めおと舟 その17『妻、人生初のボートレース場へ(1)』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。当初はビギナーズラックで順調に勝っていた夫婦だったがその後夫だけ的中率が低下。いよいよ勝率で妻に負け始める。焦る夫。気にしない妻。果たして引っ越しの行方は──。

オイラは朝起きてまずスマホを見る。この辺はもはや自動実行の如く様式化されていて、とりあえず無意識でニュースサイトにアクセスするのが定石だ。その後毎日読んでる各種サイトの更新をチェックして、その後マンガアプリで無料配布分のコインを消費する。さらに対戦ゲームのデイリーミッションを消化するために30分くらい費やす。この辺で妻がベッドがのそりと起き上がってメイクを始めるので、それに併せてオイラも起きる。

風呂に入って朝食を摂ったあとはPCに向かってメールをチェック。仕事のスケジュールを確認しつつ、登録しているYou Tubeのチャンネルを確認。妻が仕事に出たあとはLINEやSkypeで会社と連絡を取り合いながらクラウド上で作業を進め、昼頃になったらウーバーイーツで適当に注文したランチを食べつつ、休憩がてらテレボートで遊ぶ。午後になるとアマゾンで注文したアイテム類がボチボチ届くのでそれに対応しながら猫を撫でる。仕事用のPCにはいくつかディスプレイを接続してるけど、そのひとつではオンラインホールであるサミータウンが常に起動されていて、目の端でオート遊技され続けている。こうしている今、この瞬間にもだ。

何が言いたいか。そう。インターネットだ。ネットがないと、今のこの生活は成り立たない。猫を撫でる以外、ネットがないと何もできない。この20年でびっくりするくらい生活が変わったけども、それは別にオイラに限った事じゃあない。みんなそうだ。特にオイラなんて人と会うこともそんなにないし、もともと引きこもりのケがある駄目な大人なので、ネットサービスが便利になればなるほど依存する。結果、ネットがあればリアルは割とどうでもよくなってくる。

さて、そんなある日だ。ナナテイの編集長・オカイくんから連絡があった。曰く、取材が決まったので日程を決めたいとの事。どうやらボートレース江戸川へナナテイメンバー全員で行くらしい。

ボートレース場。

ついぞ第ゼロ回に書いた時以来まともに行ってない。以前は「ボートレース場でバンバン予想して盛り上がれるようになろうぜ!」とか思ってたのだけど、テレボートが便利過ぎていつしかその気持も遥か時空の彼方へと吹っ飛んでいた。ここでもやっぱり、リアルはネットに負けていた。気持ち的にだ。寒空の下、川ッぺりで震えて観戦するより、家でハイボールを飲みながら予想した方が、なんか知らんが楽ちんだし面白い気すらしている。

そうか、ついに行くときが来たか──。

「という話があってさ。どうする、はるちゃん。一緒に行くかい?」
「ボートレース場!? 行きたい!」
「……はるちゃんは今まで行ったことは」
「ないよ! 行ってみたい!」
「そうか……。じゃあ、それで予定組んでみようか……」
「やった! ボートレース場だ! イエーイ!」

この時点で取材予定日は約二週間後だった。それから彼女が何をしたか。そう。準備である。ナナテイのサイトを隅々まで読み始めたのだ。

「……おお。ナナテイ読んでるんだ」
「読むわよ! この人達会うんでしょ?」
「会うねぇ」
「じゃあ読まないと……!」
「はるちゃんは偉いねぇ」
「へへ。ねぇひろし」
「ん。なんだい」
「このさ、ナカキンっていう人、なんか見覚えがあるんだけど……」
「ああ、ナカキンくんはねぇ、前にインタビューしたからな。読んだろ?」
「やっぱり! この人はパチスロの人なの?」
「えーとねぇ……。パチスロの人っていうかねぇ。なんだろう。漁師?」
「……漁師?」
「なんて説明すりゃいいのかな……。まあ観た方が早ぇか……」

