めおと舟 その31『そういやお兄ちゃんもボートしてた件』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。夫の職業がボトルネックになり肝心要の引っ越しそのものに暗雲が垂れこめるなかで迫る予定日。胃が痛むようなプレッシャーの中、夫の実家である長崎への一時帰郷案が突如持ち上がる──。

1月後半の、ある晴れた午後の事だった。仕事中、机に座ったまま少しうとうとしていたら、スマホが震えた。表示部に浮かぶのは「兄貴」の文字。アキからだ。

オイラには兄がいる。実は三兄弟なのだけど真ん中の兄は会ったことが無いんで割愛。実質長兄とオレ。二人きりの兄弟だ。兄の名はアキという。若い頃はバンドでブイブイ言わしててメジャー・デビューの話もあったそうなのだけどなんやかんやあって断念。以来、彫金職人をやったり釣り人をやりつつ、現在ではタクシーの運転手をやっている。見た目はオイラと違って色黒のボクサータイプ。生粋のメタラーなので体中にタトゥを入れまくっており顔つきも怖いのでオイラの友人からは『リアル龍が如く』と呼ばれている。まこと、正鵠を射た呼び名だ。

「よー、ひろし。起きてっか」
「起きてるよ。どした?」
「最近おふくろと会ってるか?」
「いやー、全然。こないだ電話したきりだね」
「おふくろ言ってたぞお前。正月に挨拶にも来ねぇって。顔くらい見せろよな」

およそ20年ほど前。兄貴は世田谷のアパートに住んでいた。借りていた部屋は2つ。ひとつを住処に。もうひとつを職場にし、そこで彫金をしていた。まだネット通販も一般的ではない時代。自身のアクセサリーブランドを立ち上げてショップに販売委託をし、それなりに潤っていたとの事。ちょっとすごいのはかの「FF7」のコンビニ予約特典であるシルバーフィギュアを、兄貴も依頼を受けても作ってたという話なのだけど、FF7好きのオイラはその時点で「おにいちゃんすごい!」となったのを覚えている。まあ実際の作業場……というかアパートはとんでもない有様だったのだけども。

まず彫金には激毒物を大量に使うので部屋中いろんな所が黒く煤けていた。その時点でまあまあ世紀末感があるのだけど、そんな中にメタルっぽいポスターとか良くわからんドクロのタペストリーとか所狭しと飾られており、さらには何故かしらんが壁にはナイフとかもぶっ刺してあった。そして隣の部屋──住処と職場を隔てる壁は勝手に破壊され、自由に往来が出来るよう改築が施されていたので、メタルというかもはやキチガイの域だった。

性格も豪放磊落というよりアナーキーな部分があり、学生時分はパトカーを見かけるたびにツバを吐きかけるという反権力なのかどうか良くわからん奇行を習慣にしていたという嘘みたいなホントのエピソードが存在するというだけでも、彼がどんなヤツかは大体想像できるかと思う。そんな兄貴なので一時期オイラは彼を大変に恐れていた。特になんかやられた訳ではなく、むしろオイラに対しては非常に優しく格好良い兄貴だったのだけども「たぶん本気で怒らせたらえらい目に遭うんだろうな」みたいなのは本能的に察知してたので、思い返すに当時はなかなかスリリングな関係性だったものだ。

そんな兄貴ももはや50歳。法人タクシーの年期をしっかり満了して今では個タクの大将だ。子供二人を育て上げマイホームパパも卒業間近。最近ではまたバンド活動に精を出している。髪の毛も白髪になった。未だタトゥが増え続けているのを除けば随分丸くなったものである。

「お前今なにやってんの? 仕事中?」
「ああ。ちょっとウトウトしてたけど、一応仕事中だよ」
「まだ物書きやってんの?」
「うん。やってる」
「稼げてんのかよ。はるちゃんに迷惑かけんなよ?」
「大丈夫だよ。ギリギリなんとか……」
「ふぅん、まあ、食えてんならいいけどさ。今何書いてるんだよ。アタアタホアタァか?」

