めおと舟 その13『マクロ的な経済観点でいうと国が仕事相手なのかもしれない』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。当初はビギナーズラックで順調に勝っていた夫婦だったがその後夫だけ的中率が低下。いよいよ勝率で妻に負け始める。焦る夫。気にしない妻。果たして引っ越しの行方は──。

9月末の事である。自室のベッドに寝っ転がりながら、スマホを耳にあてる。

「あー、もしもし。オヤジ?」
「おぉ。ひろし。なんね」
「なんかまた台風来てるっていうからさぁ。大丈夫?」
「あー、大丈夫たい。ウチはもう全然。早岐の方は酷かばってん。ウチは高台やけん。よかよか。大丈夫よ」

オイラの実家は長崎県の佐世保市という所である。日本一長いアーケードとハウステンボス。そしてハンバーガーと軍港でお馴染みのカオスな街だ。少々複雑な家庭環境をバックグラウンドに持つオイラは母親を東京に、そして父を佐世保に持つ。

「ああそう。良かったよかった」
「ハルさんは? 元気しとるね?」
「ああ、元気だよ。猫も元気さ。ほらピノコ、こっちおいで。お爺ちゃんに挨拶しな……。お。ホミャーンだってよ。聞こえた?」
「おお。猫。喋るとね! お前んちの猫は! 可愛かねェ」
「へへ。そうなのよ。可愛いんだよなぁ……。で、父ちゃんそっちはどうだい。なんか変わった事は?」
「なんもなかたい。イチパチばっか打ちよる。よかよか。仕事はどがんね?」
「まあボチボチ……」
「まだ前の会社におるっちゃろ?」
「あー……。うん。大丈夫」
「おるっちゃろ?」
「あいあい。あー……。ゲフン」
「おるとやんねぇ?」
「……辞めた」
「なんでやめたとね……!」
「いやー、他にやりたいことが出来たと言うか……」
「なんば高校生のごたん事ばいいよるとかお前は……。なんばしよっとね今」
「んー……。説明が難しいんだよなぁ」
「こないだお父さんにインタビューか何かしよったけど、ハハァン、さてはマスコミやね?」
「ああ、そうだね。マスコミ。そう。マスコミに近い」
「ああそうね。まあ何かしらんけどよかたい。頑張らんばね。奥さんもおるっちゃけんが」
「はい。がんばります……」
「うん。よかたい。正月は帰ってくるっちゃろ?」
「いや、正月は無理かな。ちょっとズラすよ。2月くらいかな」
「2月ね。分かった。ハルさんも一緒やろ?」
「もちろん。一緒に帰るよ」
「はいはい。分かった。じゃあまた、何かあったらね。はいはい。じゃ」

スマホの通話終了ボタンをタップして、ふぅと一息つく。とりあえずコレで目標その1は達成した。問題は次だ。そのままディスプレイに目を向けアドレス帳に表示された「きみちゃん」の名前をタップする。

「はいもしもしィ」
「あー……。母ちゃん?」
「おぉシロ。しばらくだねェ。ジュンちゃんどうだった?」

シロとはオイラの事である。そしてジュンちゃんとは、父の事だ。

「大丈夫だってよ……。だからもうさぁ、いちいち心配しなくても九州は大丈夫だって。雨とか別に慣れてっから彼ら。毎年毎年何回台風の直撃食らってると思ってんだよもう……」
「ンな事いったってアンタ、ニュースでバンバンやってるじゃん。九州凄いのよ今。雨が。台風なんだから」
「知ってるよもー……。でもねぇ、九州に住んでたオイラがいうんだから間違いないって。大丈夫だってば」
「大丈夫じゃないでしょうアンタ。凄いんだから。雨。風も」
「もう面倒くさいなぁ毎回毎回……」

母ちゃんと父ちゃんはあんまり仲が良くない。まあ別に悪くもないんだろうけど、カジュアルに「台風どうよ」とコールできるほどの関係値はないので、必定、互いの通信はオイラを通して行われる。そして台風のシーズンは、その動きが活発化する傾向がある。要するにクソ面倒くさいのだ。

