めおと舟 その59『ピノコの耳がちぎれそう……?』

連載
めおと舟

前回までのあらすじ──。
妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。当初の目的である引っ越しを終え、次なる目標は『楽しみながら勝つ事』。夫婦合算で年間収支プラス30万円を目指し始めた。タイムリミットは年末。果たして結果は……?

めおと舟。これはオイラと妻・はるちゃんが日々の生活という名の荒波をブイブイと乗りこなしつつ過ごしていく様を体現した言葉なのだけども、そのボートには他にもちっちゃい生き物が乗っている。今回は久々に、彼女のスポットをあててみよう。

……我が家には『ピノコ』という4歳児がいる。

保護施設から貰ってきた女の子だ。キジトラの小さな猫で、体重は昔から変わらず2.5キロほど。シッポが親指くらいしかないのが特徴のかわい子ちゃんである。引っ越してからは部屋が広くなって運動量が増えたせいか食事をガッつくようになり、そのため毛玉を吐く回数が増えた。

オイラが以前飼っていた猫は毛玉を吐くとき人知れず「コペ」みたいな感じで吐いていた。我が妻、はるちゃんが飼っていた猫パリスもまたそうらしく、基本的には猫は毛玉を吐く時は静かに吐くものなのだろう。が、ピノコはちょっと違う。人を呼ぶのだ。

「アオォーン」

2DKのマンションの片隅から声が聞こえた。自営業のオイラとテレワーク中の妻はPCに向かって作業する手を止めて顔を見合わせる。

「ああ、ピノコ吐くみたいだね」
「ニンゲンを呼んでるねぇ」

テッシュを三枚ほど手に持ってキッチンに向かうと、お腹の辺りをしきりにヘコましたり膨らましたりしながら、今にも吐くぞと言わんばかりの唸り声を上げる猫がいた。

「アウアウアウアウアウ」
「ああ、ピノコ、大丈夫。大丈夫。ほら、ここに吐いて──」
「アウアウアウアウアウ」
「はるちゃん、ティッシュちょっとズレてる。もうちょっと右かな」
「ここか。ほら大丈夫だよピノコ……」
「オウッオウッ……オウッオウッ……オウゥッ……」

喉元から半分溶けたカリカリと毛玉が戻される。ティッシュの上にシミを作った。

「あー、いっぱい吐いたねぇ」
「こいつちゃんとニンゲン呼ぶから偉いなぁ。ティッシュの上に外さず吐く猫とか初めてみたよ」
「天才かも知れないねぇウチの子」

猫と暮らす。というのは楽しい事ばっかりじゃない。安眠は妨害されるし仕事も邪魔される。お金もかかるし、なにより不安だったり心配だったりする事も多い。だが、それを踏まえてなお可愛さが勝る。きっといつの頃かこの猫という生物は「可愛さ」にステータスを全振りし、ニンゲンに愛されつつ分け前を享受する形で生きていく事に、その種族の進化の方向性を決めたんだろう。どうやって決めたのか知らんが、多分猫の祖先が住んでた古代のエジプトあたりでひらかれた、世界ネコ族公会議みたいな集まりで。

猫がそっちの方向に特化した生き物であるゆえ、オイラもはるちゃんもピノコが吐こうが漏らそうが全然気にせず掃除するし、何ならその労働に対して一種の喜びみたいなのものすら感じてる。脳がやられてるのだ。猫の可愛さに。

つまり吐く。漏らす。これは全然構わない。ただ「怪我」はいただけない。

先週末の事だ。例によって仕事部屋でPCに向かっていると、ピノコが耳の後ろを気にしてガリガリ掻いてるのに気づいた。はるちゃんも同時に気づいたようで、ピノコを抱き寄せてチェックする。ひぃ、と声が聞こえた。

「ちょっと! ひろし大変!」
「……どうした!」
「ピノコ、なんか耳に刺さってる!」
「ええ!?」

慌ててチェックすると、確かに左耳の付け根の後ろ側に猫のツメとそっくりの形の、半月状の盛り上がりがあった。色んな角度からチェックする。どうなってるんだこれ……?

「これ、どうなってんの?」
「……わからない。ちょっと触ってみていいかな……。ピノコ、痛い? ちょっと我慢してね……」
「ホミャーン」

耳裏の異物をつまむようにしてチェックするはるちゃん。やがて青ざめたような顔をこちらに向けた。

「これ、硬いよ……? 皮膚の中に入ってない?」
「ウソ……マジで? ちょっとオイラも触っていい? どれどれ……うわ、マジだ。なんだこれ。どうしたピノコ……!」
「ホミャーン……!」

シーリングの光量をマックスにし、皮膚の中に入った異物らしきもの様々な角度から検証する。どうやらそれは、耳裏の右側から刺さり、耳の皮膚のギリギリのところを耳骨と水平に入っていってるようだった。

