めおと舟 その37『泪橋を逆に渡る』

連載
めおと舟

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。順調にハマる夫婦だったが肝心の引っ越しに関しては夫の職業がボトルネックになり暗雲が垂れこめる。そして本格的なコロナ禍がやってきた。

我々夫婦は元来お出かけが好きな質である。旅行しかり。帰郷しかり。知らん土地にフラフラ出かけてだらだら過ごすのを好んでおるのだけども、時世がらままならぬ感じになっていて大変ストレスが溜まる。気にせずバンバン出かけりゃいいじゃんと思うかもしれないけども、そもそも何年も前から気胸と、それに付随する良く分からん肺炎を持病として持ってるオイラとしては、今回の新型コロナは割と洒落にならん事態なのだ。というわけで現在オイラは何処へも出かけてない。蟄居(ちっきょ)である。

「ひろしぃ。ヒマだよぅ。どっか行こうよぅ」
「ンー。どっか行っておいで……」
「いやだよぅ。一緒にどっか行きたいよぅ」
「コロナ騒ぎが収束したらね……」
「まだ終わらないよぅ。今い行こうよぅ……」

妻はオイラとは真逆の健康人間であるのでコロナを恐れていない。もはや普通にヨガとか行ってる。これで妻がウイルスを貰ってきてオイラが感染するのなら、もうそれはしかたのない事なので特に何も言ってない。ヨガを辞めてもらったら次は趣味のロック座。夜のバイト。果ては昼間の仕事。居酒屋もバー通いも、あれもこれもと際限なく規制して行かねばならなくなる。そこまで言う権利はオイラには無いのでもはや運命と思って諦めるしかない。

とは言えだ。ヒマなものはヒマなので、二人の時は何かしら遊ばねばならない。必定、ボート頻度は上がりそうなものだけども我が家は現在超節約モードに突入している。やるならば勝たねばならないのだけども、そうそう鉄板レースがあるわけでもなく、レースの番組表を見ながら眉間にシワを寄せるばかり──。

「ヒマだよぅ。どっかいこうよぅ……」

我が家の愛猫・ピノコもこの所ずっとオイラが家に居るのを不審がっている節がある。有り体にもうさば、まあまあ飽きられてる。人間が家にいるぜイエーイ! みたいなテンションはこの二ヶ月ほどゼロの状態だ。スンと澄ました顔で腹に乗ってきてオナラするのみ。オイラも飽きてるので「わあ、プウしたねぇピノコ! へへ!」とかはない。ふたりともスンとした顔で無言だ。

「じゃあ……近所散歩すっかい?」
「散歩! 散歩しよう! 行こう!」
「……どこいこう」
「上野?」
「上野はヤダなぁ……」
「谷中銀座とか……」
「うーん。人がいない所にいこうよ」
「えー……。人がいない所……。あ。山谷は?」

山谷。ドヤ街である。『あしたのジョー』の舞台となった街というとピンと来る方もいらっしゃるかもしれない。南千住駅から歩いてすぐ。我が家からは徒歩20分ほどで行ける。妻と出会ったばかりの頃よく吉原近辺は散歩していたものだけども、山谷まで行ったことはたしかにない。というかまず散歩コースじゃない。

「山谷ァ……? うーん。あんま興味ねぇなぁ……」
「ひろしジョー好きじゃん」
「ジョーはめっちゃ好きだけども……。別に何もねぇだろ?」
「フフン。ひろし知らないでしょう。山谷にはねぇ、ジョーの像があるんだよ」
「……なんだって?」
「あるのよ。ホラ」

妻が見せてくれたスマホの画面。グーグルマップ上に立てられたピンには「あしたのジョー像」と書かれていた。

「オイィ!? マジかよ。ジョー居るのかよ!」
「いるよー。山谷に」
「行こうぜ山谷! なあ! ア、サンドォォバッグにィィ……」
「浮かんでェェ消えるゥゥ!」
「憎いあんちくしょォォォのォォ──!」
「顔ォォォ目がけェェ……!」

というわけで二人で合唱しながら家を出て、そのままのテンションで吉原近辺まできた。

「ねぇひろし、なんであの辺のマンションのベランダには全部トゲトゲの柵が付いてるの? 鳩が来ないように?」
「ううん。飛び降り防止だね! 街が街だけに!」
「なるほど! ア、サンドォォバッグにィィ!」
「浮かんでェェ──」

マップ片手に路地を通ってかの有名な「カストリ書房」に到着。吉原文化に興味がある人ならまず知らない人は居ないお店だけども、昭和のサブカルを今に語り継ぐという恐るべき店なので興味がある人は一度どうぞ。

