めおと舟 その67『君に会えてよかった』

連載
めおと舟

前回までのあらすじ──。
妻の言葉から唐突に始まった夫婦共通の趣味・ボートレース。当初の目的である引っ越しを終え、次なる目標は『楽しみながら勝つ事』。夫婦合算で年間収支プラス30万円を目指し始めた。タイムリミットは年末。果たして結果は……?

もう40年くらい生きてるけども、未だによくわからん単語に『ジャイブ』というのがある。これは「軽い感じのジャズっぽいブルース」みたいな感じ【だと思う】けども、正確なところは全くわからん。

なんでこんな単語を知っとるかというと、それは2000年ごろの九州の隅っこ、ちょっと怪しげな雰囲気が漂う米軍御用達の、とある飲み屋のせいだった。

ちょうどテトリスのL字ブロックみたいな形をしたカウンターの向こうにはオールバックのマスター。当時で40歳とかその辺だったと思う。店内にはドラムセットとジュークボックスが置いてあり、ちょっとしたバンドの演奏なんかもカマせるようになっていた。かのお店は『ジャイブ』の界隈ではちょっと知らてたらしく、毎週土曜日には九州各地から色んなバンドがやってきては夜通しでプレイしていて、チャージ無しのショットバー形式だったのもあって、暇を持て余した近隣のガキどもや、名を売りたいバンドマン、それから久々の陸上生活にハメを外したい米兵と、それを目当てに手ぐすねを引く田舎のビッチたちが集まる、混沌の社交場のようになっていた。

オイラは2000年前後にその白夜城の如き店で、バーテンダーをやってた時期がある。

なんか当時はメタルファンはレディースのシャツを着なければならないみたいな暗黙の掟があったので、オイラも安室奈美恵がCMしてたフィオルッチのシャツとかを着てボタンを4つくらいあけながら、物憂げにカウンターに手をついて小説の構想を練るみたいな、こじらせた中二病の北極みたいな生活をおくっていた。

んで、そういう店だったので基本的には居着く常連というのも音楽ファンに限られてくる。オイラはメタラーかつビートルズバンド所属というよくわからん成り立ちをしておって、ジャズやらブルースやらはほぼ聞いたことがなかった。にも関わらず、そのバーは『ジャイブ』というもっとよく知らんコンセプトだったので、当然音楽の話は何もできず。できることと言えば中途半端な英語だけで、必然的にオイラは「外人の接客担当」になっていた。

ちなみにそのお店の給与体系はなかなかに渋いものだった。

時給はゼロ。完全成果報酬だ。成果というのは「客から奢って貰った酒」の半分の金額。ビールは500円だったので、250円が手元に入る。稼ぐためにはガンガン飲まねばならないがもちろんそんなにビールばっか飲めるわけがないので、一口飲んで流しやら便所に捨てる、みたいな感じだ。まったくもって地球に優しくないのだけども、当時はまだ京都議定書が話題になるかならないかの時期。温暖化問題なんか鼻くそと同じくらいの意味しかなかったので、そこは割り引いて考えないといけない。

ともあれ、稼ぎたかったら飲ませてもらわねばならない。そこでオイラには鉄板の持ちネタというのがいくつかあった。例えばこれだ。あえて原文のニュアンスをそのまま書くとこうなる。

「おい、米兵。オイラに牛の小便みたいな奴飲ましてくれたら、クソ面白い日本のジョークを教えてやるぜ」
「お。なんだよ。いいぜ。飲めよ」
「ありがとう。お前ら、なんでオイラにガールフレンドが居ないか分かるかい?」
「なんで?」
「買う金がネェからだよ!」

これが鉄板でウケた。はっきりって自分でも何が面白いかさっぱりわからんのだが、米兵は笑いに飢えてるのでこのレベルで爆笑がとれる。滑り知らず。使い勝手が良いのが男女共に効く事で、何も考えずとりあえずこれを言っとけば大体どんな米兵とも仲良くなれた。

ただ、稀に店にくるアメリカ人以外の白人……特にカナダ人には全くウケないのでそこは見定める必要があったけども、いくつかあったネタで特にこれはよく使ってたし鮮明に覚えている。(ちなみに上記の短い会話の中でお互い「ファック」を100回くらい使ってる)

んで、ある時そのお店には20代前半くらいの黒人女性が来るようになった。外出制限が無かったみたいなんでおそらくシビリアン(基地の職員)だと思うけども、彼女は名前をJと言った。

Jは日本語が堪能でゲーム好き、そしてアニメオタクという事で日本の水があってたらしく、オイラもファックファック言わなくていいので楽ちんだったし適度に注文を入れてくれるので、いつしか彼女が店にくる度、オイラは卓についてよく話すようになっていた。

