めおと舟 その19『妻、人生初のボートレース場へ(3)』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。当初はビギナーズラックで順調に勝っていた夫婦だったがその後夫だけ的中率が低下。いよいよ勝率で妻に負け始める。焦る夫。気にしない妻。そんな中『ナナテイ』編集部よりボートレース江戸川への取材の予定が組まれた。妻・人生初のボートレース場体験日の夜が明ける。

ベースキャンプと名付けたベンチ。目の前には屋台がある。岡井くんやフネスキンさんが時折様子を見に来る中、オイラは2R・3R・4Rと続けて外した。最悪だったのが4レースで、購入舟券の買い間違いだ。慣れないマークシート式の弊害である。普段テレボートで買ってるからこそ起きた事件と言っていい。

「うわ、やっちまった。これ当たってたよ……」
「今のレースは1-3-5か。何買ったの?」
「なんか1-5-3。1-3-5を買ったつもりだった……」
「私当てた!」
「調子いいなぁ……」

妻はここまで3連複を含めて1R、2R、4Rの3つを当てている。3Rは2万舟だったので当たらないとして、取れるレースは全部手堅く取ってる状況だ。

「勝ってる?」
「んー。でもまあ、そんなに。複勝で引っかかってる感じだもんねぇ」

オイラも1Rだけ取ったとはいえ鉄板だと思ってた3Rに2,000円入れたのもあり、マイナスが重くなってきている。

「こりゃもう、次だなぁ。小池選手に頼るしかねぇ」
「あ、ないおさんの知り合いだっけ。6全全ってやつ? わたしもやる!」
「おう! 応援しようぜ! オイラ会ったことねぇけど!」

「これ6からだったらどれが来ても万舟だな……」
「6全全って幾ら入れるんだっけ?」
「2,000円だね」
「あ。2,000円なんだ。じゃあ6だったらトリガミはないか……」
「うん。ないね」
「でもこれ、マークシートの記入が分からない……」
「ええと……どう買うんだこれ」

と、ナイスタイミングでフネスキンさんが通りがかったので買い方を学ぶ。

「これねぇ、そっちの青い紙なんですよね。ほら。ここに『全通り』って書いてあるでしょう。それをこう……マークして、次も全。これで大丈夫です」
「あ、なるほど。これでいいんだ……!」
「はい。僕らあの、大時計の近くの川沿いで見てるんで、良かったらあとから一緒に見ましょ」
「はい、レース直前に行きますね!」

やさしい師匠。そうだ、ボートレースについて誰かにこうやって教えてもらう事は今までなかった。夫婦二人、調べながら手探りでやってたので、答えをスッと教えて貰えるのは新鮮な感動だった。

「いやぁ……。人と来ると楽ちんだ……」
「ねぇ、ひろし! あのキャップのおじさんてもしかしてさ……」
「ん、どれ?」
「あの人。ジャンパーの」
「ああ、予想のおじさん?」
「もしかしてあのTERUの?」
「うん、そうだよ」
「へぇ! ホントに居るんだ!」
「うん。ホントに居るねぇ……」
「ねぇねぇ!」

はるは、なんと予想屋のおじさんに話を聞いてみたいとのこと。

「おお。いいじゃん。折角だから色々聞いておいで」
「やった! 幾らするの? あれ」
「さあ……100円とかじゃなかった?」

聞くや否や、はるはにへへっと笑って小走りでおじさんの元へ走る。遠巻きに眺めるオイラ。おじさんは突如現れた明らかに初心者丸出しの女に一瞬ギョッとした仕草を見せたが、すぐに首を振った。何事かを告げる。はるがしょげた様子で戻ってきた。

「なんか、展示の後にしてな? って」
「そりゃそうだろ(笑)」
「ちぇ。あとから聞きに来よう?」
「分かった。ちょっとないおさんたちと合流すっか」
「うん……!」

一旦川っぺりに出て、周回展示を眺める。大時計の近くにないおさん達が居た。展示走行の為にボートがピットから出てくると、大声で声援を送る。オイラとはるもそれに倣った。

