めおと舟 その81『風呂ボート』

連載
めおと舟

前回までのあらすじ──。
夫婦揃っての趣味を持とうと始めたボートレース。2019年、2020年と連続でトータル収支マイナスを叩いた夫婦が次に目指すのは「2021年の収支をプラスにする事」。今年こそはと胸に誓いつつも、コロナ禍で巣ごもり状態の二人は他にやることもないまま、代わり映えの無い日常を送るのだった。

ここ最近で、オイラの生活にはちょっとした変化が起きた。風呂である。

東京に越してきてもう十年以上の時が過ぎとるが、都会とは地価も家賃事情も全く異なる田舎では住む所に必ずと行って良いほど「デカイ風呂」がついていた。オイラはもとから長風呂が好きな性質なので、当時は毎日普通に一時間くらい入ってたものである。湯船に浸かって酒を呑み、なんならタバコも吸いつつボケーッと過ごす。至福の時間だ。

が、東京に来てからは「風呂付き」の部屋に住んだことがなかった。

いや、厳密に言うと浴槽はついとるのだけども、足を伸ばして入る事が出来ないほど小さいものばかりで、しかもだいたいにおいて便所とセットのユニットバスだったため、ついぞ湯船に浸かることはなく。毎日シャワーで済ませておったのだった。

んでオイラはなんか知らんが銭湯とか温泉というのがあんまり好きじゃない。これには幾つか理由があるのだけども、一番の理由が「知らん人が入った湯船に浸かりたくないから」だ。友人とか家族しか居ないならいいんだけども、知らん人も浸かるであろう公衆浴場になるとどうしてもキツイ。一昨年友人たちと京都旅行にいった時に久々に利用したけども、それだってもう15年ぶりとかだ。

部屋でシャワーしか使わず、公衆浴場も使わない。となるともう本格的に「湯船」というものから遠ざかること幾星霜だったわけだけども、去年今の部屋に越してきてある時気づいた。

「あ、風呂あるじゃんここ」と。

あまりにも湯船に浸かって無くて忘れてたけども、そういやオイラ長風呂は好きだった。というわけで最近やたら長風呂しておる。しかも最近は無限に時間を浪費できる「スマホ」という文明の利器があるんで風呂タイムもそれはそれはソー・ロングである。はるちゃんも半身浴が好きらしく近頃は熱心に入浴剤を買い漁っておるし、いよいよ風呂ライフが充実してきた次第。お肌もつるつるである。

「うーし、というわけでオイラはいよいよ風呂場でボートやろうと思う」
「おー。いいね。入浴剤使いなー」
「おう。今日は草津にしちゃうもんね」
「いいよー使って。ミネラルウォーター忘れないようにね」
「任せい。んじゃ……!」

風呂ボート。文字通り湯船に浸かって行うボートレース予想である。スマホがありゃ大抵の事はできるとはいえ、これはよく考えると凄い。だって風呂に浸かりながら遠くのボートレース場のレースに投票できちゃうのである。王族の遊びである。20年前には考えもしなかった。

軽くシャワーを浴びたのち、お湯を張った湯船につま先から入る。ちょっと湯が熱すぎたか、足先にしびれるような感覚があった。水で埋めつつゆっくりと半身まで湯没させ、膝を伸ばす。ふいぃと大きな息が出た。ジップロックに入れたスマホを手に取って早速番組表を観てみると、ちょうど大村でレースが始まる直前だった。

【2/2 大村 夜のスマホマクールカップ 初日 5R】

番組表を一瞥して、何も考えずに数値をタップしていく。1-246-246。各100円。銀行から入金して確定ボタンを押すと、投票成立を示すメッセージが表示された。これもよく考えると凄い。風呂に入りながら銀行から入金して何か買っとるわけで、オーバーテクノロジーにも程がある。普段何気なくやってることでも「風呂に入りながら」という枕詞がつくと唐突に人類の叡智が香ってくる。