アタアタホアタァ。これはパチスロ「北斗の拳」の事だ。兄貴はその昔パチンコ・パチスロにどっぷりハマっていたが「北斗の拳」の頃に子供が生まれて以来、きっぱりそれを断ったとの事。したがって兄貴の中では未だに4号機北斗ブームが続いているのだ。

「兄貴、もう4号機の北斗は無いからね」
「流石に知ってるよ。もう5号機だろ?」
「いやもうバリバリ6号機だよ……。で、今はパチスロじゃなくて、ボート書いてるよ」
「ボート……? 競艇?」
「そう」
「なんだよ、お前やんのかよボート」
「最近始めたんだけどね……。あれ? 兄貴やってたっけボート」
「たまにやるぜ? てか前にお前に勧めたじゃん。パチスロよりボートが良いよって」
「え、あったっけそんなん」
「あったよ」
「ええ、いつ頃?」
「えー……。いつ頃かなぁ……。オレがボートにハマり出した頃だから、もう結構前だぜ。まだお前が足立に居た頃じゃん?」
「あー……。暗黒時代。なるほどね。オイラあの頃の記憶は封印してるから。全然覚えてねぇや」
「ボート面白れぇからお前もやれよっつって。──なんだよォ。色々教えてやりたかったのによォ。勝手に始めやがって……」
「いやいや、今からでも教えてくれよ。まだやってんだろ?」
「たまにな。暇な時に」
「勝ってんの?」
「いや、そうでもねぇ。勝ってたらずっとやってるよ」
「確かにね」
「お前は? 勝ってる?」
「ヒデェもんだよ」
「はは。博才ねぇな俺ら」
「言えてるね。親の顔が見てみてぇぜ」
「ところがよ。おふくろはギャンブル全般強いからな。あの人おかしいぜ。パチンコから競馬から、たまにやったと思ったらビックリするくらい勝つんだよ」
「知ってるそれ。先物もやってンだろ?」
「そう。銀行のヤツがおふくろン家に営業来てよォ。投資運用どうですかァって説明されて『これ行ける』って思ったら即だよ。老後の資金全部ブチ込んだんじゃネェかな」
「あー、そうだよそうそう。あの人インターネット使えねぇから、銀行の会員ページログイン出来なくてよ。オイラが足立に居た頃は代わりにログインして印刷してさ、現在の資金総額! みたいなの持ってったら一喜一憂してて──。なんか下がってたらオイラが怒られるんだよ」
「はは。笑えるそれ。家が近いとそうなんだよなァ……。んで……。最終的に増えてたの?」
「オイラが知ってる限りではね。かなり増えてた」
「すげぇなおふくろ……」
「何でオイラたちギャンブル弱ェんだろうねぇ……」

真ん中の兄の顔を見たことない、という話からも分かるように、我らの家庭はそこそこ複雑だった。詳しく説明するとボートと関係なさ過ぎる話になるんで別の原稿に譲るとして、とりあえずオイラとアキに限っていえば、10年以上会わなかった時期というのが存在している。それにプラスして兄貴の顔が怖かったりという外的要因もあるので、ある時オイラは「兄貴とはたぶん一生仲良くなることはないんだろうな」と達観していた。それが、気づけば結構仲良しちゃんになっているのだから、人生ってやっぱり不思議なものだと思う。

「まあ近々、一緒にボートでもやろうよ。別に会わなくても各々部屋で酒飲みながらさ。テレボートで舟券買って、スマホで同じレース見ながらよ」

オイラが言うと、スマホの向こうからプシュ、と音がした。缶ビールのプルタブ。炭酸が吹き出す匂い。へへ、と笑い声がした。オイラも釣られて笑う。次のセリフはアキが言う前に分かった。血は水よりも濃し、だ。

──別に今度じゃなくてもさ。今からやれば良いじゃん。コンビニでビール買って来いよ、ひろし。

引っ越しまで、あと28日

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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