めおと舟 その83『悪の十字架ァ……!』

連載
めおと舟

前回までのあらすじ──。
夫婦揃っての趣味を持とうと始めたボートレース。2019年、2020年と連続でトータル収支マイナスを叩いた夫婦が次に目指すのは「2021年の収支をプラスにする事」。今年こそはと胸に誓いつつも、コロナ禍で巣ごもり状態の二人は他にやることもないまま、代わり映えの無い日常を送るのだった。

まだスマホもデジカメもなく、旅行客の思い出作りに『写ルンです』が大活躍していた時代の話だ。

当時九州に住んでいた大学生のKくんは、親戚のおじさんから『呪われた廃病院』にある『悪の十字架』の話を聞いた。S県とF県の境目くらいにあるその建物はそれなりに歴史のある古い病院だったのだけど、あとを継ぐ予定だった院長の息子が亡くなった事と県の再開発区域に指定されたのが重なり、廃業を決めたらしい。その後、バブルと同時に開発会社もはじけ、以来長らく、山の中腹からS市の町並みを見下ろすような姿勢で佇むその廃病院は、徐々に朽ちて行きながらもおそらくは今この瞬間にもまだ、存在している。

今ではテレビで何度も特集された事もあって結構有名なスポットだけど、当時はまだそんなに知られておらず。ごく限られた地域の大学生が取り立ての運転免許でもって親の車を使って出かける、絶好の肝試しスポットとして密かに人気を集めていたらしい。曰く、『呪われた廃病院』の奥……。霊安室だった部屋の壁にある『悪の十字架』を見ると……。

同じく免許を取り立てだったKくんがその話を聞いて、自分も行こうと思ったのは至極当然のことだった。

「ふんふん……。結構ありがちな話ね……」
「こっからなんだよ……。でね、夏の暑い日だよ。Kくんは当時付き合っていた彼女のSちゃん。それからSちゃんの友達のAちゃん。さらにAちゃんの彼氏のYくん。その四人でドライブに出かけたのさ。もちろん目的地は廃病院。心霊写真でも撮ってやろうと『写ルンです』を持ってさ」

出発したのは夕方だったが、運転に慣れてないKくんは結局山道で迷ってしまったらしい。不思議なことに、山の麓から見ると直ぐ側にありそうな病院も、実際に登ってみるとなかなか近づけない。長らく放置されてひび割れたアスファルトに浮いた轍を踏む度、シートに嫌な振動が伝わってきた。なんだか嫌な雰囲気だったのは、後部座席に座るAちゃんとYくんのカップルが怪談大会を始めたからでもある。恋人であるSちゃんもそれに参加し、3人ではしゃぎあっている。あろうことか、『写ルンです』で車外の山道の景色を撮り始めた。彼女たちが言うには「心霊写真が撮れるかも」とか、または「S市の夜景がキレイだから」だそうだ。

「写ルンですもったいないね……」
「もったいないよなぁ……。この時、あんまり写ルンですを浪費しなけりゃ、まだ話は違ったかもしれないんだけどなぁ……」
「えー……。そんな大事なの写ルンです……。それで、どうなったの?」
「それでね……」

まだカーナビもほとんど普及していない時代だ。Kくんたちは山道で迷いに迷い、いよいよ車も動かせないほど細い林道に突入してしまったそうだ。立ち往生。車が動かせなくなってしまった。JAFを呼ぼうにもまだケータイはない。四人は歩いて下山しなきゃならなかった。車に常備されていたライトを持って、全員で山を下る。1時間が経ち、2時間が経ち……、やがて朝になった。

疲労困憊。フラフラになりながらようやく彼らは人里にたどり着いた。ロードサイドにはガソリンスタンド。やった。やっとJAFが呼べる。Kくんは3人を残して駆け出していた。慣れない運転と山の獣道を下るので棒のようになった足を必死に動かし、ガソリンスタンドに駆け寄る。そして……。

