めおと舟 その22『めおと舟前夜:死にかけた保護猫のブルース』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。順当に勝つ妻。負け続ける夫。いつしかすっかりハマった二人は実際のボートレース場での取材などを経ていよいよ順当に成長しているよるように見えた。引っ越しまで、あと100日──。

ある日、知り合いのK氏からLINEがあった。K氏はオイラが良く行くバーの常連さんで、大手の運送会社で経理だか総務だかをやっている方だ。イケメンの四十代。めちゃ面白い方なので氏が来るとオイラは個人的にすごく盛り上がる。毎度それなりに仲良くさせて頂いてるうちにLINEを交換したのだけど、実際に連絡が来るのは珍しい。

(ねぇ、ひろしくん猫飼わない?)

LINEを見て、ちょっと唸った。おおかた捨て猫でも拾ったのだろうけど、流石に無理な相談だ。なんせうちにはピノコがいる。しかもあの子は他の猫が大嫌いである。保護施設でも一匹だけ、独立したケージに入れられていたし、ボランティアのお姉さんもはっきりと「この子、他の子が嫌いだし、お腹が緩いんです」と言っていた。子猫の頃に他の猫に虐められたのかなんなのか良くわからないけど、とにかく人間は大好き。猫は嫌い。そういう性質の子なのである。

(んー、ちょっと無理だと思いますけども、どうしました?)
(実はねぇ──)

聞けば、K氏の知り合いが先日亡くなったらしい。晩年は独居で、犬と、そして猫と、3人で慎ましく暮らされていたとの事。孤独死である。数日経ってご遺体が発見された時、犬はあとを追うように既に死んでしまっていた。孤独死は事件性の有無を調べるために現場検証が行われる。その時に、押入れの奥に隠れるようにして震える、やせ細った猫が見つかったそうだ。

老女と静かに、静かに暮す猫。唐突にやってきた大人の男たち。猫が感じた恐怖はいかばかりか。

(でね、猫って証拠品扱いなんだけど警察の方で保護期間が決まってるんだって)
(それ、いつまでですか?)
(わかんない。すぐにでも引き取ってあげないと不味いみたい)
(それ過ぎたらどうなるんですか……?)
(保健所だって)

保健所の預かり期間は7日。つまり7日+αの猶予しかない。それを過ぎたら薬殺だ。思わず沈黙するオイラ。とりあえずウチはダメだけど、なんか動くことはできるかも知れない。すぐに仕事で関係のある人々へLINEを送信しまくる。幾つか色よい返事が帰ってきたものの、すぐに次の問題が起きた。またKさんからのLINEである。

(俺さぁ、今日猫を見に行ったんだけど、あんまり状態が良くないのよ……)
(どういう事です?)
(証拠品を保管するスペース有るじゃん? あそこにポツンてさ、繋がれてて。すっごい姿勢低くしてビビってるのよ。あれは猫が過ごせる環境じゃないよ)
(うはァ……。マジか……)
(俺も探してるんだけどさぁ……居ないんだよなぁ誰も……)

瞠目だ。これはもうどうにもならない。意を決してはるちゃんに話した。なんで今まで話さなかったかというと、彼女に話したら100%そうなるのが分かってたからだ。

「なんで引き取らないの! 一時的にでもうちで預かりなさい!」
「だってさぁ。ピノコがさぁ……」
「ピノコはもう我慢してもらうしかないでしょう! 命が懸かってるんだから! ねぇお願いひろし。助けてあげよう? ね?」

──というわけで。某月某日だ。奇しくもこの連載が始まるタイミングで、我が家に新しい猫がやってきた。名前は無い。付けると愛着が湧くからだ。「その子」は茶トラの大柄な雄猫で、年齢は不詳。ガリガリに痩せててもなお、ピノコより重い。首輪にはすこし汚れたリードが付けられている。外そうとするとめちゃ怒るのだけど、そうりゃそうだろう。彼にとっては前のご主人との、文字通り唯一残ったつながりなのだ。

「うわぁ……。でかいなこいつ」
「おとなしいねぇ……。触らせてくれるかな……。あ、大丈夫だ」
「あ、シャーって言ってるよ。怒ってるねぇ……。うわ元気ねぇからシャーも言えてないじゃないか……」
「ご飯何食べるかな……。チュールあげてみる?」

チュール。カリカリ。生餌。色々試したけど食いつきがよろしくない。水も飲まない。控えめにいって死にかけだった。はるが仕事を休んで病院につれていった所やっぱり脱水がひどいとの事で皮下注射で水分をブチ込んだらちょっとマシになり、ピノコの3倍くらいの量のおしっこをした。ちょっとずつ元気になる茶トラ。

