めおと舟 その78『いまさら倍返し』

連載
めおと舟

1月某日。我が妻はるちゃんと一緒に六畳間の仕事部屋でダラダラ作業をしておったところ、ふと彼女がこんな事を言った。

「ねえひろし、半沢直樹見ない?」

半沢直樹。ご存知池井戸潤先生の小説『オレたちバブル入行組』を始めとする通称・半沢直樹シリーズを映像化したTBS日曜劇場系の大ヒットドラマ作である。放送は2013年。高視聴率ドラマといえば『ビューティフルライフ』や『家政婦のミタ』なんかがパッと思いつくけども、かの『半沢直樹(2013)』はそれらをガッツリ抜き去りなんと本邦の民放一般ドラマ史上歴代視聴率第2位の記録を打ち立てている。時代劇を含めても第3位。平成に限って言えばオールジャンルでぶち抜きトップ視聴率というモンスタードラマである。

放映当時はドラマ自体のできの良さもさることながら、堺雅人演じる銀行マン「半沢直樹」が事あるごとに放つキメ台詞「倍返しだ!」がユーキャンの流行語大賞に選ばれたのが話題になっていたので、ご存じの方も多いと思う。もちろんオイラも知ってた。が、ここまで偉そうに解説しといてなんだけども、実はオイラ半沢観てないのだ。

「えー、半沢ァ……? 今更じゃない?」
「もうすぐParaviの無料期間終わるからさぁ……。目ぼしいドラマ大体一緒に観ちゃったし。どうかなって」
「うーん。流行りに乗るのあんまり好きじゃないんだよなぁ」
「半沢が流行ってたのすごい昔よひろし……」
「はるちゃんは観たことあるのかい?」
「ある。でも面白かったよ! でも内容忘れちゃったからもう一回観たい!」

ちなみにオイラ、池井戸潤先生原作のドラマ自体は好きである。『民王』なんかスピンオフ作までしっかり観てるんだけども、代表作である半沢だけいい感じでスルーするという世間と真逆の道を進んでおる。んでこういう場合、一回スルーしちゃうと逆になかなか手が出せなくなるという、よく分からん性癖をもっているのである。

「なんかなー、ここまで観なかったらもう一生観なくていいかなぁと思ってる」
「そういうところあるよねひろし。あの、なんだっけ。K-POPの」
「カンナムスタイル?」
「そう!」

カンナムスタイル。韓国のアーティスト、PSY(サイ)が歌った2012年のヒット曲だ。曲自体というよりも、PSY自身がPVで見せる謎の動きがYouTube上で話題になり、海外のポップアーティストが挙って紹介した結果、なんとあのレディー・ガガが『ポーカー・フェイス』にて打ち立てた金字塔である「1億再生までに2ヶ月」という最速記録を抜き去り、最終的にはあのいけすかねぇカナダ野郎、ジャスティン・ビーバーが持つ再生回数記録8億回を、たったの半年で追い抜くという変態的な記録を打ち立てた、伝説の脱力系ソングである。そしてここまで偉そうに解説しておきながら、オイラはそれを一度たりとも聞いたことがないし見たこともない。

「ひろし、カンナムスタイルが視界に入りそうになったら逃げるもんね」
「うん。ここまで来たら一生観ないね。それがお守りみたいになってるもん」
「どういう事……」
「もうね、オイラがカンナムスタイルを聴いたことねぇっていうとさ、絶対聴かそうとすんだよみんな。店でマスターにリクエストしたりね」
「うん。わたしもリクエストしたね」
「全力で止めるからね。それでずっと来てるからねオイラ。だからここまで聞かなかった、耳にしたなかったみたいな努力がストックされてるから、それを無駄にしたくないみたいなのがあるのよね。半沢も同じだねぇ」
「えー、カンナムスタイルはいいけど、半沢は観ようよう。観ようよう。これひろし絶対好きだよう」

ビーズクッションに腰掛けながら足をジタバタと暴れさせ駄々をこねるはるちゃん。

「半沢直樹はカンナムスタイルと違うよう。カンナムスタイルと違うよう。半沢直樹はオッパカンナムスターイルって言わないよう。手ぇ交差させてステップ踏まないよう……!」

仕事の一度休めコーヒーカップを口元に運ぶ。暴れるはるちゃん。やれやれだ。時計に目を向けると、まだ午後の早い時間だった。休憩するには少し早い時分だが、仕方がない。

「じゃあ、一話だけ観るか……?」
「うん! 観る! これひろし絶対ハマるよ!」

仕事部屋を出てテレビの前に座る。はるちゃんがタブレットを操作してしばらくすると、Wi-Fi経由で信号をキャッチしたChromecastが代理で再生を始める。42インチLED画面に堺雅人の顔が表示された。

「じゃあ、観てみようか……。一話だけだぜ? はるちゃん」
「うん! 観よう観よう……!」
「ったく、しょうがねぇなぁ……」

……そして数日が経過した。

「倍返しだッ……!」
「ちがう、もうちょっと目を細めて。口だけで笑って!」
「倍返しだッ……!」
「あ! 今のちょっと似てた!」
「マジで! やった。こうか。こうやって顎引いて……」
「あんまり顔を険しくしない方がぽいよ!」
「なるほど……倍返しだッ……!」
「いいね! 今のいい感じ! じゃあわたしも……10倍返しだッ……!」
「あ、もっと声を低めにしようぜはるちゃん」
「10倍返しだッ……!」
「似てきた似てきた!」