「そして、Kくんはなにかに気づいて愕然とした表情でその場にへたり込むのさ」
「……なんで? どうしたの」
「もうKくんはゾッとして。真っ青になって。そんで、後からきた3人が『どうしたの!?』って」
「うん……!」
「Kくんはね、ガソリンスタンド……このガソリンスタンドも何か薄気味悪くてさ。何か絶対居る感じの……。こう、なんていうかな……。霊感のある人だったら逃げるんじゃないかなぁこのスタンドも。なんかそういう感じのアレで……。で、とにかくKくんはこうやって……手をね」
「手を……」
「そう、挙げるのね。そして指をこうやって、ガソリンスタンドの入り口にある、看板に向けるのさ」
「うん……」
「そこにはね、『営業時間10時から』って書いてあって……」
「……うん」
「10時に開くのか……。10時に開くのか……。アクくの10ジか……。ンー悪の十字架ァ~ッ!」
「……は?」
「いや、だから、ンー悪の十字架ァ~ッ! これ言い方が大事なんだよ。ちょっと鼻声で、かつダミ声でね。腹に力入れて。ンー悪の十字架ァ~ッ! って。やってみて」
「……え、写ルンですは?」
「ああ、あれ関係ない。大丈夫」
「ひろし、一体なんの話してるの?」
「いや、だから悪の十字架だよ」
「わたし、怖い話してって言ったよね」
「うん」
「怖くないよ?」
「まー、怖くはないね。だけど、これ流行ったのさ」
「……いやー。知らないなぁ」

悪の十字架。これは昭和の子供の間で流行った小咄の一種である。めちゃくちゃ色んなバリエーションがあるけども最後におどろおどろしい声で「悪の十字架ァ~」というのは多分共通してる。子供時代はこれでゲラゲラ笑ってたものだけども、オチ以外は全部自由という物語のフリーダムさがむしろメインの遊び部分になり、高校くらいになると誰かが「悪の十字架って知ってる?」というや、全員「えー、なにそれ知らない」と如何にも知らない風を装って最後まで聞くのが暗黙のルールになっていた。

「もうだんだん『どんな奇抜な話にするか』の勝負になってってさ。人によっては『ナメック星って所にさ……』みたいな出だしにしたりして、それで途中で笑ったやつが負けみたいなルールも出来て、競技みたいになるんだよなアレ」
「いやー……。全然知らない……」

感心したように「ほぇー」と声を漏らすはるちゃん。やがてワインを一口飲んだのちクラッカーをかじりながら、こう言った。

「……ねぇひろし。悪の十字架って話、知ってる?」

ビールを呷る手を止めて無表情を作ってから、首をかしげた。

「いや……知らないなぁ。初めてきいた。どんな話?」
「あのね……五年……いや、六年前かなぁ……。あれいつだっけなぁ……。わたしがまだ丸の内OLだった時代なんだけど……」
「うん……」

当時の上司がね、ボートレースが好きな人でね。職場でいつもボートレースやってたのよ。スマホで。スマホっていうのはね、なんかアポー? とかいう欧米の会社がつくってる、板チョコみたいな形のやつで……。あ、スマホって知ってる?

「スマホは知ってる」
「悪の十字架は?」
「いやー、聞いたことない」
「そう……でね」

ある時その上司が仕事上で大きめのミスをして、部長から怒鳴られてね。隣の部屋なんだけども、それはそれはおそろしいギャー、みたいな声が聞こえて……。うりゃー! デヤー! ギャーみたいな。ウワーて。もうウワーて。わたしウワーなって。ゾッとして。

「………………」
「でね」

その上司がもう、フラフラになりながら上司の所からこっちに来て、はるちゃああんって。地獄の底から這い上がろうとする亡者みたいな声ではるちゃああんって。ウワーて。もうウワーて。ギャーなって。

「プクク……。ゲフンゲフン。んん。えー、よっぽど怒られたんだねえ上司」
「そう。それはもう怒られて……」

普段仕事中にボートばっかりやってる上司も、流石にその時は真面目に仕事してたのね。でも、不幸なことって続くもので、なんとその日のウチに、その上司はまた別の大きな失敗をしてしまったの。そして部長からまた呼び出されたんだけど……。彼はそのまま、行方不明になったのね。

