めおと舟 その40『愛猫ピノコ、決死の脱走』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。順調にハマる夫婦だったが肝心の引っ越しに関しては夫の職業がボトルネックになり暗雲が垂れこめる。さらに本格的なコロナ禍が世界に到来する中で妻は転職。なんと1Kの自宅にて夫婦二人での在宅勤務が始まった。

4月某日。相変わらず部屋がすげぇ狭い。この狭さはちょっと衝撃的ですらある。先日はいよいよ嫁専用のデスクとチェアが届いた。組み立てと設置に6時間ほど掛かったけども、なんでそんなに長く掛かったかというと「設置場所の確保が大変だった」からだ。要するに元から狭い所に大型の机と椅子をねじ込むので、まず断捨離から始めねばならなかったのである。

断捨離。これが出来るか出来ないかは性格差がものすごくでる。オイラはあんまりモノへの執着がないので平気でバンバン棄てられるタイプなのだけども、はるちゃんの場合は真逆で「もうそれどう考えても使わねぇだろう」みたいなペンとかまでうんうん言いながら捨てるかどうか悩む。作業の遅延はひとえにこの「棄てられない性格」というのが影響しておるのは明白だった。

「ねー、それさー、日が暮れるから手伝おうか……?」
「いや。大丈夫。ひろしは自分の仕事しといて……」
「いいよ手伝うよ。何すればいい?」
「大丈夫。わたしがやる」
「ホントに? 大丈夫……?」
「大丈夫だってば。大丈夫──……」

机の設置予定場所にある荷物を一時的にベッドの上に移動する。掃除機をかけつつ要るものと要らないものに分ける。悩んだ挙げ句なんとか選別した不要物を詰め込みパンパンになったゴミ袋を下階の棄場に運搬する。ようやっと空いたスペースに机をねじ込むも微妙に幅が足りない。仕方なく洋服を詰め込んだカラーボックスをずらすも、まだ足りない。

「うーん……。あと5センチ……」
「その端っこのパイプラックあんじゃん。それどかしたら?」
「これ昔からあるやつよね?」
「そう。下んところにあるのスマホの箱とかだから、全部棄てていいよ」
「……これは? なんか縦型の……。パソコン?」
「あー、それXbox360だね」
「使ってるの?」
「んや。壊れてる」
「棄てていい?」
「もちろん」
「ほんとに?」
「いいよ全然」
「思い出の品とかじゃないの?」
「まあ思い出の品といえば品だけども……」
「棄てていいの?」
「構わんよ」
「ホントに?」
「ホントだってば」

オイラの物だというのにやたら慎重なはるちゃん。こういうのって性格もあるんだろうけども、もしかしたら性差とかも関係してるのかもしれん。よく聞く話では「男性の方が女々しい」とか「男性の方が昔の思い出を整理するのが苦手」とかだけども、うちに限っては真逆だ。オイラはバンバン棄てる。写真もそうだ。スマホの中の写真とかも、どう考えても要らんものはスイスイ消していく。よく「撮った写真は絶対に消さずに外部記憶装置に保存する」みたいな人の話も聞くけども、オイラは逆にそれがゾッとする。酔っ払った時に適当にノリで撮った写真とかが未来永劫デジタルデータに残り続けると考えると恐怖すら覚える。そりゃあ大事なものは撮っておきたいけども、そうじゃないもの。思い出せるものはバンバン消す。最小限に。最小限に。そういう意味では精神的にはミニマリストに近いのかもしれない。

ともあれ、10年以上前に購入したXbox360。プレイタイトルは30本くらい。どうやって棄てれば良いか良く分からんので置いといただけだけども、この機会に不燃物として処理した。ようやっと空いたスペース。そこに元からあるカラーボックスを滑り込ませてなんとか机の設置空間を確保する。いよいよ本格的に設置するぞという段階の前に、まずは予定の場所に掃除機を掛ける。

「……あれ? ピノコは?」
「ン。どっかその辺にいるんじゃない?」
「……どこだろう。ピーノー! ピーちゃーん?」

いつもだったら何度か呼べばどこからかのっそりと姿を表す猫なのだけども、いくら呼んでも返事がなかった。部屋を見渡し、青くなる我々。ベランダに続くサッシが開いていた。掃除中ゆえ、ホコリを逃がすためだった。

「まさか……。おんも出た?」

たかがベランダ。ではあるのだけども、実は我が家のベランダは隣の部屋と地続きになっていて、一般の集合住宅と同じようにパーティションで区切られているだけだった。緊急避難が必要な場合はぶっ壊せるようにちゃちな作りのアレだけども、その仕切りは足元がぶつ切りになっていて空間が空いている。煙を逃がすためにそういう構造になっているのだ。隙間は30cmほど空いてるので、猫くらいなら余裕で潜れる。

