めおと舟 その63『モンキーターン!』

連載
めおと舟

前回までのあらすじ──。
妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。当初の目的である引っ越しを終え、次なる目標は『楽しみながら勝つ事』。夫婦合算で年間収支プラス30万円を目指し始めた。タイムリミットは年末。果たして結果は……?

ある日の昼下がり。玄関ドアのチャイムが鳴った。通販の配達だ。我が家のヌシであるはるちゃんはそれが趣味ですといっても決して過言ではないレベルでゴリゴリに通販を利用する。オイラなんかは買い物はなるべく実際に目で見て店舗で買いたい派なのだけども、はるちゃんは真逆で通販に喜びを感じるらしい。多い日で、一日に3件とかピンポンが鳴る。結婚する前なんかはオイラはこのピンポンに少々辟易しており、「配達は土日だけにして!」みたいなルールも作ったものだったけども、今はオイラ自身がすっかり慣れちゃった事もあり、そのルールも事実上撤廃されてる。

「あら。ピンポンきた。……今日なんか配達あったっけ?」

テレワーク中のはるちゃんが作業の手を止めて立ち上がろうとするのを制して先回りする。

「あ。これはオイラだな」
「あら珍しい。何買ったの?」

へへ、と曖昧に笑ってから小走りで玄関に向かう。佐川の兄ちゃんからダンボールを受け取ってキッチンのテーブルに腰掛けカッターで梱包を解く。すると、ボール紙を背板代わりにビニールで圧着された本の拍子が見えた。よしよし。ちゃんと届いたぞ。通販慣れしてないオイラは現物をこの目で確認して初めて安心した。一冊ずつ個別に包装してある本をしっかり開封して順番通りに並べる。よし、抜けはない。ちゃんと全巻届いてる。

「本買ったんだ……?」
「うん。はるちゃんも読もうぜ」
「わたしも? 何買ったの?」
「『愛蔵版・モンキーターン』の全18巻セットだよ」
「お! モンキーターン! 良く聞くやつだ!」
「そう! これめっちゃ面白いんだぜ。読んで読んで……!」

モンキーターン。言わずと知れた超有名ボートレース漫画だ。パチスロ化もされてるしアニメ化もされてる。昔読んだ時はボートレースを知らんなりにかなり面白くて一時はサンデーコミックス版を所有してたものだけども、ミニマルな生活に目覚めて所有物を一気に断舎離した際に一緒に手放したのだった。んで現在。部屋が広くなったのを機に諸々の所有欲が久々に鎌首をもたげはじめた感じで、その第一便としてチョイスしたのがモンキーだ。ちなみに『寄生獣』『うしとら』『ドラゴンボール』との4択だったんだけどもね。

「これねー、昔読んだ時超面白くてさぁ。ボートレース知らないのにだぜ? 今はもうボートのことをだいぶ分かって来てるから、また読んだら違う面白さがあるかも知れんと思ってさ。買っちった。へへ」

『モンキーターン』は主人公・波多野憲二がレーサーを志してから若きダービーキングとして大成するまでの紆余曲折を描いたサクセス・ストーリーだ。これをいわゆるスポ根にカテゴライズする向きもあるけども、作者である河合克敏先生の作風はモンキーの前作『帯をギュッとね!』も次作の『とめはねっ! 鈴里高校書道部』も一貫して「才能や人柄に秀でたキャラがテンポよくどんどん成功していく様子」に重きを置いてるフシがあり、スポ根モノに必須の「泥臭さ」や「汗と涙」みたいな要素は薄い。もちろんそのエッセンスもあるのだけども、人気の秘密はそこじゃなくてサクセス要素だと思う。

だからこそ、以前ボートレースを知らんオイラが読んでも楽しかったわけで。それにプラスしてボートの知識があったらどんだけ面白いのか。ちょっと想像がつかない。というわけでワクワクしながら早速読み始めたわけだけども、結構な長尺の話であるにも関わらず、オイラはたった二晩で読了してしまった。もう夢中だった。超絶面白い。

以前読んだ時にはなんとなくで掴んでたレース中の攻防が手に取るように分かる。というか以前も面白い面白い言いながら読んでたけど、本当の面白さの半分も理解していなかった事に気づいて愕然とした所存。前はよく分かんなかった榎木選手の凄さもちゃんと理解できたし、Vモンキーの初登場シーンは超サイヤ人初登場の所と同じくらいアツいというのも分かった。

「はるちゃんこれやべーぞ! スーパー面白い!」
「いいなぁ。わたし今ちょっと仕事が立て込んでてさぁ……。読書に時間取れないのよね……」
「寝る前でもいいからちょっと読んでみて。最高だよコレ」
「ンー。じゃあ今晩ちょっと読んでみようかな……」
「うん! 読んで! ぜひ!」