「ああ、マイケルは美猫だねぇ……。かわいいなぁ。ねえひろし」
「……マイケル?」
「うん。マイケル」
「え、名前つけたの?」
「うん。マイケル」
「え?」
「マイケルよ。この子」
「ちょっとまって。飼う気?」
「……え、飼わないの?」
「いや、無理だろう……?」
「無理かなぁ……」
「無理だよ! ちょっと部屋をみてみ……?」

部屋中。至る所に茶色いシミがあった。正体はピノの下痢である。マイケルが来た瞬間、ピノはいきなりシモがゆるくなった。というか、下痢をスプラトゥーンし始めた。抗議行動である。ボランティアのお姉さんが言っていたことを思い出す。この子、他の子が嫌いなんです。お腹が緩いし……。これはつまり、「他の子がいたら下痢する」という事だ。お姉さんの評はまことに正しかった。正鵠をちゃんと射てる。さすがプロ。保護のプロだ。感心しつつ下痢を掃除しまくるオイラとはる。そのそばから「ホミャーン!」みたいな声をあげて走り回りながら下痢するピノ。ああ、と思った。こりゃ、飼うのは無理じゃ。

「ごめんなぁピノ。迷惑かけるねぇ。とりあえずお尻洗わせてね……」
「ホミャーン!!」
「ああ、ごめんね。ごめんね。水嫌いだよね。ちょっとだけ我慢してね」
「ホミャーン!! カーーッ!」
「カーって言ったね。はじめてカーッて言ったねぇ。ごめんねぇ。ごめんねぇ……」

とりあえずオムツを装着するも、しっぽで固定するタイプのオムツはピノコには合わなかった。だってこいつについてる親指の先くらいのしっぽじゃ、オムツの固定もできやしないのだもの。詰んでる。

夜中に暴れるマイケル。反応して下痢するピノコ。部屋の配置が変わってしまっているため、オイラもなんだか落ち着かない。夜の仕事ではるちゃんがどっか行ってる時は不安しかなかった。今このタイミングでマイケルとピノが喧嘩を始めたりしたら、俺にはたぶん止められない。いちおう生活環境は完全に分離してるしケージに入れているのだけど、猫の喧嘩はたぶんケージ越しにも成立すると思う。

不安な夜。

そんな中でも、人の優しさに触れる事ができたのはありがたかった。カンパをくれた友人。餌くれた飲み仲間。アドバイスをしてくれた方。沢山いた。みんなやっぱり猫が好きで、好きだけど事情があって飼えないんだ。カジュアルに助けることができるなら、みんなそうする。だけど出来ないから、せめて助けてる人を助ける。応援する。そうやってバックアップしあいながら、人類は猫と上手くやってきたのだろう。だけど、残念ながら、我がワンルームマンションに人間二人と猫二匹は無理があった。

(ごめんなさい。一時的に保護した猫なんですが、やっぱりウチでずっと飼い続けるのは無理みたいです。どなたかすいません、引き取っていただけませんでしょうか──)

……超ラッキーな事に、飼う事を了承してくれた方が居た。これは僥倖だった。関係会社の社員さんのお母様である。決まった瞬間、天を仰いだ。よかった──。と思った。マイケルもハッピーだしピノコも平穏な生活を再度手にすることができる。俺もだ。はるちゃんもだよ。お母様のおかげで、二人と二匹が救われた。

引き渡しの日。浅草のコンビニの駐車場で、カンパで購入した餌やらトイレやらガリガリ(爪とぎ)、そして砂を添えてペット用バッグに入れたマイケルを渡す。ちょっとだけ涙ぐむはるちゃん。ホッと胸をなでおろす俺。去ってゆく車に手を振ったりお辞儀したりしつつ、しばしその場に立ち尽くした。

「終わってみれば、あっという間だったな……」
「ほんとね。でも良かった。マイケル。幸せになってくれれば良いなぁ」
「なるさ──。大丈夫だよ」
「ねぇひろし、これからハイボールでも飲みに行く?」
「いや──」

首を振った。マイケル騒動で仕事が堆積している。とっとと片付けなければいけない。頭の中で順番を確認して、頷く。まずは、アレだな。

「ナナテイの記事書かないと。今度始まる奴──」
「あ、ボートの? そうだひろし、グランジってお笑い芸人さん知ってる? そこの大さんって人がやってるボートの番組がすごく面白くてね──」

──めおと舟、第一回目の数日前の話である。

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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