我が家では空前の半沢ブームが起きていた。

「いやー、面白かった。まさかここまでとはなぁ!」
「ね! 久々に観たけどわたしもめちゃくちゃ面白かった!」
「おい、猫おいで。こっちこっち。……へへ。120億回収できなかったら土下座してもらおうかピノコ君……」
「……ホミャーン」
「ピノ、パパに倍返ししてやりなさい。不正の証拠は握ってましゅって。土下座してくーらしゃい。倍返しれしゅって」
「クッ……ハクッ……グヌヌ……」
「あ! 香川土下座! 上手いひろし!」
「これプルプル震えながら土下座すんの難しいな! クッ……ハクッ……グヌヌ……。これ手で足をひっぱんのがコツだよね。あぁ結構難しいぞ……」
「結構上手くできてるよ!」

はるちゃんと一緒に暮らすようになってさんざんいろんなドラマを観てきたけども、未だ観ぬおもしろドラマというのは存外まだあるもので。こうやって我が家では定期的にいろんなブームが到来する。ちょっと前は(いまさら)恋ダンスブームが来たし、その前は(いまさら)女王の教室ブームやら家売るオンナブーム。さらには派遣の品格ブームなんかが来た。

「あー、ちょっと腰痛くなってきた。はるちゃん、ちょっと腰、倍返しして」
「わかったー。横になって。どのぐらいの強さがいい?」
「んじゃ……3倍返しくらい」
「オッケー」

最期の4話くらいは一気観したので、時刻はもう深夜に近くなっていた。ご近所迷惑にならぬ程度に、声を潜めながら感想を述べ合ったり登場人物のモノマネをしたりしてこっそり騒ぐ。

「おっとタバコ切れた……。ちょっと外出てくるぜ」
「コンビニ?」
「うん。はるちゃん何か要るかい?」
「ンー。わたしも行こうかな」
「じゃあ、散歩しようか」
「うん」

二人して外に出た。1月の深夜。身を切るように風が冷たい。スマホでウェザーリポートを確認すると、気温は氷点下に近かった。フードをかぶって、妻と身を寄せ合うようにして歩く。

「ついこの間お正月だったのに、もう1月も中旬だってさ」
「そうだねぇ……」
「そういえばひろし、今年の目標は? 毎年立ててたじゃん」
「今年は……。そうだなぁ、コロナに罹らないように……。あとは毎年言ってるけど、仕事の安定かなぁ」
「安定してないもんね」
「それから、ボートも今年は勝ちたいなぁ」
「去年の年末はひどかったねぇ。年間トータルもマイナスだったし。ひろしギャンブル系の仕事してるくせに博才なくない?」
「いやいや。パチスロは勝ったぜ。パチンコは負けたけども。まあトータルしたら負けてるね」
「トータルで勝ちなさいよ……」
「あ、じゃあそれにしようぜ。目標」
「……どれ?」
「とりあえず今年の目標は、ボートでプラス収支を目指すこと。パチンコとパチスロも併せたトータルで負けないこと!」
「めおと舟の目標もそれ? なんか弱くない?」
「んー。そうだなぁ……。そしたら、トータルで勝ったら、そのお金でまたなんかやるとか。でも今は旅行も外食も無理だもんなぁ……。コロナめ……」
「家で出来ることにすればいいんじゃない? 何か高い肉を通販するとか」
「面白いかぁ? それ」
「微妙か……。あ、じゃあ倍返しは?」
「……いいよもう半沢ネタは」
「じゃなくて、期間を決めてその間にプラスがでたら、そのお金を全部2倍くらいの鉄板レース額突っ込んで倍返しを狙うとか……」
「あー……。それは……。いやぁ……、どうだろうか」
「うーん、いいアイデア浮かばないねぇ」
「まあ、そのうち何か流れで決まると思うけどねぇ」
「流れねぇ……」

真冬の夜空。都会では星が見えないけど、なんとなく見上げつつ歩く。何だかんだ、最初の目的だった引っ越しも無事終わったし、猫も元気だし、我々はギリギリで上手いことやってると言える。

「とりあえず、今年も頑張っていこう。ボートレース」
「うん。まずは、プラスを狙おう」
「んだな。早速正月からすげー負けてるしなぁ」
「幾ら負けてんの?」
「ええとね……」

【今期の収支(1/1~1/13)】

購入金額 20,700円
払戻金額 7,090円
収支 -13,610円
購入舟券数 15R
的中舟券数 2R
今期的中率 13%
今期回収率 34%

「……なかなかショッパイね!」
「すいません……」
「まあ、これからプラ転狙えばいいわよ。頑張れ頑張れ……!」
「ウス。がんばります……!」
「うむ。じゃあ、コンビニはわたしがご馳走してあげよう」
「え! マジで! やったぜ!」
「ちゃんと今度おごってね」
「もちろん! ……倍返しだッ!」
「あ、今の似てた! 練習の成果でてるね……!」

 

(挿絵:武尊)

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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