めおと舟 その23『達人は身近にいた。的中率と回収率』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。順当に勝つ妻。負け続ける夫。いつしかすっかりハマった二人は実際のボートレース場での取材などを経ていよいよ順当に成長しているよるように見えた──。

まあるいみどりのやっまっのって線! まっんっなっかはしるの中央線──!

雑踏だ。むせるような人の波。みんな平机に並べられた新型のパソコンを手にとったり、眺めたり。写真撮ったり。恋人同士。家族。友達。やってきては去ってゆく。あるいはレジに向かう。無限の人々を眺めながら、オイラはアクビを噛み殺していた。時刻はまだ昼過ぎ。勤務時間があと6時間もありやがる。どんだけ長いんだよ。どんだけだよ。ったく。どんだけだっつの……。とひとりごちつつ、首の骨を鳴らして従業員用のバックヤードの方へ向かった。物陰でスマホをいじる。なんかLINEが来てた。岡井さんだ。内容に目を走らせて、それからちょっと唸った。

いらっしゃせェ。いらっしゃせェ。至る所で声が聞こえる。足音。笑い声。子供が奇声をあげる。オイラもとりあえずシャセーシャセー言いながら売り場に戻る。古株のスタッフに声をかけた。

「ねぇねぇ。売り場にさぁ、ボートレース好きな人っている?」
「ボートレース……? さぁ。俺は知らないけど……」
「じゃあさ、ギャンブル好きそうな人は?」
「あしのくんじゃん」
「いや、オイラはパッスロだけだから……。誰かいない?」
「あー……。なんかねぇ。もしかしたらTさんが好きつってたかもなぁ」
「あ。Tさん。Tさん売り場どこだっけ」
「あっちの。国産PCコーナーの……」
「あー! わかった。ちょっと行ってくる」
「いや、仕事しなよ」

シャセーシャセー。シャセー! はい、シャセー! セー! 死ぬほど言いながら人波をかわす。途中で客に声をかけられて渋々スマホのケースコーナーに案内する。はいどうもシャセェ。ようやっとたどり着いた国産PCコーナー。Tさんに近づく。

「シャッスゥ。シャッスゥ。へへ。どうもォ。ちょっといいスカァ?」
「あ。あしのさん。どうしました」
「ねぇ、Tさんボートやります?」
「はい。やりますよ」
「すいません、教えてください!」
「え。あしのさんボートやるんだ……?」
「いや、やんない。ほとんどやったことないです」
「えー……。一体なんでまた……」
「いや、実は……──」

初学者向けのカジュアルなボートサイトがもうすぐ立ち上がること。そしてそこで連載を持たないかというオファーが来てることを伝えた。

「連載? あしのさん何かやってるんですか」
「ちょっとまあ、ライターみたいなことやってるんスよ。ええと、こういう……」

売り場のPCでネットにアクセスして今までの仕事履歴を見せる。へぇ! と、感心の声をあげるTさん。

「そういう事なら協力しますよ。どんなのを書くんですか?」
「んー。今考えてるのが、売り場でボートレースの達人を探して、その人に色々教えて貰いながらオイラ自身が成長していく、みたいな。ついでに電器屋での事件のエピソードとかを交えながら……。そういうヒューマン・ドラマチックなのかなぁ……って」
「ああ、面白そうですねぇ。いいですよ。何が知りたいです?」
「とりあえず、オイラ超初心者なんで、もうほんと、最初から──……」
「わかりました。じゃあ今度一緒に、ボートレース行きましょうか?」
「え、いいんですか? 行きたいですゥ! やったぁ!」
「あ、ちょっとまってくださいね。お客さんが……。シャセー!」
「シャセー! シャセー……!」

その直後だ。Tさんは別のお店に移動になってしまった。オイラもオイラで電器屋稼業からは足を洗ったので、ついぞ、その企画は実現せず。一方で妻がボートに食いつくというミラクルが起きたおかげでこの『めおと舟』が始まった。

そして一年後。つい、先日の事である。LINEに、そのTさんからメッセージが届いた。浅草の立ち飲み屋で一杯引っ掛けてる所だったので一瞬誰の事か分からなかったけど、すぐに思い出した。幻の師匠である。近況が分からなかったので思わず頬が緩む。いつだってどこかに置き忘れた旧知を温めるのは、心が浮つくものである。しかもメッセージの内容が、大変うれしいものだった。

(めおと舟、読んでますよ。面白いです)

Tさんはそれから、ちょくちょく連載について感想をくださるようになった。そして先日。オイラがこの連載で「ちゃんとデータをとらないとダメだな」という趣旨の事を書いて下さったときに、こんな写真を送ってくださった。

これはTさんの、12月現時点での収支だ。これを見てオイラは腰を抜かしそうになった。購入金額もエグいけどまずビビるのが的中率。なんと驚愕の50%。つまり1/2でブチ当ててるという計算だ。

(これ……ヤバくないですか)
(金額はそんなにプラスになってないですけどね)
(いやぁ! 何をおっしゃるやら。回収率124%て。えー……。こんなんあんだ……)
(あしのさん今どのくらいですか?)
(え、オイラは……。いや……。恥ずかしいな……。見ます?)

