めおと舟 その24『年末進行・オブ・ザ・デッド』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。順当に勝つ妻。負け続ける夫。いつしかすっかりハマった二人は実際のボートレース場での取材などを経ていよいよ順当に成長しているよるように見えた──。

年末進行という言葉がある。あまねく総ての職業に、大なり小なり存在する12月の現象だ。誰だって年末・年始は仕事を休みたい。なのでその分、あらゆる作業を前倒しで進行する。故に12月の上旬から中旬にかけては、クソほど忙しくなる。そういうものなのだ。俺は関係ねぇ! みたいな人ももちろんいらっしゃると思うけど、何びとも大陸(くが)の一塊。自分一人で完全に完結する自営業──たとえば完全に年末年始をお休みにする大人気の寿司屋さんとか、そういうのならいいけれど。そうじゃないほとんどの人は、この年末の慌ただしさに飲み込まれて、忙殺されることになる。

今年のオイラがそれだ。現在進行でなかなか死んでる。忙しいのは結構な事だけど、元からスケジュール管理が大甘な上に怠惰な性格なので、そのしわ寄せが一気にきた。ツケである。収入のアドオンで忙しいのではないのだ。単純にツケを払ってるだけである。

「ねーねー、ひろし。遊ぼうよぅ」
「んー。仕事終わったらねー……」
「全然終わらないじゃん!」
「そうだねぇ……。終わらないねぇ……」

机に向かい、キーボードを叩く。死後3日の鯖みたいな目で返事しつつ、うずたかく積み上げられた予定をちらりと見やる。今晩中に三本。これはもうマストで書かねばならない。ちょっと寝たあと起きたら税務署行って、そこからパチンコ行かなきゃ。ああ忙しい。

「もういいもん。ひろし遊んでくれないから、わたしボートやる!」
「あー……。オイラもやってるよ……」
「!? 仕事しなさい……!」
「いや、ボートはいいじゃないか。仕事しながらも出来るし……」

2画面あるディスプレイの1つ。そこでは常にオンラインホールのパチスロゲームとボートレース中継が表示されている。家にいながらにして……否、日本全国どこにいたって、スマホで舟券が買えるというのは恐ろしい事だと改めて思う。だって仕事してる間に着実に200円ずつHPゲージが削り取られてるのだもの。

「どうせやるならちゃんと予想して当てなさい! レース場どこ」
「えーと……。今は江戸川の8Rだね」
「何買ったの」
「1=2=3」
「あ、手堅い!」
「まー、今この瞬間に外れたけどね……」
「コラッ! いま的中率どのくらいになったの?」
「えーと……。見るの怖いけど、8%とかじゃないかな」
「下がってる……」
「回収率も下がってるよ」

言いながら、ようやくひと仕事を終える。時刻は14時。足元にピノコが寄ってきて、膝に飛び乗る。抱きとめながらお腹の匂いを嗅ぐ。落ち着く匂いだったけど、猫アレルギーで鼻の奥に痛みが走った。難儀なことである。コーヒーを飲んでこめかみのマッサージをして、それから再度机に向かう。妻がハイボールを飲みながら鼻歌を歌っていた。

「……当てた?」
「うん。9Rとったよ」
「ねぇ、なんでそんなさぁ。当たり前に当たるの?」
「3連複よ。別にそんな。200円とかしかプラスになってないし」
「ふぅん……」

キーボードを打つ。目頭をマッサージする。またキーボードを叩く。一息ついてまたボートレース。出走表を見ていると、はるが横に居た。

「ほらぁ。またボート見てる」
「ん。ああ。見てないよ」
「見てるじゃん!」
「まあ、見てるというか……。眺めてるというか……」
「それで仕事進まないんじゃないの」
「いやー……。そんなことはないよ。頭使ってないし」
「どうせ買うなら頭使いなさい!」
「矛盾! ガッツリ予想したら仕事進まないじゃん」
「とはいえ、適当にやったら当たらないでしょうが!」
「ぐぬぬ……。じゃあオイラは一体どうすれば……」
「仕事中にボートしないの!」
「ちぇ……。分かった……」