モーターが低い唸りを上げる。6つの舟影がピットから飛び出す。すっかり見慣れた大村の水面。一斉にスタートを切った。第一ターンマークはやや混戦だが1号艇が先頭。続いて246号艇が2番手争い。この時点で予想的中は間違いないが、できれば1-6になってくれるとオッズも美味しい。が。2周目にて大勢が決した。着順は1-2-4。なんのことはない。一番人気だ。

オッズは──7.5倍。150円の勝利である。

「はるちゃーん。150円勝ったー」

浴室から大声で報告すると、遠くから「良かったねぇ」と聞こえてきた。湯船に浸かったまま、ミネラルウォーターのキャップを捻る。喉を冷やしたあと、少しゲームをして、その後またブラウザを開いた。大村のレースがまた始まる。

 

【2/2 大村 夜のスマホマクールカップ 初日 6R】

1-345-345。またも何も考えずに買う。次は200円ずつ入れる。大村の攻略法は1を軸にしてマーク付きの選手を3艇ずつ。買った次のレースは倍プッシュ。余裕である。乳白色に濁ったお湯。草津の湯の香りを胸いっぱいに吸い込む。レースが始まった。スマホの画面に注目する。ハズレだ。

「はるちゃーん。1200円負けたー」

浴室から大声で報告すると、遠くから「そうね」と聞こえてきた。浴室の扉の向こうに猫型の生き物の影が見えた。ピノコだ。口元に紐を咥えているのが磨りガラス越しにも分かる。遊んでほしいらしい。ちょっと考えてから一度湯船を出てドアを少しだけ開けてやると「ふんく」と言わんばかりに顔を険しくしたピノコがやっぱり紐を咥えて仁王立ちしていた。指についた水をピピピと飛ばしてちょっとだけかけてやると、紐を置いてぴゅうと逃げる。あとから目一杯遊んでやろう。

 

負けてしまったとはいえ、風呂に浸かりながら観戦するレースはそれ自体がエンターテインメントとして極上だ。半身浴で汗をかきつつ。入浴剤の香りを胸いっぱいに吸いながら、現し世のあれこれを全部どっかに追いやりつつ、舟のあとさきに一喜一憂する。これはとても贅沢なことだし、その上で実際のお金が動くのだから、ちょっと他に例えるすべがない。

 

一度熱湯を足して湯の温度を上げてから、また肩までどっぷりつと浸かる。手のひらで湯を掬って顔に浸し、耳の裏を洗う。ああ気持ちがいい。

 

改めてスマホを手にとって番組表を眺めた。一場あたりのレース間隔が30分程度というのもまたちょうど良い。焦らず慌てず。じっくりと湯を愉しむ事ができる。日常の些末な何かに急かされることもなく。ゆったりと流れる時間にたゆたいながら、他に何をするでもなくただスマホを眺めて過ごすのは、これはちょっと他に無いくらいのリラクゼーションだし、そのお供としてボートレースは最適だと思う。

 

じゃあ、次のレースいってみよう。

 

 

【2/2 大村 夜のスマホマクールカップ 初日 7R】

1-345-345。3号艇に白神選手がいるのがちょい気になるが、個人的攻略法を貫く。1頭からマークで3号ずつ。間違いがない。いいかげんふやけ始めた指でスマホを操作して購入確定ボタンを押す。ミネラルウォーターを飲んだあと少し時間があったので改めて番組表を眺める。ンー……。これは……。やっぱり白神選手が気になる。ちょっとだけ考えて3-1に200円だけ入れた。追加で買ってるだけなんだから攻略法を崩したことにはならないだろう。よしよし。

結果。

3連単の1-345-345はハズしたものの、追加で購入した3-1が刺さった。

「はるちゃーん、180円勝ったー」

浴室から大声で報告すると「報告しなくていいよ」と返事が来た。ちぇ。ともあれこれで3戦2勝。勝率は悪くないけど収支はマイナスだ。また湯が冷めてきたのでちょっとだけ水を抜いて改めて熱湯を注ぐと、水音を聞きつけたらしいはるちゃんが風呂場の前にきた。

