ぎた。

「なんだよー……。結局3-1-2かよぉ……」
「買ってたじゃん。3-1-2も」
「買ってたけど……、なんかもうNさんに買わせられた感じだし……。なんかスカっとしないなぁ……。でもまあいいや……。なんか久々に当てたなぁ……」
「オッズは?」
「大して付かないっしょコレ……」

「ぬおッ。40倍付いてる……!?」
「すごいじゃん」
「え、なんでこれ40倍も付いてるの……。あー、1を頭にして買ってんだみんな……。ああやっぱ当地勝率見てんだなぁ……」
「よかったね。おめでとう」
「ありがとうございます。もう一杯ビールください」
「毎度」
「……ねぇ、Nさん──」
「ん?」

スカッとはしないものの。久々にしっかりプラスになった。しかも2点買い。第1ターンマークまでの動きはほぼ100点満点の予想だったと思う。

「オイラの予想どうでした? それなりに説得力ありました?」
「んー。オレは分からないけど。なんかそれっぽい事言ってたよ。実際当たってたし。悪くないんじゃないの?」
「んー……。でもなぁ。普段勝てないんですよ。最近なんか、はるの方が勝率が高いかも知れません」
「はるちゃんに負けるのは不味いね。コラム書いてるのに」
「そうなんですよ……。なんで勝てないんだろう」
「予想は出来るんだったら、あとは買い方なんじゃない?」
「……買い方?」
「うん。動画見てるとさぁ、みんな結構一杯買ってるんだよね。あんまり一本に絞って、今のひろしくんみたいに『コレ!』って買う人は居ないんじゃない?」
「広く買うって事ですか?」
「広くっていうか『この展開だったらこれ』『こうなったらこう』みたいに、複数シミュレーションしてる気がするんだよね。いまひろしくんたまたま当たってたけど、例えば1が来てたらもうダメだったわけじゃん」
「うん……」
「でもオッズではみんな1を頭にしてるわけでしょ。だったらたぶん、1が来ると皆が判断するだけの理由があってさ。そっちが来た場合にはこう……っていう両面待ちみたいな買い方をしとけば、的中率も2倍になるんじゃないの? 良くわかんないけど」
「つまり、視野を広く……と」
「視野って言っていいか分かんないけど、要は当てなきゃまず話にならないからさ。自分の中で幾つか本命以外のシミュレーションして。小さくとも当てていく感じにした方がいいんじゃない? 動画では結構みんなホントにそうしてるんだよ」
「……なるほど」

そうだ。そういえばだ。はるが勝率を順調に伸ばしている時、彼女の買い方にツッコミを入れた事がある。

(なんでそんな一杯買うの?)

脈略無く買ってたと思ったそれは、もしかして彼女なりの『両面待ち』だったんじゃないだろうか。トリガミ病で苦しんでる真っ最中だったオイラはその買い方をちょっと馬鹿にしていた部分がある。男はズバッと一本勝負。しかも万舟を狙えるなら狙っていく。よくよく考えると、当たるわけはない。当たったらたしかにデカイけど、的中率は下がって当たり前だ。

「買い方……か」
「うん。競馬とかもおんなじじゃん。買い方のテクニックみたいなのってあるんだって」
「……それどこで勉強すればいいんだろう」
「分かんない。けど、この店にも競馬好きは一杯くるからさ。浅草はウィンズあるし。皆に色々聞いてみればいいよ。買い方のテクニック──」

予想。それは完全に経験則と記憶力、そしてロジックの世界だ。しかし、もしテクニックで収支を改善できる部分があるとするなら、それは是非学んでおきたい。なんせオイラは投票式の競技は数ヶ月の経験しかないビギナーもビギナーなのだから。競馬やオート。競輪。それらを何十年も前からやってる古豪に話を聞けば、何かしらヒントもあるかも知れない。

「……わかりました。もしかしたら結構貴重な気づきかもしれない。ちょっと色々みんなに聞いてみます」

そしてこの時の意識改革。いわば「予想した部分を厚めに買うんじゃなく、全然違う所を買って両面待ちにする」というテクニック。これが今後のオイラのボート収支に、かなり大きな影響を与える事になるのは。この時のオイラはまだ知らなかったのだった。

──そして劇中の時間が、いよいよリアルに追いついた。

 

【本日の結果】
清酒 赤城山 近藤酒造杯 初日11R

(夫)
3-1-2  100円  的中  4,050円
3-2-1  200円

購入 300円
払戻 4,050円

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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