めおと舟 その41『貧乏舟』

連載
めおと舟

 

前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。順調にハマる夫婦だったが肝心の引っ越しに関しては夫の職業がボトルネックになり暗雲が垂れこめる。さらに本格的なコロナ禍が世界に到来する中で妻は転職。なんと1Kの自宅にて夫婦二人での在宅勤務が始まった。

在宅勤務2週間目のある日。久々に兄貴から電話があった。ラインでメッセージはちょいちょい来てるのだけども、直接電話があるのは珍しい。すわ、母ちゃんに何かあったかと思って応答すると、すっかり憔悴した感じの声が聴こえてきた。

「よォ……。ひろし。元気にやってっか?」
「……どうした? なんかあったか?」
「いや、何もねぇよ。むしろ何もなさすぎんだよ」

兄貴のアキは都内でタクシードライバーをやっておる。しかも法人じゃなくて個人だ。前も書いたけども見た目がイカれてるので果たして客がつくのかどうか当初は怪しんだものだけども、流石に10年以上やってると太客も出来て一時は大層羽振りが良かった。

「コロナの影響かい?」
「そう。タクシーはもう終わってるぜ。都内から人が消えた」
「だろうなァ……」

ちょうどはるちゃんが買い物に出かけている時だったのでスマホをスピーカーにしてゆったりと応答する。

「お前大丈夫なの? 仕事」
「俺もやべぇよ。でもまあ仕事は無くはない」
「嫁さんは?」
「在宅で仕事してるね。二人して部屋でやってるよ」
「いいよなぁお前ら。俺マジで首くくるしかねぇぞこのままだと……」

珍しく意気消沈した様子のアキ。まあ見た目は怖いし態度も粗暴なのだけども、メンタルは結構弱い男なのだ。

「今日もよォ。営業出てもガソリン代の無駄になるだけだから仕事やんなくてさァ。朝から酒飲みながらサブスクリプションで映画見てたんだけど、ちょっとコンビニに行こうと思って再生停止して行ったんだよね。そして戻ってきて続き見ようと思ったら、公開期間終わってレンタルになってんだよ。こんな事あるぅ?」
「ウケる。結構ミラクルなタイミングだなァそれ」
「だろ? ツイてねぇよ。残り15分のためにレンタル借りたからな。199円」

スピーカーに向かって笑いながら、俺の目はディスプレイに映し出されたボートレース津の水面を見ていた。第1ターンマーク。赤いフラッグの艇が内側から差し込むようにして先陣を切る。続いて5号艇、1号艇の形。視線を左にうつす。縦型ディスプレイに映し出されたテレボートの購入画面。確認すると、オイラが購入した投票券は3-1-5だった。

「ぐぬぬ……。なるほどなぁ。まあしゃあないさ。そのうちツキも回ってくるだろ」
「んだなァ。なんにせよ、このままだとホント家族全員路頭に迷うからな。マジ政府なにやってんだよって感じだぜ。あれ結局10万になったんだっけ。貰える奴」
「あー、配るってやつ? なんか10万になったっぽいね」
「うちだったらよぉ、扶養3人と俺で、合計40万貰えるのかね?」
「そうじゃねぇの? いつになるか知らねぇけどさ。あんま期待しねぇほうがいいんじゃない?」
「ンな事いってもさァ。実際もう生活費がカツカツどころじゃねぇぜ?」

突き放す3号艇。5号艇と1号艇は2週目2マークまでは半艇身ほどの差で微妙に競っている。3-5-1ならゼロ。ここから3-1-5に入れ替われば──……。

「うっそ、万舟じゃん……」
「ン? どうした?」
「いや、何でもない。大丈夫。なんか今さぁ、国から借りれるべ。無金利でさ」
「いや実はそれも相談行ったんだよ。今度改めて書類持って顔出すんだけどもさ、30万だっけか。借りれるんだよね」
「しょぼくね? 30万って」
「焼け石に水だぜ……。車両保険と車検と駐車場で消えるっつうの」

最終周回。ギリギリまで競っていた白と黄色だったがレーサーの差か、あるいは機力の違いで徐々に差が開き始める。ラストのターンマーク。1号艇が大きく膨らみ、そこで大勢が決した。3-5-1。5-1部分は終わってみれば2艇身差で、惜しくもなんともなかった。万舟orノット。結果はノットでフィニッシュだ。大変に悔しい。ギリギリカスった。とういうか半分以上当たってた。もはや自分の中では当たりという事にしとこう。この調子で次のレースも予想せねば。

