めおと舟 その36『昔取った杵柄は結構重いからあんまり持ちたくない』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。順調にハマる夫婦だったが肝心の引っ越しに関しては夫の職業がボトルネックになり暗雲が垂れこめる。そして本格的なコロナ禍がやってきた。

3月某日。週に一度は通っている浅草の立ち飲み屋だ。ポテトをツマミにハイボールを飲む妻の前でタバコを咥えたまま、オイラはこう宣言した。

「オイラ、バイトしようと思うのです」

ハルが困惑した顔をする。周りには他のお客の姿はゼロだ。コロナの影響をモロに受けた浅草の街はここ最近、灯が消えたように閑散としている。タバコを揉み消して息を吐いた。そうして、ゆっくりと説明を始める。

「知り合いから仕事紹介して貰ってさァ。なんか個人事業主だったら業務委託で土日だけ入れるし、あらーこれいいんじゃないかなーと思って」
「うーん。それはいいんだけど……。なにやんの?」
「しゃせー……」
「電器屋!?」
「じゃなくて、今度はショッピングモールというか」
「モール!? でいらっしゃいませってやるの」
「やるねぇ」
「えー……。幾ら貰えるの?」

ちょっと周りを気にして声を低くした。といっても大将とオイラたち以外には誰も居ないのだけど。

「ゴニョゴニョ……」
「まあまあ高い! いいじゃん。やりなよ。引越し費用稼ぐためでしょう?」
「それもあるんだけどなぁ。単純にヤバいんだよ色々と」

一昨年の年末に独立したオイラは実は去年一年間のうちかなりの時間を、あらゆる業種への種まきに使った。飯を食ってく為には日々の仕事を淡々とこなせば良いのだけども、この先子どもが出来て育てていったり、あるいは老後や事故への備えを考えるとライターの仕事一本だけというのはどうしても無理があるのだ。というわけでゲームプランナーの仕事やパチスロの新台開発の仕事、あるいは小説、セミナー業。それからまたエロ系の仕事にも手を出していた。この辺は嫁さんも全部を把握しているわけじゃないのでこの機会に改めて全部説明する。

「で、それらが今んとこ全部停まってるのね。オールだよ」
「全部……。あれ? ゲームはある程度形になってたんでしょ?」
「まあ、ソフトハウスの名刺も持ってるし企画も通ってるから名実ともにゲームプランナーではあるんだけど、開発がそもそも停まってるんだよ」
「なんで?」
「コロナで。いまもうそれどころじゃないって」
「えー……。新台開発は? 一時期めっちゃやってたじゃん」
「あれは単純に音沙汰がないね。コロナに関係なく。まあその仕事はワンチャンあればいいなァ程度だったからいいけど……。NDAの書類にサインしただけで終わったね」

結局、残ったのはライターの仕事のみだった。ナナテイ、パチ7、ななプレス。そしてこの春からもう一本始まるので、都合4メディア。有り難い事にオイラはだいぶ恵まれてる方で、このご時世収入がゼロの業界人も全然珍しくない。食って行けてるだけ奇跡に近い。ただし、オイラとてなんかあったら一発で飛ぶ。

「というわけでバイトだな。せめてコロナ禍が過ぎるまで……」
「まあしょうがないねぇ……。もうハラは決めてるんでしょ?」
「決めてるねぇ」
「じゃあもう、やりなよ。稼いでこい、ひろし!」
「おう……。給料全部ハルちゃんに預けるから。管理宜しくね」
「まかせろ!」

ハイボールを飲みながら頭の中でざっくり計算する。これで増える収入、引く事の家賃等の生活費。……充分ペイできる。今手元にある仕事で入る金額と合わせると、どうにか以前の水準まで収入額を増やせそうだ。これでペンディング状態の案件のうちどれかが動き出せばギリギリで去年描いた通りの絵に戻れる。静かな浅草。人通りも少ない。ちょうどテレビでトランプ大統領が非常事態宣言を発動したというニュースが流れた。大将が真剣な顔で画面に見入っている。思わず舌打ちした。忌々しいコロナめ。

「そういえば、その仕事は誰から紹介してもらったの? あんまり変な人だったらやぁよ」
「大丈夫。Iくんだよ。知ってるっしょ。バーで会ったことあんよね」
「うんうん。知ってる。じゃあ大丈夫か」

Iくんは一昨年働いていた家電量販店で出来た友達だった。これはもう量販店あるあるになるけども、パチスロを打つ人間同士ですぐ仲良くなった。その上、駄目人間の割合が大気中の窒素濃度より高い家電量販店業界に於いては珍しくまともな人だったので、お互い量販から足を洗っても未だに遊んでいる。パチスロ、串カツ、焼き鳥屋。パチ7の集まりにも来てくれた。

「そういや、Iくんウチに来たことあんだぜ」
「ああ……。言ってたね。パソコンを組み立てに来てくれたんだっけ」
「そう。組み立てんの面倒臭くてさぁ。しかも慣れてないから怖いじゃん。高い部品もあるし。そしたらわざわざ来てくれてさー。たらね、ピノコが珍しく怖がってなくてさ」
「ホミャーン言わなかった?」
「言わなかった。ピノコ知らない人来たら大体ホミャーンってなるじゃん」
「なるねぇ」
「なんなかったんだよIくん。彼は恐らく猫に好かれるタイプだと思うよ」
「ひろし未だにホミャーン言われるねぇ」
「言われる。なんならこないだカーッて威嚇されたからね。3年以上一緒にいるのに」

Iくん。ハイボールが回る。タバコの煙。パチスロ。パチスロ……? そういやIくんボートレースやんないのかな。めおと舟。彼は未婚だ。だが彼女がいる。パチスロにも一定の理解があるらしい良い娘だ。待てよ? なんかアイデアが──……。

「なあなあ、ハルよ。Iくんにボートやらそうぜ」
「何を唐突に……」
「だってほら、Iくん彼女いるし。対戦したいじゃん」
「対戦……?」
「だからめおと対抗ボートレース対決みたいな……。まあ向こうめおとじゃねぇけど、この際細けぇことはいいさ。引っ越しが進まぬ今こそナナテイの連載にも新展開が必要だし、なによりボートはみんなでやった方が楽しいじゃん」

あしの夫婦、ボート歴一年。これで初心者というのは無理がある。先達は率先して後進を育成せねばならない。そうだ。そうしよう。ポンと机を軽く叩いて決めた。

「大将、ししゃもくれ!」

あしののバイト生活。そしてIくんカップルとのボート対決。3月中旬。春の気配はもうすぐそこまで来ていた。

──引っ越し予定日まで-14日

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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