渋々ウィンドウを閉じてまたテキストエディタに向かう。資料を捲りつつ書いちゃ消し。書いちゃ消し。居残りの生徒が食べ残しの給食を箸でつつくのとそっくりな動きで、のろのろと作業をする。気もそぞろ。ボートが気になる。はるがトイレに立った。今だ! と思った。思わず笑みが溢れる。しめしめだ。奴さん、すきを見せよった。マウスを操作し、高速でテレボートにアクセスした。追加で1,000円だけ入金してさっきのレースを買う。いまいち予測しきれてないので3連複。1=2=4だ。

戻ってきてネイルを始めるはる。横目で確認しながらバレないように極限まで小さくしたウィンドウでレースを鑑賞する。第1ターンマーク。出遅れた2号艇の頭を抑えて3号艇が躍り出る。舌打ちした。部屋の中で衣擦れ。気配を察知して振り返ると、はるが横に立っていた。

「あ、これは違う!」
「何が違うの……!」

何か凄い懐かしい気分に襲われた。これは、高校の頃に先生に見つからないようにゲームボーイでポケモンやってた時と同じだった。ポケモン。めちゃ面白かった。ピカチュウ超可愛かった。だがそれ以上に、隠れてこそこそゲームするというのが、面白かったのである。見つかったら怒られる。だからバレないようにコソコソやろう。ただでさえ面白いポケモンに、そのスリルがピリリと薬味を加えていた。要するに、嫁さんに隠れてレースするのはめちゃ楽しいのだ。大発見である。

「ねー! はるちゃん! 気づいた! これねえ、バレないようにボートレースするの超楽しいよ!」
「!?」

間違いなく怒られるけど、この発見は正直に告げた方が良いだろうと判断して申告すると、はるはちょっとビックリした表情をしたあと、ああ、と言った。

「確かに。私も会社でボートレースやってる時、隠れてやってる」
「面白いっしょ!」
「うん。面白い。ていうかねぇ、仕事してるのがイヤだから。ボート現実逃避にうってつけだわよね……」
「現実逃避──!」
「そうよ。ひろしボートに逃げてるのよ。今。現在進行系で」

そういえば──。頭の中に何年も前に体験した光景が浮かんだ。あれは都内の某電器屋だ。当時オイラはそこで働いていたのだけど、休憩室でオッサンがひたすらボートレースをやってた。周りにばれないように、だ。なぜなら休憩室は何故かスマホ持ち込み禁止だったから。電器屋は会社によっては頭がおかしいのでそういう謎のルールがある。意味は一切ない。ただの嫌がらせみたいなもんである。(※ホントは防犯上の理由です)

(それ、ボート面白いんすか)
(めっちゃ面白いよォ……。あしのくんやんないの?)
(やんないっすねぇ……。オイラはパッスロだけなんで……)
(やったほうが良いよォ。面白いから……!)
(はぁ……。まあそのうち……)

面白いのは分かる。面白いんだろう。でもその店は休憩室でのスマホ利用は「没収」とかいうキチガイじみたルールの店だった。そしてまあまあガチで没収される。電器屋のルールは法律の上を行くのだ。当時のオイラは「そんなん、没収のリスクを背負ってまでやることかよ」と思ってたけど、今ならわかる。あのオッサンも逃避してたのだ。逃げである。逃げの一手だ。そしてその逃避欲求は、没収のリスクを上回っていたのだろう。授業中のポケモン。あれだって見つかったらゲームボーイごと没収だった。でもオイラはやってた。退屈な授業より、ピカチュウを育ててた方が楽しかったからだ。オイラはあの時、カントー地方に逃げていたのである。

以上の話をはるに伝えた所、軽くいなされた。

「当たり前じゃない。そんなの、仕事より遊んでた方が楽しいわよ」
「分かるか……。分かるよなはる。じゃあ、オイラも……」
「だめ! ひろしは仕事しないとお金にならないでしょうが!」
「はるちゃんだって仕事中にボートしてるじゃん!」
「わたしはいいのよ。給料だもの」
「ずるい!」
「ひろし自営業でしょう! コラーッ!」
「ボートだってオイラは仕事じゃないか!」
「優先順位! まず締め切り終わらせてから取り掛かりなさい!」
「ぐぅの音も出ない正論! ……わかった」

年末進行。まだまだ終わらず。そして逃避も出来る状態ではないので。ボートレースがなかなか捗らず。仕方ないといえば仕方ないけども。どうせ片手間でやっても的中率は下がる一方だし。みなさんも予想するなら予想するで、しっかり時間をかけてやんないと、オイラみたいにボロボロの成績になっちゃうので、気をつけてください。

引っ越しまで、あと79日。

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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