「……ひろし?」
「ああごめん。なんだって?」
「だから、日本はサラリーマン優遇しすぎなんだよなァ。俺の知り合いとかよォ、大手に勤めてるんだけども、今自宅待機なのに給料全額保証だってさ。それで10万も貰えるんだぜ? ナメてると思わねぇかこれ?」
「…………」
「ひろし?」
「ああ、すまん。いやーナメてんよなー。でもまあ、ほら、アレあるし。持続化給付金だっけか。あれはサラリーマンは貰えない奴でしょ?」
「ジゾ……? なんて?」
「持続化給付金。ジゾクカ……キュウフ……」
「持続化給付金……」
「そう。持続化給付金。あれ貰えるじゃん我々」
「……なにそれ?」
「何で知らねぇんだよ……。調べてみなよ」
「どういう奴?」
「個人事業主とフリーランスが貰える奴だよ。売上の補填みたいな。個人で100万、法人登録してれば200万。兄貴個人事業主だろ? だから最大100万だよ」
「え、マジで? それが30万になって、今回10万になったんじゃねぇの?」
「ちげーよ。別だよ別。別ですゥ……。1は鉄板だなこれ。2……6か」
「どうした?」
「いや、ボートやってんだよ今」
「なんだよお前、お兄ちゃんが真面目に相談してんだからちゃんと集中して答えろよ」
「いやもう調べろよ自分で……。持続化給付金。ググって」
「それ、どうせ俺もらえねぇんだろ?」
「んー。でもさぁ、実際売上クソ下がってるんしょ。これで貰えなかったら何のための給付金だよって話じゃない? てか個タクが貰えなかったら他に貰える業界ねぇと思うし。放っといたらバンバン潰れるぜ。事業を持続さすための給付なんだから、クリティカルじゃん兄貴」

テレボートで次のレースの買い目を抑えて喉を鳴らす。ライブ画面を映し出してスマホに意識を集中させた。

「あ……ホントだ。見つけた。なんだよこの制度。ニュースでやってる?」
「あんまやってねーな。てかどうしてもサラリーマンを含めた一般の給付金の話がメインになって当たり前だし、しゃあないかなぁ……」
「マジかよ……。激アツじゃねぇか……。いいのか貰って……」
「貰わんと死んじゃうし。貰っとうこうよ……」
「おいおいこれ……期待しちゃうぜ俺」
「俺もすげー期待してるよ。てかこれハズしたらだいぶやべーぞ俺」
「マジか……100万。ありがとう。やっぱ持つべきものは弟だな……」
「へっ。良いってことよ。てか調べれや自分で……」

レースが始まる。白い帽子がピカイチのスタートを切ってターンマークを先に回る。続くのは黒い帽子。次に赤。123。猪木の体勢だ。

「いやァ猪木は買ってねぇなァ……」
「猪木?」
「いや、ボートやってんだよ今。うわ6号艇全然駄目だ。これはもう見るまでもねぇ。絶対ムリ」
「お兄ちゃんもボートやろうかな……」
「お。いいじゃん。やろうぜ。ストレス発散だよ兄貴。元気だして行こ!」
「そうだよな……。100万入るしな……」
「いや、それは分からんぞ。アテにすんなよ。ギリギリでちゃぶ台ひっくり返されるかもしれんしな……」
「でもさぁ、もう日常生活に夢も希望も何もねぇからなぁ今。すがれる光があるのはありがてぇよ……これ。久々に良いニュースだ」
「そんなに困ってンのに自分で調べてねぇのが逆にすごいな兄貴……!」
「その気力もなかったんだよ。この所ほんともう心が折れててさ……」

やがてタブレットからテレボートにログインしたらしい兄貴が、先程よりも少し明るい声で言った。

「ひろし、次どのレース買う? お兄ちゃんはなぁ──……」
「おお、良いじゃん。ちょっともう、今日ガッツリやっちゃう? 俺もビール飲むかなぁ。いや、でもはるちゃん帰ってきたら殺されそうだしなぁ」
「いいじゃん、ちょっと飲もうぜ」
「いいかなぁ……」
「いいんじゃねぇか?」

……引っ越し予定まであと-49日

 

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あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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