めおと舟 その15『結婚記念日には旅行をしよう』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。当初はビギナーズラックで順調に勝っていた夫婦だったがその後夫だけ的中率が低下。いよいよ勝率で妻に負け始める。焦る夫。気にしない妻。果たして引っ越しの行方は──。

我々夫婦の結婚記念日は10月8日だ。2017年に入籍し、今年で夫婦生活3年目に突入した所である。基本的に貧乏なので新婚旅行はオイラの実家である長崎県で済ませたのだけれど、その代わり我々は夫婦間でひとつ約束を交わした。

「毎年結婚記念日はどこでも良いから旅行をしようじゃないか!」

幸いな事にオイラの仕事は時間的な自由はある程度効く。それに旅行と言っても、彼女は根っからの国内旅行派だ。であれば、よっぽど高い旅館にでも行かない限り、年に一度くらい経済的にも問題ない。なにより、実はオイラも旅は嫌いじゃないのだ。

というわけで去年の10月。最初の結婚記念日には我々は意気揚々と沖縄へ旅立った。特に目的も決めず。ただ旨い酒と海を求めて。本島・石垣島・波照間。4泊5日の自由気ままなふたり旅だ。これがかなり楽しかった。楽しすぎて、次の結婚記念日を待たず、すぐにまた旅行へ出る事にした。次の目的地は大阪だ。USJとたこ焼き。そしてたこ焼き。あるいはイカ焼き。またはUSJ。そんな感じのゆるい旅だったけど、これもまた非常に楽しかった。

「今年の結婚記念日はどこに行く?」

春先にたずねると、妻は即答した。

「沖縄か大阪!」
「ハハハ。はるちゃんは本当に沖縄と大阪が好きだなぁ」
「ひろしはどこか行きたい所ある?」
「ええとねぇ。モルディブかなぁ」
「……どこそれ?」
「なんかねぇ、南の島。水上コテージとかあってねぇ……。めっちゃキレイなの」
「OLかッ! ひろしOLかッ! 高すぎるわよ。却下!」
「えー……。モルディブゥ……。モルディブゥ……」

結局、今年の結婚記念日の目的地は再度大阪に決まった。約半年ぶり。二度目の大阪旅行だ。しかも前回と同じ時間に出発し、同じたこ焼き屋で同じ味付けのたこ焼きを食べ、そして同じ宿に泊まる。新鮮さは無い代わりに、安心感がある。我々はそういう性格なのだ。

ちなみに大阪に決めた理由は大きく2つ。ひとつは「前回行った時にめちゃ楽しかった」事。そしてもうひとつ。「ハロウィンの時期はUSJ内にゾンビがいる」事だ。実はオイラは猫とゲームとパチスロの次くらいに、ゾンビが好きなのである。その嗜好は妻も知ってるし、なんなら一緒に楽しむ気満々らしい。

「いやー、ホンモンのゾンビさんに会えるとか感無量だぜ……!」
「本物じゃないけどね。ちなみにゾンビさん出てくるの夕方からよ」
「夕方かぁー! 待ち遠しいなぁ。ゾンビさん……。へへ!」
「なんかちっちゃいサイリウムみたいなのを付けてると、ゾンビさん襲ってきてくれるよ」
「マジ!? なにそれー! 滅茶苦茶良いじゃん! なにそれー!」
「わたし付けないからね!」
「でも俺が付けててはると一緒に歩いてたら一緒に襲われると思うよ」
「えー! やだなぁ……」
「いいじゃんいいじゃん。大丈夫だよ。ゾンビ。だいたい腸と眼球を守っとけば酷い殺され方しないから問題ないよ。腸と眼球ね。これ大事」
「腸ってどうやって守るのよ……」

USJを散歩しつつ、ゾンビの出現までゆっくりまったりと過ごす。スティーブン・スピルバーグの出世作「ジョーズ」の舞台であるアミティ・ビレッジ。あの小さな漁港がリアルに再現されたセットの中央には、作中で人々を恐怖のどん底に叩き落としたあのホオジロザメが実寸台で吊るしてある。さらにスピルバーグの最大のヒット作である「ジュラシックパーク」も館内に再現済み。我々夫婦が共通して好きなイルミネーション社の可愛いバナナちゃん。ミニオンズのエリアもある。スパイディも。ターミネーターさんも。理想郷だ。千葉のネズミ王国より、オイラは断然コッチが好きだ。

「あ、なんか前回無かったヤツあるよ。なんだあれ……」
「ああ。ハロウィンの時期はねぇ、怖いアトラクションが増えるのよ」
「へぇ! 怖いやつか。あ、バイオハザードあるね」
「そう。アレ怖いんだよぉ……。あとターミネーターもゾンビが出てくる時間になると『リング』の貞子とコラボするよ」
「まじか! それは見たいなぁ!」
「あとから見に行こうよ!」
「……ねぇはるちゃん。アレはなに?」
「んー? あれ。スペース・ファンタジー・ザ・ライドだよね。ブラックホール?」
「そう。ブラックホールだって。なんだこれ……」

