めおと舟 その14『一寸先は大人の世界』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。当初はビギナーズラックで順調に勝っていた夫婦だったがその後夫だけ的中率が低下。いよいよ勝率で妻に負け始める。焦る夫。気にしない妻。果たして引っ越しの行方は──。

オイラはパチスロが好きだ。というかもう20年くらい打ってるので好きとか嫌いを超越して、生活の一部になっている。例えばコンビニまでタバコを買いに行くついでにパチスロ。郵便物を出しにポストまで行くついでにパチスロ。散歩がてらパチスロ。パチスロ。パチスロ──。

「そんなさー。パチスロばっかり打ってて飽きない?」

ある日の午後だ。はるからこんな事を言われた。パチスロに飽きる、とかいう概念は失くして久しい。質問の意味が分からない。何いってんだこの子は。

「んー。もうねぇ。飽きるとかそういう次元じゃないのよね」
「だってみんな一緒でしょ?」
「みんなって?」
「パチスロ」
「あ、機種の事?」
「うん。そう」
「──ハッ!」

大げさにため息を吐いて頭を抱える仕草をする。そうして右手の人差指を立てて、チッチッチ。と振った。

「うわ、それすっごい腹たつ!」
「全ッ部違うよ。全ッ部。違う台なの。全く違うの。飽きるとかねぇ。そういうのは無いのよね」
「へぇ……」
「へぇってなぁ。キミ。例えばフルーツとかも全部違うじゃないか。リンゴとパイナップルが同じって言ったらもうそれ馬鹿じゃないか。で、フルーツ好きな人がフルーツに飽きるとかないでしょ?」
「フルーツは美味しいじゃん。パチスロとぜんぜん違うよぅ」
「同じさ。夏はスイカとかね。冬は……。なんだ。みかんとかさ。パチスロもね。時期によって色々あるのよ。今はちょっと規制がアレだから不作が続いてるけど、そのうちまた豊作の年が出るだろうみたいな。ああ、この農家がこういう台作ったから、真似してこっちの農家もこういうのを……とか。ああやべえ同じような機種ばっかりになって客離れたワイこりゃ豊作貧乏じゃい、みたいなね。あるんだよ」
「……農家?」
「いや農家っていうかメーカーだけどさ。ああサミーさんがエウレカ作ったから、今度は大都さんが忍魂作ったぞとかさ。ああこのゴッドさんっていうフルーツは定期的に出てくるけどやっぱウメェなとか。なんだこれ、ポセイドン言うんか。おンやまぁスッぺぇなこの品種! みたいなさ」
「もうフルーツに例えてもわたし分からないからいいよ……」
「ああそう? とにかくねぇ、飽きるとかはないわけさ。まあ打ってねぇ人にはちょっと分かりづらいと思うけどもね」
「ふぅん……」
「あ、そうだ──……」
「なに?」
「ねぇ。ねぇねぇ」
「なによ……」
「へへ。はるぅ。はーるぅ……」

──というわけで、はると一緒にパチスロに来た。9月中旬の事である。

「じゃーん。これ打とうよ。わかりやすいよ。ランプが光ったら当たり! ジャグラー!」
「……えーもう。タバコくさっ。帰ろうよぅ。うるさいよぅ」
「大丈夫大丈夫。慣れるからすぐ。ワンペカ! ワンペカだけ!」
「ワンペカ……?」
「ここがね。ペカって」
「ペカ……?」
「そう。ペカッて光るまで。そしたらもう全然楽しいから。それまで打とうよ」

嫁を着座させ、強引にサンドに諭吉をねじ込む。

「え! 一万円も使うの!?」
「大丈夫。ペカればいいから。ペカらして!」
「ペカってなんなのぉ……」

打ち方をレクチャーしつつまずは1K消化。何の小役も揃わないイカしたスタートだ。

「これ何が楽しいの……」
「まだまだ。ペカってからだって」
「うーん。わかんないよぅ。このピエロ頭来る顔してるよぅ……」
「じゃあ僭越ながらオイラもプレイ開始いたします……」
「ひろしも打つの? もったいないよう。もったいないよぅ」
「大丈夫。連れ打ちよ連れ打ち。楽しいんだからこれが」

当然だけど、慣れてない妻のプレイは非常に遅い。マックスベット押して無いのにレバーを叩くのでスコスコと間の抜けた音がする。それを尻目に優雅な動きでプレイするオイラ。レバーを叩き。ボタンを止め。マックスベットを押す。流れるような所作だ。空手の演舞に近い。右手と左手がそれぞれの役割を、一切の無駄を廃しつつスムーズに分担している。2K。3K。まだまだ序の口。4K。5K。そろそろ来るぜ。

