めおと舟 その43『コンピューターvsオイラ』
前回までのあらすじ──。
『ボートレースで一発ブチ当てて引っ越せばいいじゃない』という妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。順調にハマる夫婦だったが肝心の引っ越しに関しては夫の職業がボトルネックになり暗雲が垂れこめる。さらに本格的なコロナ禍が世界に到来する中で妻は転職。なんと1Kの自宅にて夫婦二人での在宅勤務が始まった。
AIというのは、よく考えるとまあまあ怖い。SFファンとかだと「シンギュラリティ」という単語を聞いたことがあると思うけども、これはつまり「AIが自分で自分の事を改良する事ができるようになるとやべえ」みたいな意味である。
開発者がそのAIの進化を制御できとるうちは良いのだけども、彼奴らが自分で自分を改良するようになると進化は一足飛びで加速する。もはや誰にも止められないし理解も及ばない。しかも恐ろしい事にそれは、一瞬で起きる。具体的にいうと「自分で自分を開発するAIが起動した瞬間」だ。我々人類が決して感知できないレベルの速度で数億、数兆、数京回のシミュレートをこなし、そのフィードバックで自己改良を行うのだから当然といえば当然だけども、まあその辺は実際にそのプログラミングを走らせるコンピューターの能力にも拠るわけで。従ってこの辺のSF話は、だいたい「量子コンピューター」とセットで語られる。
ちなみに現在、AIに関しては「ディープラーニング」でいよいよ再帰的な自己改良が実現してきてるし、また量子コンピューターに関しても去年グーグルが、従来のスーパーコンピューターで一万年くらいかかる計算をわずか3分で終わらすというとんでもない奴を作っとるので、いよいよこのシンギュラリティというのが現実味を帯びてきとるわけです。
ターミネーターとかね。マトリックスとか。あとアベンジャーズのウルトロンとかね。まあ大体シンギュラリティを描いた作品は、人間にとってはたまったもんじゃない事になるんだけども、そうならん事を願いたい所存。
「というわけで、オイラ、シンギュラリティだけには気をつけようと思う!」
「そっか。うん。分かった。仕事しよ?」
妻からたしなめられ、パソコンに向かう。もはや完全に仕事に飽きていた。まる一ヶ月缶詰である。パチスロも打てない。外食もほぼない。ストレスがマッハだ。この所の遊びらしい遊びというとゲームかボートしかないのだけども、肝心要のボートが勝てない。目下20日連続赤字である。3万以上持っていかれた。不貞腐れたオイラが現実逃避のためにハインラインのSF小説「月は無慈悲な夜の女王」を読んでた所で、冒頭につながる。
「そういえばさぁ、テレボートに『コンピューター予想』ってあるじゃん。はるちゃんあれ使ってる?」
「いや、全然……。ホントに何も分からない時に見るくらいかな」
「へぇ、そうなんだ」
「だって、コンピューターって、なんか胡散臭くない?」
「胡散臭くはないさ。コンピューターぞ」
「コンピューターが何やってるか知らないけども、計算とかで予想できるならみんな当たるじゃん。出来ないからボートレースは成立してるんだし……」
「そりゃそうだけども……」
はるちゃんは人の予想を全然参考にしない。我が道をゆくタイプだ。一方でオイラは人をアテにするタイプなのでめちゃくちゃ参考にする。従ってコンピューター予想も絶対見る。
「ちと調べてみる?」
「……何を?」
「コンピューター予想の的中率。昨日の奴みてみようぜ──」
言うが早いかPCに向かうオイラ。こういう時だけ仕事が早い。チェックしたのは今まさに買おうかどうか迷ってた、ボートレース芦屋にて開催中の「スポーツ報知杯争奪ゴールデンウィーク特選」初日の結果だ。
【スポーツ報知杯争奪ゴールデンウィーク特選初日・1R】
「ぐお……! なんじゃこれ」
「どうしたの?」
「よく考えたらこれ、見方が分からん……」
「え? そのままじゃない」
「いや、そうじゃなくて、これ1=5ってどっちの意味で使ってんのかね。連複? 折返し?」
「どっちでも一緒じゃないの?」
「だってオッズ違うじゃん」
「たしかに。あ、でもオッズ確定前に出てるでしょ。オッズ見てないんじゃないコンピューターさん」
「これ1-2と5-6も買ってるってことは、折返しよなぁ。1-5・1-6外す意味わからないし」
「うーん。確かにそうよねぇ」
「じゃあまあ、折返しで考えようか……。てかよく見たら買い目多いなオイ。これ何点だ……?」
1-5
5-1
1-6
6-1
1-2
5-6
1-5-6
5-1-6
1-6-5
6-1-5
1-5-2
5-1-2
1-6-2
6-1-2
1-2-5
1-2-6
「おい、16点も買ってるぞコンピューターさん」
