めおと舟 その28『That’s What I Want(2)』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。夫の職業がボトルネックになり肝心要の引っ越しそのものに暗雲が垂れこめるなかで迫る予定日。胃が痛むようなプレッシャーの中、夫の実家である長崎への一時帰郷案が突如持ち上がる──。

「というわけで、今年ちょっと顔見せに帰るから」
「そうね。そいは良かったタイ。いつね?」
「2月の20日頃かなぁ……。牡蠣食いてぇしさ……」
「牡蠣ねェ。良かねェ。お父さんも行こうかね……」
「うん。車出してよ」

妻が長崎行きを提案した翌日だ。オイラは早速実家に連絡をすることにした。実家といっても住んでいるのは既に父・ジュンちゃんだけで、親戚一同は既に日本各地に散っている。長年一族の長として鎮座していた祖母が四年ほど前に亡くなっているので、今は長幼の序でいうとジュンちゃんが家長である。

久々に聞く父の声。読みづらくて申し訳ないけども、彼の話す言葉は長崎弁だ。

コーエーのゲーム好きな人はだいたい分かると思うけど、九州北西部は古来より海賊が跋扈する暗黒エリアだった。実家にあるインチキ臭い家系図に拠れば、我が一族も御多分によらず代々そういう家だったそうな。オイラの姓はもとを辿れば佐賀県の農村がルーツなのだけど、何を作ってたかというと間違いなく「米」だろう。なんせ佐賀は九州随一の米どころだ。そしてあんな所で米を作ってたら血みどろの抗争は回避不可能である。

そもそも古くは源平の壇ノ浦。そして蒙古襲来の際は女真軍が博多まで攻めてきてるのでまさしく瀬戸内海らへんは日本史の節目節目で激戦が繰り広げられてきたデンジャーゾーンである。室町末期になると南に島津は居るわ東に四国組はいるわ。村上水軍も松浦水軍もいる。フリーザ編のナメック星みたいな感じだ。なんでそんなスカウターがぶっ壊れそうな奴らばっかりいたかというとそれはひとえにかれらが源平・元寇で鍛え上げられた海の武士たちだったからである。戦国のラストを飾る秀吉による九州征伐。10倍の軍勢を相手に島津家はよく戦ったが、大丈夫。九州人は元寇のときに100倍くらいの相手を撃退してる。対多人数戦はお家芸なのだ。問題なのは数が多いほうが外様であるという点だ。十字軍もアレクサンダー大王も、とりあえず大攻勢をかける側は常に略奪者になる。兵糧が足りないからだ。そして大量発生する攻勢側の落ち武者は、やがては組織化された山賊か海賊になるのである。知らない土地だからそうなって当たり前なのだ。

そんな所で米作り。襲われるに決まってる。自明の理だ。

そういうとき、かの村の農民は鍬や鋤を武器に持ち替え、迎撃のために幾度となく血を流していた筈だ。やがて彼らは気づいた。「米を作るより戦争のほうが儲かる」と。かくして彼らは血と硝煙の匂いを求め、西に戦あらば移住。東に戦あらば移住。そうして、我が姓は日本中に散っていったのだろう。なんせちょっと調べるだけで同じ姓をもつ軍人がモリモリ出てくる。なんと大将やら少将の中にもチラホラいるからよっぽどだ。そして彼らはみな海軍である。米アンド戦争。そういう姓なのである。

祖父も御多分に漏れず職業軍人だった。ただし彼はまだ日本軍がイケイケだった頃に結核で引退。そしてそれなりの地位のまま退役したのが災いしたのか終戦後はB級だかC級だかの戦犯としてバッチリ公職を追放され、最後は極貧の中でひっそりと死んでいったとの事。親戚曰く「退職金や恩給も受け取らなかった」というのだから気高くはあったのだろうけど、そのしわ寄せは遺された家族の人生にゴリゴリに影を落とした。特にその息子であるジュンちゃんが一番割を食ったものと思われる。

