めおと舟 その18『妻、人生初のボートレース場へ(2)』

連載
めおと舟

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。当初はビギナーズラックで順調に勝っていた夫婦だったがその後夫だけ的中率が低下。いよいよ勝率で妻に負け始める。焦る夫。気にしない妻。そんな中『ナナテイ』編集部よりボートレース江戸川への取材の予定が組まれた。妻・人生初のボートレース場体験日の夜が明ける。

当日は朝七時に起きて準備をし、そこから猫を撫でたり残った仕事を片付けつつ、電車にてボートレース江戸川へと向かった。我々が選んだルートは船堀からの徒歩。バスも出ているけど、お散歩である。

「わぁ、この辺知ってる。懐かしいなぁ」

妻が首を巡らせ、駅前の景色を見ながら言った。

「あら、来たことあんの? このへん」
「うん。前に親戚が住んでてね。小さい頃に良く来てた……」
「へぇ。初めて聞いた」
「初めて言ったもの」
「ちょっとこの辺散歩しちゃうかい? まだ集合時間まで30分くらいあるし」
「ううん。大丈夫」
「そか……」

ボートレース江戸川。日本全国で唯一河川を利用した競争水面なので流れがあること、そしてコースの幅が狭い事。この2つが特徴の少しユニークな場である。この辺りは知識としては知っているけど、オイラが「ボートレースにハマってから」は初めて見るボートレース場だ。妻に至っては人生で初めて体験する本物のボートレース場である。

「しかしなぁ、いよいよはるちゃんとボートだぜぇ……。この日が来たなぁ」
「本当だねぇ。あれ。いつだっけ。最初にボートやったの」
「ゴールデンウィークくらいじゃなかったっけ──?」
「うん。たしかそうだね。そう。じゃあもう、半年くらいやってるのかぁ」
「まだ半年か……。その割にははるちゃん、詳しくなってきてるよね」
「へへ……。まだまだですよ……。へへ……」

前回ナカキンくんの動画を見てから、妻のボートレース愛はさらに深まっている。仕事中、暇さえあればテレボートに入金し、そして結果を逐一報告してくれる。的中率は概ね6割ほど。フォーメーション買いを覚えてからはちょっと上がってるかもしれない。収支に関しては本人曰く「トントン」らしいけど、まあパチンコにせよパチスロにせよ、こういうのは勝っても負けてトントンで報告するのが一番角が立たないので、実際の所はどうなのか良くわからない。

オイラに関しては的中が概ね3割を切るくらい。収支はボロボロだ。最初のひと月はエスパーばりの超予測で8割くらいの的中率をキープしていたのだけど、ビギナーズラックが過ぎてみたら見事に当たらなくなった。

URの建物。健康ランド。美容院。レンガ調のタイルが埋め込まれた歩道を街路樹沿いに進みながら、首都高の下を潜るようにして横断歩道を渡る。川沿いの道に出た。街の雰囲気が少し変わり、町工場が目につくようになった。オイルの匂いがする。

「もうすぐ着くよ。あ……少し見えてるね。ボートレース江戸川。ほら──」
「あ。あれ? あれがボートレース江戸川?」
「そうだよ」
「わあ! ついに来たわね!」
「いよいよだねぇ」

集合時刻より少し早い時間だったので、二人して周りを撮影しまくりつつ、開場を待つお客さんたちを解説する。

「ああ、結構女性客も居るんだねぇ」
「わたしも思った。みんな結構若い」
「たぶんアレだな。イケメンが出走すんだぜきっと」
「イケメンかぁ。イケメンいいなぁ……」

そうこうしているうちに、ないおさんと編集長・岡井くん。さらに伊藤ひずみ先生と、フネスキンさんが来た。打ち合わせと称して前の日にも飲んでるので、実質12時間ぶりくらいの再会である。100円払って入場し、まずは岡井くんから全員に取材用の名札みたいなのが渡された。「来賓者証」と書かれている。

「わあ、わたしこういうの付けるのはじめて! 総務やってるとむしろ作って渡す側だったもん。へへ。なんか偉くなった気分ねぇ!」
「俺も『取材』とか『メディア』とか『マス席』とかはしょっちゅうつけるけど、来賓ってなんかいいねぇ。へへ」
「ね。なんかいいねぇ。へへ……」

まずは取材らしく全員で色々見て回り、その後は三々五々別れて自由に過ごす事になった。我々は川ッぺりの屋台前にあるベンチをベースキャンプにしてレースを楽しむ事に。

「ひろし何飲む?」
「オイラはビールで」
「じゃわたしは……ハイボール! 何か食べる?」
「オイラはいいや。はるちゃん何か食べなよ」
「じゃあ、焼き鳥たべる」
「はは。家と一緒だなぁ……」
「たしかに。一緒だねぇ」

ベンチで予想してマークシートに記入。投票機で券を買って、川ッぺりに向かう。第1Rだ。いつもはモニタ越しに聞こえるあのファンファーレが流れると、水面の向こうから甲高いモーター音が響く。二の腕がそばだつような気がした。妻も目を丸くしている。

「うわぁ、すごい迫力。音大きいねぇ!」
「そう! 大きいんだよ! カッコイイよね!」
「うん! カッコイイ!」

モーター音に負けないようにそれだけ伝えると、あとはレースに集中する。妻が購入したのは複勝で1-3-5。オイラは2-3-1。正直ほとんど予想する時間が無かったので記念買いみたいなもんだ。が。

「来た! 来たよ1-3-5!」
「うっそ。マジ。一発目から……!?」
「うん! 複勝だけどね……! オッズは……740円!」
「幾ら買ったの?」
「100円!」
「イエーイ!!」

ビールとハイボール。プラスチックのコップを掲げて乾杯する。レース終了後、周りのお客さんが各々の方向に散っていく。舌打ちする人。笑顔でスルメを食う人。腕組したまま、難しい顔で次のレースの予想に精を出す人。色んな人がいた。気づくとないおさんが近くに居たので話しかけてみる。聞けば、どうやら5Rに知り合いのレーサーが出るらしく、今日はそこに全力らしい。

「誰ですか?」
「小池公生って選手。もう俺6全全で行くからね」
「6全全──!」

はるが怪訝な顔をしているので説明する。

「えとね、6全全っていうのは6からの全流しで……。2000円? ですっけ」
「そう。2000円だね。6が一着だったらあとはどれでも的中、みたいな」
「え、じゃあわたしもそれ買う! 5Rですか?」
「そう。5R」
「じゃあ、5Rはみんなで川沿いでみましょう」
「うん。俺たちどうせピットの近くで見るから──」

5Rでの待ち合わせを約束して、再度屋台前のベースキャンプへ。ビールとハイボールを追加で注文しつつ、2Rの予想に入る。ああでもない。こうでもない。夫婦で話しながらふと外に目を向けると、ひさしみたいになった屋台上の天板の向こうに、暖かい秋の午前の太陽が見えた。

「ねぇ、はるちゃん」
「どうした?」
「なんかさぁ、幸せだねぇ」
「どうしたのいきなり」
「いやぁ、しみじみだよ。しみじみ。ありがとうね、色々さ──」

そんなの、と言って、妻はハイボールをグイッと傾けた。

「そんなの、こっちこそですよ」

つづく!

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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