めおと舟 その12『馬にモーターはついてない』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。当初はビギナーズラックで順調に勝っていた夫婦だったがその後夫だけ的中率が低下。いよいよ勝率で妻に負け始める。焦る夫。気にしない妻。果たして引っ越しの行方は──。

浅草は元々博徒の街らしい。

上野をノガミ、浅草をエンコと呼んでいた頃、まさしくその隠語の元になった浅草公園エリア(現在の浅草六区あたり)には戦争から引き上げてきた軍人さんたちが張ったバラックやテントが延々と並んでいたらしい。彼らは地元に帰らなかったのではなく帰れなかったのだ。なんせ旅費が無いのである。だので引き上げの際に持ってきた私物を種銭に、夜な夜な賭け事を行って旅費を溜めざるを得なかったのだ──と、何かの本に書いてあった。ホントかどうかは知らない。たぶん阿佐田哲也の『麻雀放浪記』だと思う。

さらに、今でもたまに言われることわざみたいなのに『三の酉には火事が多い』というのがある。もちろん聞いたことない人もいるだろう。オイラも長崎に住んでた頃は聞いたことが無かったもの。こっちに住み始めてからちょいちょい耳にするようになった言葉だ。意味としては「年末が迫ると火事が増えるよ」みたいな感じらしい。

この『酉(とり)』というのはいわゆる『酉の市』の事で、要するに商売繁盛のお祭りの事なのだけど、これが全国区の祭りなのかどうかは良く分からない。少なくとも関西には同様の祭りがある事は、以前大阪の人に聞いた。「熊手を売るお祭りだよ」と言うと、ピンと来る人もいるかも知れないけれど、まあとりあえず祭りの詳細は置いといて、この『酉の市』というのは毎年11月に行われる。しかも酉って付いてるからには酉の日にカマすわけだ。

んで困った事に11月の酉の日は月に2回ある年と3回ある年があるのだ。酉は12日周期で来るからね。で、舞台とかで最後に出る人を「おおとり」と言うように、この3回目の酉の市は非常に盛り上がるのです。毎年あるわけじゃない分、レアリティも高かったのだろう。

そして祭りの性質上、酉の市に参拝に来る客はだいたい商売人なわけで、お金は持ってるわけだ。彼らは女房子供を置いて、夜中に詣でるのだけども、いちばん有名な酉の市の開催場所こそまさに浅草にある「鷲神社(おおとりじんじゃ)」であって、なんとその現場からちょっと歩けばもう吉原なのです。つまり彼らは熊手にかこつけて吉原に来てたと推察される。割とマジで。そして商売人がそれだけの人数、一同に会する花街なのだから、当たり前のように博打がぶたれまくってたそうな。相手もいる。泊まる場所もある。じゃあもうぶつしかない。そんな感じだったのだろう。

『三の酉には火事が多い』。これは諸説あるけども、オイラは鉄火場の事だと思っている。火事も関係なければ酉も関係ない。つまり花街はアツイぜ。みたいな意味で考えとけば、あながち外れてない気がする。

そして現在。過去エンコと呼ばれてた場所近辺にはパチンコ屋さんとスマートボール場と雀荘。そして『ウインズ浅草』がある。お馬さんである。

さて。

少し前のことだ。妻と立ち飲み屋で酒を飲んでいた。店内は満席。炙った肴の香ばしい香りとアルコールの饐えた臭気。そして前歯の無いオヤジたち。耳にちびた鉛筆みたいなのをひっかけて、店内前方に据え付けられた画面に向かって拳を振り上げている。

「……盛り上がってんなァ」
「うん。盛り上がってるねェ」
「馬なァ……」
「馬ねェ……」
「馬刺し食べる……?」
「今食べたら殺されない……?」

浅草の立ち飲み屋で、週末に競馬中継をしていないお店などない。昼間にちょっと一杯引っ掛けに行こうとすると、百発百中でこういう状況になる。博徒の街・浅草。

ビールを飲みながらタバコを咥え、視線をオヤジたちと同じ方向に向ける。16頭くらいの馬がめちゃ走ってる。ボートもそんなに知ってるわけじゃないけど、馬の知識もまた完全にダビスタ止まりのオイラにとってはほぼ謎の世界である。