スペース・ファンタジー・ザ・ライド・ブラックホール。

ハロウィン期間限定。スペース・ファンタジー・ザ・ライドのブラックホールバージョンらしい。とはいえ前回来た時はスペース・ファンタジー・ザ・ライド自体が休止中だったので、オイラはこれ乗れてないヤツなのである。

「はるちゃん、これ行ってみる?」
「うわ、待ち時間50分だって。どうする?」
「ゾンビ出る時間まであと30分くらいか……。ちょうど終わったらパーク内ゾンビだらけになってるんじゃない?」
「確かに。そうだねぇ。じゃあ行ってみようか」

50分待ち。以前の我々ならばかなり迷う選択だったけども、今は全然平気である。なんせ──。

「蒲郡でナイターやってる筈だから。ちょっとやろうぜ」
「わたしもそれ思った。どれどれ……」

ぐねりぐねりとつづら折りに形成された列。300人くらい並んでる。我々はその最後尾につくや、おもむろにスマホに目を向けた。

「日刊ゲンダイ杯争奪・蒲郡トトまるナイト特別だってさ」
「何レースみてる?」
「次のヤツ。7レース」
「あった。これか。A1選手が4枠──。でもこれは……1アタマはカタいんじゃない?」
「風も強いみたいよ。6mだって。追い風だから、1枠は有利だよなぁ……」
「わたし猪木買いしとこうかなぁ……」
「オイラやっぱり4枠のA1選手が気になるから、そっからちょっと展開考えてみようかな」

たっぷり議論しながら予想を組み立てる。ああでもない。こうでもない。選手のデータを調べたり。蒲郡の特徴をチェックしたり。気づけばもう、つづら折りの列は残り僅かになった。

「よし決めた。わたし1-4と1-5。2連単で!」
「俺はじゃあ、1-2と1-4にする。2連単だな」
「1-4来たら嬉しいねぇ」
「ふたりとも勝っちゃうねぇ!」

レース開始3分前。凄いタイミングで我々が列の先頭になった。

「よっしゃ。ちゃちゃっと乗って、レース結果みて、ゾンビさんに襲われようぜ!」
「襲われるのヤダ──!」
「へへ。大丈夫大丈夫。オイラがこうやって身を挺してだな──」

室内式のライド。ひとつ前にならんでいた女子高生二人組と背中合わせに座り、バーで膝を固定する。

「おお。ライドなのになかなか本格的だな!」
「これ……もしかして結構怖いやつじゃない?」
「いやいやー! ファンタジーだぜ? ファンタジーっつってるんだもん。大丈夫さ」

レールに載り、進み始めるライド。前方のトンネルに向かって加速する。そして。

──ぐったりした。

「ぐは……。なんだあれ……。クソ怖かった……」
「ライドって暗いだけでこんな怖いんだね……」
「踏ん張りが効かねぇんだよな、どっちに曲がるか分からないから……」
「ひろし頭が赤ちゃんみたいになってたよ。首すわってなかった」
「ぐわんぐわんなったよ……。ああ怖かった」

出口はこちら。と書かれた案内に従って外に出る。

「……ちょ。おい。はるちゃん」
「うわぁ……これは……」

大雨だった。土砂降りである。先日台風が来たばかりだというのに、この空はいったいどれだけの雨露を溜めておるというのだろうか。

「ねぇ、これ、ゾンビさん出てくるの?」
「いやぁ……雨の日は居ないんじゃない……?」
「マジかよ! ゾンビさん見に来たみたいなもんだったのに……クソッタレ!」

ウォォと叫びながら天を仰ぐと、口の中に容赦なく大粒の雨水が飛び込んでくる。本格的な大雨だ。慟哭するオイラの横で、はるが小さく声をあげた。

「──あ!」
「どうした!」
「当たってる! さっきのレース!」
「え、マジで? ふたりとも?」
「ううん──」

レース結果は1-5。俺は買ってない。はるだけ買ってるヤツだ。

「いくら買ってたっけ……?」
「500円……」
「オウフ……3,000円になったか……おめでとう」
「ひろしいくら買ってたの?」
「……100円」
「可愛いねぇ!」
「──クッ!」

一応、予め準備しておいたレインコートを着てパーク内を一周したけど、ゾンビのゾの字も無かった。屋根付きの設備のひさしの部分で、わずかにミイラさんとかがグラビアポーズとってるだけだった。

「まあ、来年だな」
「そうだね。来年だね」

来年の新婚旅行も、どうやら大阪になりそうな塩梅である。

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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