「シャッ。ほら! ペカった! はる! これこれ」
「……ああ。光ってる」
「ね! キレイだろうほら。闇夜を照らす一等星みたいにさぁ、ペカァって。力強く輝いてさ。なんか凛としてるよね。芯が強い。光の芯が強いもん。こいつ」
「うん。そうだね……」
「でね、これでね。ほら、揃うからボーナス。はい左に7ァ。あーこれねぇ、どうしよかなぁ。挟んじゃう? 挟んじゃおうか? しょうがないな挟むぞ! はい左ドンッ。あーレギュラーだよォ。なんだよなぁ! 芯が強かったんだけどなぁ! 光の芯が強かったんだけどなぁ! ハハハ!」

満面の笑みでレギュラーを消化するオイラ。ここからがお楽しみのジャグ連ゾーンだ。ニマニマしながら打つ。はるとはパチンコは打ったことがあるけどパチスロは初めてだ。そのうち夫婦で並んで打ってみたいなぁと思ってたけど、いきなり夢が叶った。レギュラーとは言えボーナス絵柄を揃えるカッコイイところを見せる事も出来たし、ご満悦だ。

ああ、と嫁が声を上げた。顔を向けると、スマホに目を注視する姿が見えた。

「うわぁ。キツイなぁ今のは。外したぁ。惜しかったぁ。3号艇が頑張っちゃったぁ。買ってないんだよなぁ3だけ……」
「……あれ。何してるの」
「ん。ボートだよぉ」
「──えっ! パチスロ打ってるのに?」
「うん。さっきこのレース買っててさぁ。結構鉄板だと思ったんだけどなぁ……」

パチスロしながらボート。上級者の遊びだ。しかもレースを観ながらもしっかり手を止めずに回している。ぎこちないしメダルはボロボロ落としてるけども、その姿はさながらギャンブルの鬼。これでワンカップか何かを飲んでたら完全に競馬観ながら5スロ打ってる浅草のオヤジと一緒だ。そしてさらに、オイラの耳が強烈な違和感をキャッチした。いや、正確にいうとキャッチするべき音をキャッチしなかった。はわわと声が漏れる。はるの動きを手で制し、状況を説明する。

「おい、はる! ペカるペカる! これペカるよ!」
「……え?」
「無音だよ! やったねはる。1/5000とかだよ。しかもビッグ確定! 強運だねぇ! イエーイ!」
「……うーん。良くわかんない」
「ちょっとリール止めてみ! ちゃんとランプ見ててね! はい左ィ。中ァ。右ィ! はいボタン離して!」
「あ──ホントだ」
「ほら、ペカった! な! な!」

1枚掛けでボーナス絵柄を狙って上げる。当たり前のように7が揃った。

「これ、凄いやつ?」
「うん。まあ、凄いやつ」

メダルが一枚約20円。そしてそれが300枚ちょっと出てくる。ざっくりとした金額を伝えると、彼女は「おお」と言った。

「へぇ……。こんな簡単なんだねぇ」
「まあ、負ける時は負けるけどな。でも面白いっしょ?」
「うーん。まぁ……。うん」

その後、二人して小一時間ほどジャグラーと向き合い、合計で5Kほど浮かせた。そのお金で焼き肉でも食べようかと近所のチェーン店へと行き、そこでまたスマホでもってボートに勤しんだ。

「このレースは難しいなぁ……。一着は1枠で決まりだとしても二着が読めないなぁ。外枠が結構強いんだよね」
「うん。わたしもそう思う。絞れないよね。4号艇は特にモーターもいいしさ。でも水面がちょっと荒れてるから。機力よりも選手だよねぇ今回は」
「え。はるちゃん水面とかまで見てるの……?」
「え、ひろし見てないの?」
「や、見てる。見てるさ。何いってんだよ。見てるよ……やだな……」
「だよね。よし。じゃあわたし決めた。今回は1-2から、6を抜いた3点で」
「オイラは5も抜いちゃお。1-2-3と1-2-4の2点で」
「あ、真似したなぁ!」
「いやぁ、オイラはオイラなりに決めたさ」
「うふふ」
「あはは」

カルビを喰らいながらスマホで注文。さらにビールを飲みつつ二人して手に汗握るレース観戦だ。結果は──。

「うわまじかよ。1-2-5だって。買ってねぇ俺! うわぁなんだよ……!」
「へへ。わたし買ってる。へへへ」
「おいおい良いなぁ……」
「へへ。じゃあここ、わたしが出すね」
「え。いいの? ラッキー。ゴチです!」
「いいってことよ。へへ……」

オイラはまだその時。知らなかったのだ。100円200円でちまちま買ってるオイラと違い。妻はすでに次元が違う戦いをしてることを。

「今のレース、いくら買ってたの?」
「ん。3,000円」
「……え」
「3,000円」
「──はぁ……!?」

──次回! ボートレースが夫婦仲に深刻な影を落とす!?

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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