ナカキンくんがチャンネル上でやってた「ハリーツイッターとナカキンのセンジョウ」だ。とりあえず第0日目を見せる。

「この声の人は?」
「これないおさん。当日来るよ」
「山賊の人?」
「そう、山賊の人」
「へぇ! パチスロ動画って結構本格的なのね……!」
「パチスロ動画ってわけでもないんだけどもね。この辺のひとたちはもうめちゃ本格的だよ」
「へぇ……!」

ワインを飲み始める妻。チーズをつまみに、Chromecastで接続したテレビでガッツリと動画を見始める。画面上ではまだ黒髪だった頃のナカキンくんがひたすら文句言ってるシーンが流れていた。

「わぁ。ナカキンくん、イメージ通りの人だ」
「どんなイメージだよ……。よし、ちょっとオイラはパッスロ行ってくる」
「わかった。ちょっとこれキリがいいところまで観てエステ行こうかな」

嫁は「こうやる」と決めたらマジでやる人だ。その辺の行動力たるや時代と性別が違えば立派なサムライになってたと思うレベルである。その日オイラは5スロで1万ほど負けて晩飯時に帰ってきたのだけども、妻はまだベッドで動画を観ていた。

「ただいま。エステどうだった?」
「ううん。動画観てた」
「え。ずっと観てたの」
「ちょっと昼寝したけどね。今『7日目』観てる」
「結構終盤まで行ってるな……」
「何かこれちょっと感動するわね……」
「感動?」
「うん。ナカキンくんが漁師さんたちの優しさに触れてめちゃくちゃいい人になっててさ。しかもボートもすごい当てるんだもん。これ凄い動画よ。なんか映画みたいだもん。ひろしのインタビュー記事も読み返したんだけども、ナカキンくん人気あるの分かった」
「べ、勉強家だな……」
「とりあえずコレ、最後までみちゃうね」
「わかった。オイラちょっとカレー食いたいから食材買ってくる」
「作ってくれる? 作ってくれる?」
「……任せい!」
「イエーイ! カレー! カレー!」

さて。動画をすっかり見終えた妻は、翌日からボートの買い方が少し変化した。具体的に言うとナカキンくんが件の動画内で推していた「8点のフォーメーション買い」を活用し始めたのである。

フォーメーション。個人的には難易度が高めだと思っている。今でも全然初心者のレベルなのだけども、もっと初心者だった時代にフォーメーションでトリガミを喰らいまくって以来、買い目を4点くらいに抑えるのを信条にしているので、その単語にはもはや拒絶反応に近いものがある。

「フォーメーションいいわよ!」

妻の言葉だ。オイラは眉をしかめる。

「……フォーメーションってガミらない?」
「もちろんガミるわよ。でも当たるから超楽しい。あとね、予想しやすいわよこれ」
「そりゃあそうだろうけど……。えーまじガミらない?」
「いやガミるわよ」
「ガミんのヤだなぁ……」
「でもこっちのほうが絶対楽しいよぉ」

妻曰く、フォーメーション買いの醍醐味は「すでに当たりが確定したあとのオッズの攻防である」との事。つまり、1=2-全(8点)で買ったとして、最終的な着順が1-2-3と2-1-6では当たり前だけどオッズが全く違う。ガチガチの1-2-3だと8倍以下でガミる可能性も当然出てくるだろう。しかし1号艇と2号艇が第1ターンマークで抜けたあと──フォーメーションの場合、すでに勝利が確定したその後が非常に面白いらしい。

「もうねぇ、当たってるだけで面白いのに、フォーメーションだと『もっと高いオッズに変われ!』みたいなのが最後まで続くからすごいテンションあがるわよ」
「おい凄えな……。ナカキンくん観てからますますボートにハマってんじゃねぇか……」

10月下旬。数日後にはいよいよボートレース江戸川での取材の日だ。妻は夜の仕事を休みにしたらしい。テレボートでのレース。画面越しのモーター音。それとは違う、リアルなレースの感覚におそらく思いを馳せながら。妻はぽつりとこう言った。

「江戸川、楽しみだなぁ……!」

──そして数日後。取材日当日の夜が明けた。

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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