「いくらなんでもこっからどっかに行ってないよね?」
「たぶん……。そこまでアホじゃないと思うけども……。ピー?」

試しにベランダに出て、パーティションの向こうに向かって声をかける。

「……マー?」

遠くの方で返事があった。ウッと呻く我々。冷や汗が吹き出す。

「うそだろ! ピー! おーい! 戻っておいで!」
「ちょっと! ピノコ! ダメダメダメ! 帰ってきて!」
「……マー?」

最初は普段どおり、間の抜けたのん気な鳴き声で返事をしていたピノコだったが、しばらくすると鳴き声に鋭さが混じり始めた。

「マー……。マー……! マーーーーウ!」
「やばい。びっくりしてるピノコ」
「帰る所分かんなくなってない?」
「うわ、超バカじゃんあいつ……! こっちー! ピー! こっち!」
「マーーーー!! マーーーーー!!!」
「下だよ! 下! くぐって! こっち!」

マーマー言う声がだんだん近づいてくる。

「どんだけ向こうの部屋まで行ってんだよ……」
「ピーちゃん! おいで! こっち! こっち!」
「一本道で迷うってなかなかすげえな……。おーい。ピノー」

10秒ほどした所で、パーティションの隙間からピノコがひょっこりと顔を出す。目が合う。瞬間、マーとかナーとか言いながら猛ダッシュではるちゃんの胸に飛び込んできた。

「不安だったねぇ。怖かったねぇ。よーしよしよし。怪我ない? 大丈夫?」
「掃除機が怖かったんだろうなぁ。避難したつもりでベランダに出て、うっかりパーティション潜っちまったんだろうなァ……」

猫という生き物は我々が思う以上に賢いけども、時折アホになる。世界のナベアツが「3の倍数と3のつく数字の時だけアホになる」というネタをやってたけども、あれと一緒でたまにめちゃくちゃアホになる。たとえばトイレにうんこする時も未だにたまにケースからはみ出した所でする事がある。普段は「さすがにトイレくらいちゃんと出来ますけど」みたいな感じで澄まし顔でキレイにやるんだけど、マジでたまに「なんでそうなった」みたいな感じの事がある。トイレのヘリに後ろ足を乗せて踏ん張り、実が完全に外に出てたり。それで砂をかきかきして「掃除しました」みたいな顔をしたりね。かわいいし見てて飽きないのだけども、まあ野生で生きて行けるのか心配になる。

今回の事件もおそらく「自分がパーティションの隙間を潜って隣の部屋にきた」事を忘れて右往左往してたのが想像に難くない。あるいは「どっちから来たか忘れた」んだろう。我々の声を頼りにギリギリで戻ってきたんだと思う。

「はるちゃん、ベランダの窓、開放厳禁にしよう。今後」
「そうだね。危ないね……。よかったねぇピーにゃん。帰ってこれて良かったねぇ……」
「マー……マー……」

とはいえ、オフィスあしの家。いよいよ完成だ。

実際はもうひとつ嫁さん用のディスプレイとノートPCが更に一台あるんだけど、その設置は月曜以降にあとまわし。見れば分かるよう夫婦並んでのデスク設置と相成った。テレワーク夫婦って今の時代珍しくもなんとも無いのだろうけども、並んで仕事というのは結構珍しいと思う。しかも猫もいるわけで……。

こういう感じのオフィスだ。かわいいし癒やされるけど、まあまあ邪魔くさい。そして恐ろしいのが、この並びだと二人してボートレースやるのがめちゃくちゃ捗るのである。嫁さんもテレワーク2週間目にしてだんだんサボり始めてきたし、実際今週は新PCなどの新機材の導入もあってサボりの幅が広がった。こうなると外出自粛の影響でストレスが溜まってる我々のオフィスがこうなるまでにはそんなに時間は掛からなかった。

まあひどい。猫&ボート。

「はあァ。天国ですたい」

というのははるちゃんの言葉だ。これで普段と変わらぬ時給が貰えるのなら、もはや万々歳である。もちろんコロナは早く収束して貰いたいしこれ以上被害が出ないのに越したことはないのだけどもね。ただ、在宅ワークそのものには、新しき可能性を感じた一週間であった次第。

ニュースもラジオもネット上もコロナ一色。暗くて暗くてイヤになる世相ですが。我が家は今の所、平和に過ごしております。

……引っ越し予定まであと-42日

 

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

人気記事

ナナテイ1周年なので岡井編集長がナナテイ買いします

TERU #12

めおと舟 その51『引っ越し舟 後編』

イン屋VSアウト屋!世紀の対決の結果は如何に...

TERU #9

年間収支大公開! 今年の振り返りと来年の抱負を。