ちなみにカストリというのは『粕取り』で本来は高級酒の事なのだけどもカタカナの『カストリ』は材料は同じでも安く作られた密造酒の事。転じて「インチキ」とか「うさん臭いもの」とかの意味になる。んでカストリ雑誌というのは終戦直後に流行った粗悪な雑誌を差す言葉だ。テーマはいわゆるエロ・グロ・ナンセンスで、太平洋戦争時期の検閲で一度滅びた戦前のサブカルがルネサンスしたものである。プレステ2の『SIREN』というやたら怖いゲームには『週刊粕取』という架空の雑誌が出てくるけども、まああれも割と現実寄りで、現に「カストリ書房」というのがここにあって出版業もされておられるわけだ。

んでその「カストリ書房」を抜けた先からいわゆる「山谷地区」に突入する。

山谷。知らない人も多いと思うので軽く説明しとくと、日本でも有数のドヤ街だ。ドヤというのはそのまんま転語でヤド──終戦後のボロボロの時期はこういうリバース・スペリングが流行していて「上野」を「ノガミ」と呼称したり「公園」を「エンコ(転じて浅草の事)」と呼んだりするのだけども、ドヤも結局のところ「宿」が語源になっているのだ。要するに日雇い労働者の簡易宿泊所が乱立するエリア、と言っていい。

ちなみにこういう用語法は終戦後の復員兵が発端である。復員兵がいきなりポンと日本に帰され故郷に帰る旅費もなく上野公園で過ごすうち、特殊な言語文化が発展したのは想像に難くない。なお倒語というと80年代後半から90年代にかけて「とんねるず」が流行らせたいわゆる「ギョーカイ用語」(トーシロ、シースーなど)が有名だけども、あれはジャズを発端とする音楽業界用語であってドヤ系列語法とは同じじゃないので注意が必要だ。たとえばドヤ語法では「山谷」を単純に「ヤマ」という。事件が頻発していた山谷地区を表す呼称と、いわゆる警察用語で事件そのものを指す「ヤマ」が同じなのは単なる偶然なんだろうか……?

んで山谷。歴史を調べるとなかなかおっかない所なので詳しくは語らないけども、今は外国人バックパッカーの姿がぼちぼち目立つ程度には軟化している。とはいえ観光気分でフラッと訪れる場所ではないので、オイラも今まで実際に足を運んだ事はなかったわけで──……。

「あ! あった! 矢吹くんじゃないか! ジョー!」
「ほんとだ! すぐあった! 立てェェイ。立つんだジョー!」
「もう立ってるよ。ジョー立ってるよはるちゃん」
「へへ! ア、サンドォォバッグにィィ!」
「浮かんでェェ……!」

「何このポーズ。ひろし」
「両手ぶらりで対抗してやった。へへ」
「ジョーVS.ジョーねぇ!」

目的のジョー像は山谷商店街のすぐ入り口にあった。カストリ書房から歩いて一分くらい。横断歩道を渡ったら目の前だ。カストリ書房には来たことがあったけども、まさかそんなに近くにあるとは思っていなかったので少々驚いた次第。というか近すぎて少々拍子抜けした。このまま回れ右して帰っても良かったけども、折角なんで山谷を少々散策。10分ほどの間で「ドヤ」も見つけたし「戦争法反対」を掲げる謎教会も見つけたし、そこで行われてる炊き出しも発見できた。

「……おお。これホントにあしたのジョー感あるな」
「あるね……。てか張ってあるポスター全部○○党なんだね」
「うん。なかなか勉強になるな……」

とはいえ、想像してたよりは全然明るい街だった。もっとナチュラルに火炎瓶持ったオヤジがうろついてるイメージだったのだけども、当然そんなことはなく。なんなら子供の姿も普通に見えた。かの有名なマンモス交番も見てみたけどもライオット・シールドを構えたポリスなんか当然おらず。平和そのもの。ああ、山谷は今、生まれ変わろうとしてるのだ。まあ昔の山谷知らんけども。

散策終盤、砂利が敷かれた公園を見つけた。遊具は何故か封鎖されていたけどギリギリでベンチが使えたので座面を死ぬほど拭いて腰掛ける。これは別に山谷だからだというわけではなく、コロナ対策である。なかなか良い散歩だった。

「このまま帰るのもちょっと惜しいね。ちょっと休憩していこう」
「うん。わかった。あ、コーヒー持ってきてるよ。飲む?」
「甘いやつ?」
「甘いやつ」
「じゃあ飲む」

タンブラーを受け取ってひとくち。甘かった。脳に糖分が行き渡る。ふうと息を吐いて空を見上げた。澄み切った春の空だ。別に山谷だろうがどこだろうが、空の色は何も変わらない。やることも同じだ。コーヒー飲んで何も考えず座って。

「ちょっとボートやってくかい」
「いいね」

スマホを立ち上げて番組表を見る。何処にいたって別に。二人で座ってりゃやることは同じなのだ。鉄板レースを探すだけである。

──引っ越し予定日まで-21日

 

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あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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