当たり前だけども、漫画家さんという職業は「その世界」そのものを紙の上に創造する。高校野球漫画なら高校野球の世界を。ボクシングならボクシングの世界をだ。そして読者は大抵門外漢であるから、伝わるように世界からカドを取る。四角い世界を丸くするのだ。最大公約数のストライクゾーンに収まるように、余計な部分を削ぐのである。

だけど「これ以上削げない」という芯の部分というのがあって、物語を理解するのには最低限そこだけは知っておかねばならない。野球であれば3ストライクでアウトですよとか。ボクシングは10カウント立てなきゃ負けですとかね。ボートに関しても同じで、最低限「1周1マークで大半の勝負が決まる」「インが有利」という常識を知らないと「その世界」で何が描かれているのかがピンとこない。

もちろん『モンキーターン』の作中にもしっかり書いてあるし読んでりゃ分かる事なのだけども、実際に分かっている事と単に知ってる事では理解の深さが違う。アウト巧者として大成する波多野が、イン逃げ戦法を得意とするライバル・洞口息子に勝つ展開なんか当時は「おもしろい」としか思わなかったけども、今読むと「波多野選手すげえな!」となるわけで。実感がぜんぜん違うのである。

「へぇ! 訓練所って本栖湖にあるんだねぇ」
「今は違うらしいぜ。連載されてたのが結構まえだからねぇ」
「あ、何かこの黒髪の女の子……。あとから出てきそうね」
「青島優子? うん。秘密だけども、出てくるねぇ。その展開も面白いんだよなぁ……」

いよいよモンキーターンを読み始めるはるちゃん。忙しいらしく消化スピードは遅いけども、順調に進んで半分くらいまできてた。休憩中に二人して寝っ転がって本を読んでる所で、彼女がつぶやく。

「これさ、波多野憲二選手って誰かモデルいるの?」
「……いるんだなぁコレが」
「だれ?」
「濱野谷選手だよ」
「え! そうなんだ……!」
「しかもねぇ……」

「出てんだなー今日」
「うわ、ホントだ……!」
「ちょっと予想すっかい?」
「する! でもG1かー……。これ難しいわね……」
「オイラはねぇ、もう既に買ってるんだよねコレが」
「ずるい! 何買ったの?」

【夫の予想】
1-23-25 3点 100円
3-12-25 3点 100円

「おー、波多野選手……じゃないや、濱野谷選手おさえるわねぇ」
「そりゃモンキーターン読んだあとに濱野谷選手を買わないって選択肢はないっしょ。はるちゃんどうする?」
「じゃー、わたしは……」

【妻の予想】
3(単勝) 1点 1000円

「いいねぇ……! オッズ6倍。あるんじゃないのコレ……!」
「へへへ。ありがとうございます。ありがとうございます……」

レース開始までちょっと時間があったので、二人してモンキーターンを読みながら時間をつぶす。聞けば、どうやらはるちゃんは波多野選手の兄貴分である浜岡選手がお気に入りのキャラであるそうな。このキャラも後半でとある重要レースを制する事になるのだけどもはるちゃんはまだそこまで読んでないので「なるほどね!」と言うに留め、オイラが一番好きなのは波多野選手の師匠、小池勘一選手であることを伝える。波多野じゃないんかい! という声が聞こえてきそうだけども、これは波多野選手の成功譚なんだから波多野に感情移入して当たり前。言うなれば波多野選手が好きなのは大前提であってお気に入りカウントからは除外なのだ。「ドラえもん」で誰が好き? と聞かれて「ドラえもん!」と即答するようなもんである。でもまあその辺のマイルールを除外して考えると当然波多野選手がダントツで好きなのだけども。

語りつつ、さっきの番組表に目を落とす。ちょっと気になった。

「これさー、濱野谷選手より年下の……33歳の選手が二人いるじゃん?」
「うん。いるねぇ」
「絶対モンキーターン読んでるよね」
「確かに。読んでるわね」
「へたらしたらモンキーターンを読んでボートレーサーに憧れたって選手もいると思うのね。これさ、もしそうなら、濱野谷と走るときどう思うんだろう」
「確かに……。感動するのかな? ううん。怖いかも知れない」
「怖い……。うーん。嬉しいかもよ?」
「嬉しいかな?」
「嬉しいと思うよ。リアル波多野だしさ」

結果。残念ながら濱野谷は二着ではるちゃんはノーチャンスでハズレ。オイラはまだ3連単でワンチャンあったけども、3着に滑り込んだのは4号艇の山下選手だった。2連単だったら取ってたけども、まあ別にいいや。寝っ転がってモンキーターンを読みながらちょっと笑った。

こうやって妻とモンキーターンを読みながら濱野谷選手のレースを見れるというのは、以前は想像もしてなかった。なんとも贅沢な休憩の過ごし方だ。

(今週もまた3Rしか実戦してないしいっこも当たってないので収支報告はさらに次回で合算! シャス!)

 

(挿絵:武尊)

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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