そしてジュンちゃんであるが、彼もまた己が裡に脈々と受け継がるる戦争屋の血に抗えなかったのか一年発起し海上自衛隊入りした過去を持つ。だが広島県・呉での訓練中にカナヅチである事が発覚した結果潜水艦にブチ込まれそうになり即座に除隊したとの事(本人曰く、当時潜水艦は死んでいい人が乗るポジションだったそうな)。以降は東京でルンペンみたいな生活をしてた過去があるのだが、その頃に麻雀で数百万の借金をこさえて文字通り本当に殺されそうになり親戚中から金をかき集めて一命をとりとめたのは、もはや我が一族の語り草になっている。よく生き長らえたものだと思う。

「わかった。じゃあ20日ね。待っとるけん」
「あ、そうだ。父ちゃん大村まで迎えに来てくれない?」
「空港? うーん。20日。まだちょっと予定の分からんタイ」
「大丈夫っしょ。何も無いよ」
「なんでお父さんの予定のお前に分かるとね……。お父さんも色々あるとぞォ」
「無いよ。大丈夫。車でさァ。ちょっとおいでよ」
「何時頃ね」
「15時くらいに着くと思うんだよね」
「15時……。偉いまた遅ォ来るとねェ……。もうちょっと早よォ来ればよかとに」
「いや実はさ、ボートレース行きたくて」
「ボートレースゥ……? ああ、なんか仕事しよるって言いよったねぇ」
「だから、迎えに来るついでにさ、一緒に行こうよ」
「えー。お父さんも行くとね?」
「うん。はるも楽しみにしてるしさ」
「はるさんもね。そうね。はるさんも楽しみに……」
「そうさ。行こうぜ行こうぜ」
「あー……ボートねぇ……」

そう。ボートレース大村。どうやらナイターがあるのだ。が、我々が帰郷する予定の日のレース「スポーツ報知杯」がデイレースかナイトレースかがどうにも分からない。JLCの放送枠はナイターになってるっぽいけど、これだってダイジェストなのかライブなのか分からない。オヤジとレースに行くとしても早く着き過ぎてナイターだったら無意味だし、かといって遅過ぎてデイだったら遊べない。だったら両面待ちだ。15時だったら両対応である。

「まあよかタイ。なんも予定の無かったら行くタイ」
「だから無いってば。予定。大丈夫」
「いやァ。まだお父さん仕事しよるっちゃけんね?」
「……え。まだ働いてンの?」
「当たり前くさ。お金無かとぞ。最近はもう1パチばっか打ちよっちゃけん。近所のパチンコ屋に0.5パチの出来てさ。こいがまたいっちょん(ぜんぜん)面白ォなかっちゃもん。0.5パチはだめばい。やっぱい1パチばい」
「どっちもそんなに変わらないよ……。じゃあさ、当てようぜボートで。そんで4パチ打とうよ。そこまで写真撮らせてくれ」
「……写真?」
「そう。一回ほら、父ちゃんの事を撮影させてもらったじゃん。レコーダー回してインタビューしてさ」
「あー……。お母さんの三回忌の時か。なんばしよるっちゃろと思ったバイ」
「そうそう。あんな感じ。今度はインタビュー要らないから。写真だけ。ボートして、パチンコね」
「まー、そいはヨカけど……。とりあえず20日ね。暇やったら行くタイ」
「なーもー、予定入れないでくれよォ……。頼むよもう。もう俺、父ちゃんとボート行くのを見越してフライングで連載書いちゃってるから。これで結局いけませんでしたーじゃ流石にアホすぎるから、頼むよ」
「んー。ボートねぇ」
「父ちゃん、ボートやるんでしょ」
「んや。お父さんはもっぱらパチンコと競輪たい。あと(自主規制)」
「最後のやつだめじゃん。え。まだやってんの?」
「年に一度のお楽しみタイ」
「(自主規制)は駄目だって……。俺なぁ、父ちゃんのせいで(自主規制)は公営だと思ってたからね。だからみんな一生懸命見てるんだなって」
「馬鹿ねぇ! そがん訳なかタイ! お前は素直かけん。なんでもヨカほうにヨカほうに取るっちゃもん。子供ときからバイ。気をつけんば、お父さんのごと色んな人にダマさるッぞー?」
「もういいよそういうの……。で、ボート、どうなのさ。やったことはあるんでしょ」
「何回かね。何回かはあるさ。若か頃よ。そいこそ東京におる頃けんが、もうだいぶ前よ」
「九州に戻ってからは一回もないの?」
「たぶん無かと思うよ。大村は遠かさ。なんで徒歩十分の所に競輪場あるとにボートに行かんばとね……」
「あー……。なるほど。そっかー、ネット投票とか電話投票とか、使わなそうだもんなー父ちゃん」
「現場で買わんば。やっぱい。お父さん現場主義やッけん!」
「ヨォシ……。じゃあ行きましょうよ現場ァ。行こうよォ!」
「そいはまだ分からん。暇やったらね」
「えー……。来てくれよォ……。はるも楽しみにしてるからさァ」