「ひろし、ジャイブ好きなの?」
「いや、全然興味ねぇ。だいたいジャイブってなんなの?」

彼女はジャイブについてその都度教えてくれたけども、内容はさっぱり覚えていない。酔っ払ってたし、興味が無かったからだ。なので今でもジャイブの意味は分からない。

「ねぇ、よかったらこの街の事を教えてくれない?」

出会ってから何ヶ月かして、我々は昼間に散歩する事になった。半分英語で半分日本語。自分より身長も年齢も高い、人種も性別も違う人間と並んで歩いてると、色んな発見があった。彼女はとても素直な人で、オイラが教える出どころが怪しかったり裏付けがゼロの話もしっかり聞いてくれたし、すぐ覚えて応用していた。賢い人だなと思った。一方で彼女もオイラに色んな事を教えてくれた。

育ってきた環境も、何もかも違うけども、まあこの辺は同じ人間なわけで。決定的な価値観の違いなんか、そうそうあるもんじゃないのだなァと、歩きながらおもったものである。

「ねぇ、Jちゃん。あれ知ってる?」

バイパス沿いにある、とあるパチンコ屋だった。ちょっと顔を顰めるJちゃん。

「ちょっと遊んでいかない?」
「ノー。ダメ」
「なんで?」
「ギャンブルはダメ」
「良いじゃん別に──楽しいぜ?」
「分かって、ひろし。ノー」
「だって、別に──ああ、いいや。ごめんね、Jちゃん」

*********

「あーもー、また外れた」
「ンー。どうした、はるちゃん」

昼下がり。キーボードを打つ手を休めて少し伸びを作る。肩が凝った。

「今の大村、取れると思ったんだけどなァ……」
「ああ、ダービー?」
「うん。やっぱりSG難しいなァ……」
「有名選手ばっかりだもんね」

オイラは今回の大村は全く買っていない。買っているのははるちゃんのみである。理由は簡単で、お小遣いが尽きたからだ。

「ひろしも買えばいいのに」
「オイラはいいよォ。仕事しなきゃだし」
「ふぅん……。ねぇ、いいじゃん。番組表だけ見たら?」
「ンー。ノー。ダメ」
「良いじゃん別にィ。……楽しいよ?」
「ノー。分かって、はるちゃん。ノー」
「はは。誰のマネ? それ。ちょっとおもしろい」
「え。何か変だった?」
「うん。ノーって。ウケるねェ。へへ……」
「あれ、これ誰だっけなぁ……。まあとにかく、大村はやりません! スルーします」
「いいもんね。わたしだけやるし……」

再びPC画面に向かって集中しながら、ふと頭の片隅でストレイ・キャッツの曲が聴こえた気がした。

「……ねぇはるちゃん」
「ん?」
「ジャイブって知ってる?」
「しらなァい……。なにそれ?」
「いや、オイラも分からないの」
「なにそれ変なの。へへへ。1からだよねぇこれ……。1-2……」

Jちゃんはその後、アメリカに帰ってしまった。帰る少し前の夜、彼女からメールが来た。

──仲の良い友だちとパーティをやるからこない?

行こうかどうか迷って返事を保留にしようと英文を考えたけども、何だか面倒臭くなってそのまま忘れてしまっていた。気づいたら、彼女はもう帰国していた。チクリと胸が痛む。最後のお別れくらい、ちゃんと言えば良かった。

「ねぇはるちゃん、外国人の友達っている?」
「ううん。いなァい……。1-3かなぁ……1-4も捨てがたい……」

それまで「同じ人間」だと思ってたJちゃんとの「違い」を認識したのは倫理観だった。ギャンブルはダメ、絶対。パチンコ屋の前で困ったように笑うJちゃんとの間に目に見えない壁を感じ。それからオイラは、彼女と接するのがちょっと億劫になってしまったのだった。

「ねぇひろし、これどっちだと思う? 1-3?」
「……しかたないなァ。どれだい」

腰を上げてはるちゃんのスマホを覗き込む。峰選手のレースだ。1枠が峰選手なんだから1で決まり。大外に寺田選手がいるけど番組的に大マクリが決まる事はなさそうな気がする。ひとつのスマホを見ながら顔を寄せて、レースについてお互いに予想を述べる。

「よし、これで行こう! ありがとうひろし! 1,000円ぶち込むね!」
「いいってことよ……!」

楽しそうにテレボートで購入操作をしたあと、こちらの様子をチラチラと伺いながらディスプレイで展開されるレースに向かい「イエーイ」と手を振り上げるはるちゃんを見て、オイラは思わず、笑ってしまった。

だって、こんな幸せな日が来るとは、あの昏いカウンターの向こうでファックファック言っていた頃は、想像もしていなかったのだもの。

(挿絵:武尊)

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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