「ねぇひろし、馬やったことある?」
「100円だけある」
「当たった?」
「外した」

馬群が最終ハロンを回る。舌も千切れよと言わんばかりの速度で馬の名前を連呼するアナウンサー。毎度毎度、耳にする度に噛まないのが不思議で仕方がない。にんにくの素揚げを喰らいながら、ぼんやり画面を眺める。素人目に見ても接戦だ。五頭くらいが一丸となって最後の直線で競っている。ちらりと横目でオヤジたちを眺める。フンクオとかンンンとか、それぞれに唸りながら一心不乱に画面に集中している。鉄火場である。立ち飲み屋だけど。

「……ねぇひろし、ちょっとやってみる?」
「えぇ? 馬かい?」
「うん」
「興味あるの?」
「うーん……。あんまりないけど……。何か楽しそうじゃない?」
「いやァ……。難しいよ、馬は」
「やっぱり? 16頭もいるからねぇ……」
「それもあるけどねぇ、見るところが多いんだよ馬は」
「見るところ?」
「うん。なんか知らんけど、血統とかさぁ。重馬場の得手不得手とか。なんかダビスタでそういうのあったよ」
「ダビスタ?」
「うん。ダビスタ。まあ知らんでいいよダビスタは」
「ダビスタ……。検索してみる」
「いやしなくていいよ……」

大勢が決したらしく、最前列のオヤジが雄叫びをあげる。どうやら獲ったらしい。

「レーサーは? レーサーも重要だよね?」
「レーサーっていうか、ジョッキーね。そりゃジョッキーも関係あるけど……。走ンのはお馬だからねぇ。別にジョッキーはそんなに──」
「へぇ、そうなんだ……。じゃあ、ほぼお馬さん次第?」
「うん。知らんけど多分」
「ボートと逆なんだねぇ!」
「ああ……確かに。言われてみれば……。ボートはレーサー重視だもんねぇ」
「お馬さんが大事……。ってことは、モーター性能で大体決まるんだ。ボートで言うと」
「まあ馬にモーターはついてないけど、意味はだいたい合ってると思う」
「血統っていうのは?」
「お馬のパパとママが強かったら強い馬になりがちィみたいな……。そう簡単じゃないと思うけどね。でも大筋はそれだと思う」
「ふうん。モーター次第か……」
「ごめん、モーターじゃない。モーターではないよ馬は。でも大体あってる」
「じゃあ、モーターと、ボートがセットになってるみたいな?」
「それも違う。走るのはもう馬なんだよ。モーターとボートとレーサーがセットになってるのが馬なんだよ」
「ジョッキーはなに?」
「分からん」
「要るの? ジョッキーって」
「絶対要る。ジョッキーが指示しないと馬は走らないわけじゃないか。あとコース取りとかさ。スタミナ抑えたりとか……。勝負どころでムチ入れたり……」
「あ、二人で走ってる感じ?」
「そうだ、それがしっくりくるね。フォレスト・ガンプみたいな感じだよきっと。あいつもほら、女の子から『フォレスト走って!』って言われて超走るじゃん。あの時細かく『2号艇と3号艇の間をすり抜けるように走って!』みたいな事言ってないけどジープから逃げ切るでじゃん。アレだよたぶん。そしておそらく『フォレスト止まって!』って言ったら止まるからね。ガンプは。ああ、そうだな。それだよ。ジョッキーってそういう事だと思う」
「なるほど! さすがひろし。そういう事か!」

ビールを追加しつつ更に「ジョッキーとは何なのか」について、いつもの夫婦のノリでゆるく喋ってたら、となりのオヤジが途中から入ってきて「ジョッキーとは何か」について凄く語ってきたけど、いや、大丈夫。冗談です。分かってますと、半笑いで相槌を打った。もうすぐ夏が終わる。浅草の、鉄火場の午後の話だ。

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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