 

的中率12%。回収率に至っては39%である。これがどういう数字か。ボートレースに熟達した先輩にとっては不要な説明かも知れないけれど、まず回収率に関しては長い目でみれば75%に落ち着くそうなので、それを下回った時点で平均よりも低い、という結果になる。ただ、それだけでは正確な状況を理解する事ができない。問題は的中率が12%である点。的中率に関しては回収率と違って平均というのがないのである。大物狙いの人と手堅く買う人で的中率の差は出て当然。だいたい新聞各紙の予想を平たくすると10%程度に落ち着くと言われているそうだけど、そう考えるとTさんの50%は化け物レベルだ。

つまりだ。ガチガチに買ってると大体的中率10%程度・回収率は75%程度になる。これが重要だ。Tさんの場合、的中率が50%だったら回収率がもっと上じゃないとおかしい。300%とか。400%あってもいいんじゃないか? ということは、購入点数を絞って──。訪ねてみると、氏はこう返事をくれた。

(自分の場合は2連単か3連複のどちらかで、基本は2点買いですね)
(やっぱり! そういうことか……!)
(だから収支はあんまり出ないんですけど、自分の中では『こうするのが良いな』っていう答えみたいなのが出来てきてます)
(かっこいい……。いいなぁ……)

翻って自分だ。的中率は平均値を叩けてるのに回収率がクソほど低い。理由は1つしかない。広く買ってるくせに鉄板レースしか当てられてない。広く買うのはイレギュラーバウンドに対応するためなのに、拾えてないのだ。試行回数が少ないのももちろん影響してるだろうけど、にしても12%は流石にダメだと思う。例えば12月13日のオイラの戦績を見てみよう。

 

これだ。フォーメーションで400/800円使ってる所は全部外して個人的に鉄板だった丸亀11Rを1点買いで射抜いてる。これに8.1倍ついた所で『ナカキンくん買い』(めおと舟 その17『妻、人生初のボートレース場へ(1)』)の1R分しかペイできないのだ。妻がフォーメーションを推すのはフォーメーションで買ってる時にしっかり的中を出してるから、穴を狙うために利用するオイラの使い方は無意味なのである。要するに、鉄板レースこそイレギュラーバウンドに対応するためにフォーメーションで取りこぼしを防ぐ。読めない時は2連単。あるいは3連複で的中率を稼ぐ。Tさん方式が圧倒的に正しい。

(いやぁ……。勉強になります……。Tさん、何年くらいやってらっしゃるんですか)
(9年くらいです)
(キャリア! なるほど……)
(さすがにボートレーサーが1600人くらいいるうちの1300人くらいは把握してます。スタート力とか。旋回力とかね)
(うぉぉ。ちょっと見習わないと……)
(僕も色々痛い目をみて覚えたんで、あしのさんも頑張ってください。連載、毎週楽しみにしてますよ!)
(はい! ありがとうございます──! がんばります!)

浅草の立ち飲み屋。ひたすらTさんとLINEをしながら酒を飲む向かいでは、妻が馬刺しをツマみながらハイボールを飲んでる。

「いやー、Tさん凄いわ。なあ、はる」
「わたしも2連単と3連複すごい買うわよ? ずっと言ってたじゃない」
「え、そうだっけ」
「そうよ! 分からないレースは2連でいいのよ。江戸川に取材にいった時もわたしほとんど2連単か3連複だったじゃない……」
「そうか……」
「そうよ! 2連単買いなさい! これもう10回くらい言ってるけど、万舟狙いすぎなのよひろし。それよりさあ、細かく当てた方が楽しいじゃない。当てた方が楽しいでしょう」
「でもさぁ。2連つまんないんだよ……」
「欲望がエグい……! 万舟忘れなさい!」
「あ、でもな。的中率は平均以上行ってるらしいぞ。俺」
「ひろしフォーメーションも買ってるじゃん。3連単オンリーだったら絶対10%切ってるわよ。第一、フォーメーションって1点買い何倍元手がいると思ってるのよぅ。使う時は絶対当てなきゃ。ナカキンくん、凄い当ててたじゃない。あれが正しい使い方なのよ」
「うわ、俺今履歴確認したらフォーメーションの的中率マジ低いわ……」
「それ間違ってるよぅ。使い方間違ってるよぅ……」

2連単。そして3連複。なんかダサくてあんまり使いたくないと勝手に思ってたのだけど、回収率をしっかり出してる先輩が積極的に使ってるとなると話は全く変わる。はるちゃんが使ってるという時点でなんとなく「可愛いねぇ!」と思っていたけども、そうか。ある材料はしっかり利用せねばならない。

フォーメーションはフォーメーション。結局3連単の『買い方』でしかない。何となく材料が増えた気がしてたけど、これは違う。武器の数は変わってなかった。

「ガチガチの時は1.2着固定のフォーメーション。不安ならナカキンくん買い。分からない時は2連単か3連複で投資を抑えて……。ね。穴狙いは辞めましょうよ。もう。ひろし」

ビールを煽る。苦い。ホップの味がした。現在回収率39%。引っ越しまで残り、86日。

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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