「へぇ……。行方不明」
「そう……。会社が捜索願を出したの……」
「捜索願を会社が……?」
「そう。わたしも何でかなぁ、おかしいなぁと思ったんだけどね……。それがまさかあんな事になるとは……」
「どうなったんだい?」
「それでね……」

上司が失踪してから3日か4日……もしかしたらもっと経ったあとだったかもしれない。やっぱりみんなで探そうってなったの。わたしも部下だったけども、それよりも上司の同期の同僚が心配して、おい、探そうぜ! って。エイエイオーって。

「警察に任せとけよ……」
「……わたしもそう思ったんだけどね。なんかねぇ、そこもゾッとして。ウワーて」
「それ、ウワーてっていうのヤメない? それ飛び道具ぞ。ずるいわ」

でね、探すっていっても仕事はしないとだめだし、夜はみんなプライベートが大事だから、朝探そうってなったのね。出勤前ー? えー。めんどくさーと思ったんだけど、でもみんなノリノリだったからわたしも参加することにして、それで朝の早い時間……えーと……七時くらいに集まって、浜松町あたりから、こうやって、パンとコーヒーを持って聞き込みをしたのね。

「パンとコーヒーは聞き込みじゃなくて張り込みじゃない?」
「いや、聞き込みのときもパンとコーヒーをもって……。だって元刑事の社員がいてさ。その人がコンビニで買ってきて、はいこれ。食べな食べなって」
「……うん」

中々みつからずに、一ヶ月……くらいかなぁ。みんな流石に疲れて、でも見つけなきゃ……。その時だれかが「アイツ、ボートレース好きだったよなぁ」って気づいたのね。おい、一番近いボートレース場どこだ! 早くしないと会社始まんぞ!って。

「……出勤する気は一応あんだな」
「あたりまえよ! みんなボランティアで朝からやってるんだから!」

あ、江戸川だ! って。みんなでタクシーに乗って移動してさ。わたしは当時ボートレース江戸川ったことなかったから、運転手さん前の車追いかけて! 急いでください! って。なんか車内も不気味な雰囲気でさ。鳥肌が立つというか。真夏なのに肌寒い感じがして……。

「エアコン切ってくださいっていいな?」

で、しばらく走って、やっと来たわけよ。江戸川。そしたら大魔神みたいな石像があって。もうゾゾゾー……うわー、いやなもん見ちゃったなぁ……。で、フッと見たら、先についたみんながギャーって。ウワーて。わたしもギャーてなって。もう、昼とは思えないくらいシンとしてて……。だって看板にね……。本日は10時に会場しますって。ギャー! 開くの10時からかー! アクの……アクの……!

「ンー、悪の十字架ァ~!」
「うまいうまい! そう! できるじゃんはるちゃん!」
「へへ。やったった。ねえねえ、何点くらいだった? 何点?」
「そうだなー! 3点くらい! 100点満点で!」
「へへ。ありがとうございます。ありがとうございます……!」
「いやー、面白いなぁ……」

一度タバコを吸いに喫煙場所に向かったあと、手を洗って席に戻って、ビールを飲んでから喉を鳴らした。

「そういえばさ、はるちゃん、悪の十字架って話、知ってる?」
「えー……? しらなぁい」

【今回の収支(1/1~2/16)】
購入金額 62,400円
払戻金額 26,480円
収支 -35,920円
購入舟券数 59R
的中舟券数 15R
今期的中率 25% → 25%
今期回収率 43% → 42%

今週もまた負けまくり。はるちゃんがデカく当てた影響かオイラも大物狙い思考を捨てきれず的中率が低迷しておる。回収率も微減。とりあえず最低でも60パーに載せたいんでしばらく2連単・3連複をメインで考えてみようと思う。

(挿絵:武尊)

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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