「ひろし、まだ入るの」
「うん。次のレースまで……」
「過ぎたるは及ばざるの如しよ!」
「次……次のレース……」
「もう……。終わったら上がるのよ」
「うん」

はるちゃんが去ったあと首を振る。やれやれだ。深呼吸するとたちのぼる湯気が鼻の奥を刺激した。改めて肩まで湯に浸かる。鼻の下あたりまでじっくりと沈めてしばらく沈黙すると、毛穴の奥から日常の些末なストレスが泡になって消えていく気がした。ちょっとだけ物思いにふけり、それからまたスマホを手に取る。

 

思えばボートと長湯の相性はすこぶる良い。

 

あらゆる場のレースをのべつくまなく買ってる古豪のボートファンの方々はまたちょっと違うのかもしれないけども、筆者なんかは「今日はこれ!」と決めたらその場のレースにのみ焦点をあわせて愉しむフシがある。そうすると問題になるのがレースとレースの間の、空き時間だ。その時間はしっかり予想すれよと思われるかもしれないけども、まあ予想するにしても限度はあるんで空き時間はどうしても出てくる。この時間とお風呂。この相性は異様な程よいのだ。レースとレースとの間で身体を温める。あるいは疲れを癒やす。ブランクの時間がほぼ30分程度というのもまたすこぶるちょうどよい。

 

半身浴とボート。これはちょっと悪魔的だと思う。湯の中で髭を蒸らして、次はシェービングジェムを顔面に塗りたくりながら画面に目を向けた。またレースが始まる。

 

【2/2 大村 夜のスマホマクールカップ 初日 8R】

1-236-236だ。1-26-26でも良いかもしれん。一瞬そっちにして大きめに振ろうかなと思ったけども、それで筈したら大村が嫌いになりそうなので個人的攻略法を守る。レースはすぐに始まって、そして終わってしまった。第1ターンマークで抜け出した1号艇の後を追う26号艇。完走してくれさえすればどっちでも当たりという素晴らしい展開のまま、1-6-2で決まった。

「はるちゃーん、340円勝ったー」

風呂場から大声でいうと「はよ上がりなさい」と返事がきた。その後もちょっとボート番組を見て次のレースを買うかどうか迷ったけども、そのうちプンスカ怒ったはるちゃんが「体壊すよ!」と怒鳴り込んできたので辞めた。

ちぇ。だぜ。

【今期の収支(1/1~2/2)】

購入金額 50,700円
払戻金額 23,470円
収支 -27,230円
購入舟券数 42R
的中舟券数 12R
今期的中率 28% → 29%
今期回収率 54% → 46%

風呂ボート。これはめちゃくちゃ楽しい。今更気づいたけども、これおそらく酒飲みながらやったりしたら最高だと思う。なんかもう貴族。昔も大概長風呂だったけども、今やスマホのおかげで入っとこうと思ったら無限に入っとけるし、一人暮らしだったら結構やばかったと思う。基本的にいる場所が浴槽の中みたいな。しずかちゃん的な生活になってたかも。

怒られてもしかたない。

収支的にはいよいよ1月が終わったんでぼんやり月のベースみたいなのが見えたけども、これ見る限り大体1ヶ月で40Rくらい。50,000円程度買ってるぽい。まあ平均的かなと思う。しかし1月は中盤が結構忙しくてほとんど遊べておらず、特に10日の週は全然買ってない。なのでもしかしたら他の月はもうちょい買うのかもしれない。

的中率はやや上昇。回収率はガッツリ下がった。大村らしい!

(挿絵:武尊)

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

人気記事

アラサー独身男性が舟券と結婚してみた。

年間収支大公開! 今年の振り返りと来年の抱負を。

良いかもしれないぞ。「1-全-56」の買い目について。

やとわれ編集長 岡井のボート事件簿 FILE52 展示で消えた!? 変則周回展示事件

夢のまた夢、10万以上の高配当を当ててみたい。

TERU 更新延期のお知らせ