「キミオォォ! 頑張れぇぇ!!」
「小池選手ゥゥ!」
「ウォォォッ! イケェェ!」

謎に盛り上がる展示走行。ああ、そういえばはる以外の人とボートレースに声援を送るのも、ほぼ初めての経験だ。

「いやぁ、いい感じで伸びてましたねぇ小池選手」
「こりゃ6来るな。みんなで万舟持って帰りましょうよ」
「わたし万舟取ったことない! へへ。今日が初万舟か……。へへ」

はるはそれから急いで予想のおじさんの元へ戻り、またすぐに戻ってきた。

「どうだった?」
「なんかね……。紙渡してくれた……」

既に投票を済ませた後なので影響はないけど、一応オイラもその紙をチラ見する。6は入ってなかった。ちょっと考える仕草をして、新聞を見る。そして、はるが不敵な笑みを浮かべた。

「よし、わたしおじさんを信じてこれも買ってみる」
「おお。よし。行ったれ! まあどうせ6くるけどな!」
「へへ。ちょっと投票機行ってくる!」

はるが追加で購入したのは2を頭にした数点。さらにオイラも不安になって2を頭に数点追加し、そして迎えた運命の5R。川っペリで並ぶ大人たち。ファンファーレとともにモーター音が甲高く響く。ぞわりと二の腕がそばだつ感じがした。

「うぉぉ……。緊張してきたぞぉぉ。いけぇ……頼むぞぉ小池選手……!」
「わたしも緊張してきた! がんばれー! コーセーェェ!」

声援。エンジン音。そして、スタートだ──!

第1ターンマーク。1号艇今泉選手が巧みに逃げる。B2選手は3連に絡まない、というジンクスが覆された瞬間だった。そして小池選手は……。4着につけていた。瞬殺である。ボートレースは第1ターンマークで8割決まる。決まってしまう。だが8割だ。2割はまだ目がある。残っている。

「頑張れッ! 頑張れぇぇぇ!!」

こんなに声を張り上げたのはいつぶりだろう。はるも、オイラも、熱に浮かされたように、ただ応援した。ないおさんはそんな我々の姿を微笑ましく見ていた。オイラはウオオオとかイケェェとか言いながら時折ビールを口元に運ぶ。要するに結構酔っ払っていた。

そしてだ。我々の必死の声援が耳に届いたのか。あるいは願いの力がモーターに不思議な作用でももたらしたのか、小池選手の操るボートが、トップとの差をじりじりと詰め始めた。二周目の第1ターンマーク。小池選手、二位に浮上。息が止まった。

「これ……もしかして……ワンチャンある……?」

もしここでトップの選手が操舵を誤ったら。あるいは江戸川の予期せぬうねりに船体が跳ねたら。あとはサカナだ。ここは江戸川。おサカナも居るはず。なにがあってもおかしくない。モーター音。声援。風の音。ジリジリと詰める。6号艇が行く。詰める。詰める。そして。

「うわーー! ダメだった! 惜しい! 2着!」
「2着まで上がってきてたねぇ! わたしこれ来るんじゃないかってめっちゃ思った!」
「な! 思ったよオイラも! いやー! よかった! 負けたけどいいレースだったねぇ!」

その時、オイラはふと思った。そうだ、これがやりたかったんだ。と。いつか自分が書いた記事の一節。第ゼロ回だ。オイラはたしかにこう書いた。

──しっかりと周りに溶け込んで、同じ方向を見て。腹の底から応援したり喜んだり。悔しがったり、泣いたり、笑ったり。そういう風に、なれるんだろうか。ちょっとだけ、そうなりたいな。と思った。

なれてるじゃないか。

今オイラは確実に、あの日感じた悔しさや、疎外感を、完全に克服している。妻と。仲間と。一緒に応援して、腹の底から応援したり。喜んだり、悔しがったり。そうやって、バッチリ楽しんでいる。

思わず天を仰いだ。ここ数日雨続きだったのが嘘のように晴れている。雲ひとつ無い晴天だ。南中した太陽が水面に跳ねる。江戸川は、輝いて見えた。

……つづく!

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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