めおと舟 その21『引っ越しまでのディスタンス part2』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。順当に勝つ妻。負け続ける夫。いつしかすっかりハマった二人は、実際のボートレース場での取材などを経ていよいよ順当に成長しているよるように見えた。

あしの家円卓会議。これは数週に一度開催されるオイラとはると、そしてピノコによる、家族の今後の方針を決める重要なミーティングである。ある時の議題は「次の旅行について」だったり「年末の過ごし方について」だったり、あるいは「ぶっ壊れた換気扇をどうするか」だったりするのだが、此の度開催された円卓会議の議題、それが「引っ越しについて」だった。この議題はたぶん10回目くらいだ。

「ねぇ、いつするのよぅ。引っ越し──」

書記長のはるが言う。重要機密の改ざんが可能な立ち位置のため、書記の長たる書記長は、社会主義国家においてはもっとも重要なポストだったりする。なので頭に北方四島のカタチのシミがあったとか無かったとか噂されるゴルバチョフさんの肩書は『書記長』であった。プーチンさんは大統領だけど、何気に書記長も兼任してるそうな。

「いやぁ、いつと申されましても、先立つものがありませんゆえ……」
「なんで無いの! 貯金してるでしょうが……!」
「ちょっと今は手元に資料がないので正確な事はわかりませんが──……。なぜ無いかと問われますと、これはもう『気づいたら無かった』としか……」

はるバチョフ書記長がペンをくるくる回しながら「ハァ?」と顔を顰める。SPを務めるピノコがその腿の上でオイラを睨みつけていた。キッと牙を剥き、いつでも噛み殺すぞと言わんばかりの気迫を感じる。

「申し訳ございません……!」
「ちょっと。7月からの請求書と領収書。全部出しなさい」
「ハッ。こちらにすべて用意してございます……」

印刷した請求書類。そしてポーチに纏めた領収書類を差し出す。ノートパソコンで黙々と集計を始めるハルバチョフ。チラシを丸めた紙を相手に狩りの練習をするピノコ。書記長に失礼があったらいつでもこうやって狩ってやる。こう。こうだぞ。こう──。その横でオイラはガクガクと震えながら事の成り行きを見守っていた。やがて予想通りの答えが帰ってきた。

「全然あるじゃないの。できるわよ、引っ越し」
「いえ、書記長。実際の所、お金は全然ございません」
「……なんで?」
「パチンコとかパチスロで負けた分とか、あと日々のタバコとか酒とか。その辺はその領収書に入ってませんゆえ……」
「え、じゃあ貯金は……?」
「ほとんどありませぬ」

怒られる! と思ったが、答えは予想に反したものだった。

「んー……。じゃあしょうがないか」
「え、いいの」
「うん。別にひろしが稼いだお金だもん。好きに使っていいわよ」
「いいんだ……」
「いいわよ。全然。ひろしもわたしの使う分には全然何も言わないでくれてるでしょう」
「全くなんも言わないねぇ」
「うん。それはそれで全然──」

実際の所、口出ししないのではなく「良くわからない」のだ。白状すると、オイラはお金の管理や勘定が好きじゃない。というか苦手なのだ。今自分の財布に幾ら入ってるとかも良くわからない。把握してないのである。若い頃はそうじゃなかったのだけど、おっさん化するにつれ、そして数々の金銭的ピンチを致命傷をうけつつも乗り切りつづけるにつれ、「まあ何とかなる」みたいな感じで危機感が徐々に摩耗していった感じなのである。沖縄でいうところのなんくるない。タイでいうところのマイペンライ。韓国で言う所のケンチャナヨ。そしてスペインで言う所のケ・セラ・セラだ。

(というわけで、オイラはケ・セラ・セラでいかせていただきますので、はるちゃん我が家の経理やってね)

というのはいつしか俺が彼女に実際に言ったセリフでして、そしてそれは、本職が営業部総務課であるガチガチのデスクワーカーである奥様にとっては渡りに船の申し出だったようだ。今では我が家の金銭的な業務は総てはるが担っている。オイラはもはやガス代とか電気代がどうなってるかもよく分かってない。書いて稼いで言われるがままに仕払う。これはとても簡単な生き方だ。楽な生き方なのである。

「んー、でもこの調子だとねぇ。引っ越しまで5年かかるわねぇ」
「えー、そんなかかる?」
「だってひろし、あるだけ使っちゃうもん」
「そんな使ってるかなあオイラ」
「昨日ひろし、ビリー・ザ・キッドでご飯食べたでしょう」

※ビリー・ザ・キッド:ステーキチェーン店、おいしい。
「うん。食べた」
「幾ら使ったか分かる?」
「さあ……。3,000円とか?」
「7,000円使ってるからね」
「はは。そんな使ってないよ」
「使ってるの! ここに領収書あるの!」
「えー……マジで……」
「うーん。使うのはいいんだけどねぇ……。ちょっと管理しないと……」
「苦手だなぁ……。管理」

よく考えたらボートレースもそうだ。オイラは収支を細かく記録していない。最初はニコニコしながらとってたけども、負けが込み始めてからは一切無視だ。オイラの考えを読んだように、妻が頷いて続ける。

「ひろしがやってるナナテイの連載もさぁ、引っ越しするぞ! って言って始めたじゃん。でも、負けてるでしょう」
「負けてるねぇ……」
「データとってる?」
「とってないねぇ……」
「取りなさいよぉ……。なんでとってないのよぅ……! 総額幾ら負けてるの!」
「いやー……何千円とかだと思うけど……」
「嘘つきなさい! ピノコ、いけ! お仕置きしてあげて!」
「……ホミャーン!」

というわけで、この日のあしの家円卓会議の決定事項。

ひとつ。引っ越しは最低でも来年3月までには行う。
ひとつ。財布の中身の金額を常に把握して無駄遣いを減らす。
ひとつ。ボートの収支は必ず付ける。

「あとねぇ! ナナテイの連載だけど、ちゃんと収支公開しなさい! 信憑性無いでしょうが!」
「だってつけてないんだもん……」
「つければ出来るでしょうが……!」
「えー……。わかった……。あ、てかさ。ボートはこれ、やっていいのかい。貯金するんならちょっと控えても……」
「やってもいいのよ。勝てばいいんだから。むしろ勝ちなさい!」
「それが一番むずかしい……!」

以上。なし崩し的に引越しに期限が設けられたが、これ果たして間に合うのか……?

引っ越しタイムリミットまで、あと110日。

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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