********************

その日の夜だ。飛行機のチケットを取りながらはると話した。

「んー。父ちゃんあんまりボート乗り気じゃなかったんだよなぁ」
「あら。そうなの?」
「うん。賭け事は好きな筈なんだけどなァ……」
「なんだろう……。遠慮してるのかな……?」
「遠慮?」
「一回ほら、崖崩れのお金出したじゃない?」
「崖崩れ……。ああ、あったな」

去年の話だ。父ちゃんから電話があって何かと思ったら、家の裏手の崖が崩れたので修繕費が必要だけど足りない、とのことだった。見積もり費用は30万。オイラも独立したばっかりでそんな大金をポンと貸せるほどブルジョワな生活はしてないので、結局はるに借りた。ただいまオイラからはるへ、分割で精算中である。

「あのことを気にしてるんじゃない?」
「いやー、気を使わせないようにオイラが出してあげた事になってるから別に気にしてないんじゃない? 父ちゃんにも請求してないし。もう忘れてると思うよ」
「そうかなぁ……」
「間違いないね。絶対忘れてる。なんならこないだ車検費用をオイラが出したのも絶対忘れてると思うよ。なんでか教えてあげようか。オレが今まで忘れてたから」
「メッ! 忘れちゃ駄目よ! お金は大切なんだから」
「もちろん。それは分かってるけども。まあ言っても今まで散々出してもらってるからなぁ。まあ実際に出してるのは婆ちゃんだけども。だから別に気にしなくてもいいのに……」
「んー。気にしてるんじゃないかなぁ。わたしなら気にするもの」
「言ってももう、オヤジも73歳とかその辺かぁ……。ちょっと弱くなるのかなぁ」

若い頃、父ちゃんはそれはそれは怖い男だった。古い漫画に出てくるようなカミナリオヤジである。鉄拳制裁当たり前。まあお陰様で対してグレずに育つ事ができたので有り難いのだけど、子供の頃は「早く死なねぇかな」と思ってたものだ。プチ反抗期である。

「なんかあんまりイメージわかねぇなぁ。弱る父ちゃんとか」
「ねぇ、もしさ、お金の事で気を使ってるなら、気にしないでいいよって言ってあげな。わたし、せっかくだからちゃんとお義父さんとボートで遊びたいし」
「んー。オイラだってそうさ。ちゃんと遊びたいよ。でもなぁ……。こっちから気にしなくていいって言うとめっちゃ頼って来そうだしなぁ……」
「いいじゃない。出来る範囲であれば。頼って貰えるうちが花よ」

家族。お金。そしてボート。例によって缶ビールを飲みながら、ちょっと考えた。有る考えが頭の片隅に浮かぶ。

「なあ、せめてさぁ、大村の勝負。勝とうぜ」
「……ん?」

思いつきだ。良いに任せて思っただけの事だったのだけど、その考えはとても楽しいものに思えた。反芻する。頷く。そうだ。やっぱりこれだ。

「こうしよう。旅の目的さ。二人で協力して全力で予想して……。なんならT師匠とか、フネスキンさんとかにも予想を聞いてさ。持てる力を全部だして、父ちゃんに勝ってもらうってどうだい? そのお金で、好きなことをしてもらうって。どうだろう」

ハッと。はるが目を見開いた。

──引っ越しまで、あと49日。

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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