「まあまあブチ込んでるわね……結果どうだったの?」
「ええとコレ……。1-5-6だね」
「当たってるじゃん」
「おお。二連単も当たってるから──」
【的中】
1-5 420円
1-5-6 990円
収支 -190円
「ガミってるじゃん。コンピューターさん」
「ガミってるねぇ……」
「ちょっと次見てみようか」
「うん」
「あれ、はるちゃん、仕事は?」
「何か気になるから休憩にする……」
【スポーツ報知杯争奪ゴールデンウィーク特選初日・2R】
「また16点いっとるぞコンピューターさん」
「毎回16点じゃないの?」
「お大尽だなぁ……。結果は……1-4-2だって」
「また当ててるね……。意外と当たるのね」
【的中】
1-4 230円
1-4-2 610円
収支 -760円
「めちゃガミってるやんけ」
「ガミってるねぇ……」
「しかも結果、一番人気だわ。これ16点も買う?」
「それはもう仕方ないわよ。そういうルールで買ってるのよコンピューターさん」
「なるほどナァ……」
コーヒーを飲みのみ、次々と見ていく我々。
【3R】-950円(3連単・2連単的中)
【4R】-710円(3連単・2連単的中)
【5R】-330円(3連単・2連単的中)
「めっちゃガミってんじゃん」
「ガミってるわねぇ。ていうか、人気舟券来てるし。しょうがないわよこれは。16点も買ってたらそうなるね」
「うーん。これ人気高い奴を抜き出してるだけじゃないかなあ。コンピューター予想って」
「そうなのかなぁ……。あ、次面白いわよ」
「おっ……」
【スポーツ報知杯争奪ゴールデンウィーク特選初日・6R】
「おお、勝負かけたなコンピューターさん」
「これはガミらないわね。なるほど、こういう所で取り返していくのか」
「的中率重視で、あれそうな所で黒字を狙う……。あーそういう事か」
「結構勉強になるわね」
「うん。なるね。で、結果が……」
【的中】
2-6 1760円
収支 +160円
「3連単外しとるやんけ」
「いやん。コンピューターさん……。でもほら、プラスだよ」
「うーん……。次見ていこう」
【7R】-570円(3連単・2連単的中)
【8R】-370円(3連単・2連単的中)
【9R】-1600円
【10R】-290円(2連単的中)
【11R】-1190円(2連単的中)
【12R】-1290円(2連単的中)
「んー。後半は2連単しっかり当てて来てるなぁ」
「え、結構的中率凄くない? 1つだけだよ外してるの」
「うわ、ホントだ。すげえ。でも収支が……幾らだこれ」
トータル収支 -8090円
「んー。5桁行ってねぇからまァセーフ……?」
「ガミリマ・クリスティね!」
腕を組んで頷くオイラ。とりあえずコンピューターさんの予想は「当たる」という事が分かった。ただし16点買ってる上にオッズを考慮してないんでめちゃガミる。サンプルにした日に限って言えば荒れたレースが少なかったのもガミガミ状態に拍車をかけておる部分もあるんだけども、とりあえずこの的中率の鬼高さはぶっちゃけ頼もしい。オイラが真剣に予想するより全頼りしたほうが全然マシである。
「そして、今日のレースですよ」
「ん?」
「今ね、同じスポーツ報知杯争奪ゴールデンウィーク特選の2日目を見てんだけどさ……」
【スポーツ報知杯争奪ゴールデンウィーク特選2日目・11R】
「え、コンピューターさん6頭じゃないの!」
「そうなんだよ。冒険してんだ彼。やっぱガミりすぎてこの辺でもう行っとかないとやべえってなってんだよ。コンピューターさん」
「あ、これ結構万舟になるわね……。え、どうしよう。買っとく?」
「買っとこうぜ! コンピューターさん当ててくれるから。見たろ実際。コンピューターさんの的中モンスターっぷりを」
「じゃあ、全通りいっとこうか……?」
というわけで夫婦ともども1,600円ずつコンピューターさんの予想舟券を購入。2頭になっちゃうと微妙な買い目もあるけども、基本的にはどれが来てもプラス。6-3からだと3万舟も見えるドリームマッチだ。
「これなんかすげー来そうだな。羽野選手ってお兄ちゃんの方だよねこれ。最優秀新人賞になった……」
「そうそう! 6-1あたり普通にあるわよこれ。美味しいんじゃないこのレース」
「ね。オイラもそう思う。これ貰ったろ。これ晩飯ウーバーイーツさんで何か豪華に行こうよ」
「いいわね。ビールも買っていいわよ。わたし檸檬堂飲む」
「いいねぇ! よし、頼むぜコンピューターさん……!」
果たして結果は……!
──まあ、オイラがこういう盛り上げるような書き方をする時はだいたい当たらないわけで。夫婦合計で-3,200円をコンピューターさんに巻き上げられた格好になりましたとさ。
今日の学び。コンピューター予想に甘えちゃ駄目。ボートはちゃんと予想しよう。
……引っ越し予定まであと-63日