「何が入ってるんだこれ……」
「わかんない。ツメ? ピノコのツメかな……?」
「ンー。ぽく見える。けど何で……」
「どうしたのピノコ……。お耳ガリガリしててポキっなったの……? これ獣医さんよね。すぐ行った方がいい?」
「うん。間違いなく行った方がいいと思うけど……。でもこれ、ほら、こっちからこういう風に入ってるよね。これさ、毛抜きでワンチャン抜けねぇかな?」
「……大丈夫かな?」
「わかんない。ちょっと引っ張ってみる。痛そうだったら辞めよう」
「うん……。消毒液も持ってくるね」

いうが早いか、ドレッサーから毛抜きを取り出し、先端をライターで炙り始めるはるちゃん。消毒液と軟膏もセットで持ってくる。毛抜を受け取ったオイラは意を決して皮膚から飛び出してるように見える、異物の根っこの部分をつまむ。ピノコは特に痛そうな素振りは見せなかったけども、ちょっとむず痒そうに身を捩っていた。

「耳ってもしかして感覚あんまり無いのかな……これ痛いだろピノコ」
「その割には平気そうね……」
「駄目だ。怖い。これ抜けないわオイラ。獣医さんにつれてこう」
「……分かった。ちょっとあと一時間くらいで休憩に入れるから、それまで我慢してねピノコ」
「アオォーン……! アウアウアウアウアウ」
「あ、ピノコ吐く感じだこれ……!」
「このタイミングで……! ストレスちゃんねぇ! ティッシュテッシュ!」
「アウアウアウアウアウ」

嘔吐の処理を終え、再度ピノコを抱きかかえる。獣医さんに連れてくにしても、傷口は処置しといた方がいいのかもしれない。改めていろんな角度からチェックする。どうなってるのかサッパリ分からない。ただ傷口から何かが耳の皮膚に沿って内側に侵入してるように見える。

「ちょっと、貸して」
「お。はるちゃん引っ張ってみる……?」
「うん……。ちょっと怖いけど、試してみる」
「よし、オイラがピノコ抱っこしとく」
「うん。じゃあいくよピノコ……。我慢してね……」

毛抜が、傷口と思しき場所にある異物の根っこをしっかりとホールドする。そのまま、ピノコの神経を傷つけないように外側に向かってゆっくりと引く。が、抜けない。

「抜けない……。これ結構しっかりしてる」
「カエシでも付いてたらヤバいから、ヤメとこう、はるちゃん」
「でもなんか変な……。アレ……これもしかして……」

毛抜きを「引き抜く」のではなく、「剥がす」方向で動かすはるちゃん。するとなんて事だろう、ピッという音と共に、あっさりと異物が取れた。異物は「刺さっている」のではなく「張り付いていた」のだった。

異物が除去された痕をチェックする。ピノコの耳は傷一つなかった。ホッと胸をなでおろす。ピノコを離すと、ピューとキッチンの方に逃げてまるで親の仇の如く後ろ足で耳裏を掻きまくる。そうとう違和感があったのだろう。

「なにコレ……?」

ピノコの耳裏にひっついていた異物。毛抜の先には半月状の物体があった。白濁した半透明で、忘れ形見としてピノコの耳裏毛も一緒にくっついていた。

「ハナクソだ……」
「ハナクソね……」

それは、オイラのハナクソだった。オイラは寝てる時に無意識にハナクソをほじってベッドの外に捨てる習性がある。鼻の中いつも意識してキレイにしてるのでそんなにハナクソは出ないのだけども、まれに大物があると寝てるときに採取してエイヤッと捨てる。今回はそのハナクソがある場所にピノコがコテンとひっくり返って頭をゴツンゴツンとやり、そのタイミングで耳裏にくっついてガチガチに固まったのだろう。

不幸な事故である。

「ああ、ビックリした……。マジでピノコの耳が取れると思った」
「わたしも……。はぁ、良かった……」
「いや、しかしはるちゃんグッドジョブだぜ。これ獣医さん連れてったらめちゃくちゃ恥ずかしいヤツだったなァ」
「ね。くっついたハナクソ取ってください! って依頼は流石に獣医さんの長い開業人生でも初めてよね。危ないところだった……というかひろし……」
「ああ、ゲフンゲフン。さて、大事にならずに済んだし、ついでに休憩がてらボートでもやろうかねぇ……」

ハナクソ捨てるのヤメなさい! はるちゃんの次の言葉を待たずに、オイラは立ち上がって口笛を吹きながら仕事へ戻ったのだった──。

……で、ここまで読んで大半の方がお気づきかと思いますが、スマン今週めちゃ忙しくてまともにボート出来なかった。次週はガチガチのボート話にする事をここに宣言……! まあいいさ。人生山あり谷あり。ボートレース連載もまた同じさ……! へへ。チャオ!

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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