「で、どうなの最近」
「何が」
「仕事よ。どうなの」
「ボチボチだよ」
「まだ前の会社いるんでしょ?」
「あー……。うん。大丈夫」
「いるんでしょう?」
「あいあい。あー……。ゲフン」
「いるのよねェ?」
「……辞めた」
「何で辞めたのアンタッ! バカじゃないのッ! 嫁さんいるのにッ!」
「ンンンーッ! デジャビュッ!」
「何ッ!」
「なんでも無い」
「今何やってんの」
「えーと、なんて言えばいいのかね。物書きだよ」
「物書きィ?」
「そう」
「あんたそういえば小説書いてたわね。そういうの?」
「あーもう、それでいいよもう」
「それでいいって何さ! ちゃんと分かるように説明しなさい!」

父ちゃんと母ちゃんの性格の違い。父は「分からない事は分からないまま分からないとして処理する」ことができる。母ちゃんはダメだ。分からない事はわかるまで説明を求めるが、説明しても分からないから永久に話が進まない。

「トホホ……。ええと、依頼を受けてェ、書いてェ、お金貰う。そんな感じ」
「なにそれ。会社なの?」
「いや、個人」
「個人って、自分でやってんの?」
「んー。うん」
「独立?」
「そう」
「届け出は出したの?」
「出してる」
「そう。早く言いなさいよ。──シロ、おめでとう!」
「え?」

ちょっと意外だった。

「うちの家系はねぇ、会社勤めなんか一人もいないから。全員個人でやってるじゃない。私もだし、アキも自分でやってるでしょ」

アキとは、ウチの兄貴だ。

「ああ、たしかに……。会社勤め誰もいねぇな……」
「そう。親戚だって全員そうなんだから。向いてないのよアタシたちは。絶対ムリだもの。アキなんかもっと無理。アンタもダメよ」
「いや、別にオイラは……」
「アンタも絶対ダメよ。母親ですから。そういうの一番わかるの。アンタがちっちゃい頃から、この子は会社勤めは無理だろうなって思ってたもんアタシ」
「どこで判断したんだよ……」
「で、どんなの書いてんの。アンタ遠藤周作とかなんとかオサムとか好きだったじゃない」
「あー、太宰ね」
「そう。それ。太宰だかヘチマだか知らないけど、ああいうの?」
「いや、全然違うよ」
「じゃ何書いてるのよ」
「ンー。まあ、パチンコ?」
「パチンコォ? 馬ッ鹿じゃないの! まだそんな事やってるのアンタは!」
「あーもーほらぁ。そうやって怒るゥ。面倒臭いなぁもう……」
「わかるように説明しなさい!」
「えぇ……。こんなん説明しても分かんねぇよ……。ええと、パチンコ打つゥ、書くゥ、お金貰うゥみたいな」
「何よそれ! 馬ッ鹿じゃないの!」
「ああ、あとボート」
「ボート?」
「ボートレースだよ。競馬みたいな……。ボートがこうやってシュィィンって。当たったァみたいな。あるじゃん」

スマホの向こうで、息を継ぐ音がした。少しだけ間を開けて、母が答える。

「ああ、ボート。ああ……ボートね。なるほど。それはいいじゃない」
「ボートはいいんか──!」
「あれでしょ? テレビで広告やってるヤツでしょ?」
「あーそう。それ。やってるねCM」
「テレビでやってるから、いいわよそれは」
「基準がテレビ……!」
「しかも国がやってるんでしょ。ボートだかヘチマだか知らないけど、国がやってるならいいわよ。アンタが書いたらそこからお金貰えるんでしょ?」
「別に国からお金貰うわけじゃないけど、まあ、マクロ的な経済観点で捉えると、そうだね。間違ってない」
「じゃあいいじゃない。胸張ってやんなさいよ! じゃあ、今度アキも呼んでさ、手巻き寿司でお祝いしよう! ハルさんもね!」
「あー……。うん。オッケー。わかった。じゃあ」

静寂が訪れる。スマホを枕元に投げ、一息つく。ベッド脇でこちらを見上げるピノコが、ぴょんと胸に乗ってきた。

「いやぁ、面倒臭ぇぜ母ちゃん。やべぇなホント……」
「ホミャーン……!」
「あー、ピノコもそう思うよなぁ……。あいつも昔パチンコ打ってたんだぜ?」
「ホミャーン……!」

パチンコはダメだけどボートはオッケー。年寄りの価値観の基準はCMやってるかどうからしい。あとは国だ。国がバックについてるかどうか。

……ああ、今後は年寄りに仕事を説明する時は、ボートのライターだって言おう──。

改めて、公営競技の威力を思い知った秋の日だ。

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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