めおと舟 その84『全艇フライング!』

連載
めおと舟

前回までのあらすじ──。
夫婦揃っての趣味を持とうと始めたボートレース。2019年、2020年と連続でトータル収支マイナスを叩いた夫婦が次に目指すのは「2021年の収支をプラスにする事」。今年こそはと胸に誓いつつも、コロナ禍で巣ごもり状態の二人は他にやることもないまま、代わり映えの無い日常を送るのだった。

なかなか目撃ことができない珍事というものはどんな業界にもあるものでして。往々にして初学者が目にするそれらはテキストの中だけに存在する歴史的な事件である場合が多い。

例えばパチスロでいうと、致命的な攻略法の発覚――というのがそれにあたるかもしれん。パチスロをやらん人にはさっぱりだと思うけども、実はこれ、稀にある話なのだ。攻略法の原因になる部分がレバーだったりランプだったら部品交換でなんとかなるけど、そもそものシステムやプログラムが問題になってる場合はどうしようもないので、そういうときはもう、その機種をぜんぶ店から撤去しちゃうのである。

個人的に一番「おいこれ大丈夫かよ」と思ったのは某社が出した某機種。これは特定の液晶演出発生時にボタンの停止順を変える事で割を大幅に高めることができるみたいな感じの攻略だった。ちと具体的に書くのはアレだけども、とにかくこれは普通に遊技してれば誰でも気づくレベルのめちゃくちゃ単純なものだった上に効果も高く、とりあえず打ち続ければ確実にメダルが増える系の、いちばん駄目なパターンの奴であった。

事実、当該機種のシマは即座に閉鎖されたわけだけども、怒ったホールが連名でメーカーを訴えたりとその後も結構モメており、パチスロ界においてはひとつの「事件」として語り継がれておる。

んでこれがこんなに大事件に発展した理由というのもまた間が悪い感じで、とにかく簡単な癖に目立つのだ。かなりの頻度で結構デカめの警告音が鳴り響く上に当たってないのにメダルが落ちるんで、「何かやっとる」というのが一目瞭然。手順も馬鹿みたいに単純なので、気づいた人が見様見真似で簡単に真似できる。結果、爆発的に広がる。普通こういう攻略法ってなるべく目立たないように使うのが礼儀みたいな文化がパチスロ界にはあったらしいのだけども、当該機種の攻略法に関しては誰しも「これすぐ撤去されるな」と理解してたんで普通に使いまくってはペナルティ音を響かせておった次第。

オイラの所感だけども、当該機種がリリースされたその日の夜には某大手掲示板にて攻略法の手順が模索され始め、一週間もしないうちに全国に広まったと思う。オイラはそのシリーズ自体があんまり好きじゃないので打たなかったけども、まあ攻略法となれば話は別なんで行っとくか! と思ったら、もうどの店もシマを閉鎖していた。

電源が落とされた機械が並ぶ通路。赤色のコーンとビニールテープで立ち入りが制限されてる。「フラグコピー打法」のときですらシマ閉鎖は無かったもので、オイラはその光景を前に「すげえものを見たな」と思ったものだった。

このように、人は歴史の目撃者になっていく。そうしてそれを後輩に伝えることで、文化が形成されていくのである。伝えるべき稀有な体験。連綿と続く時代の中で稀に出現する、マイルストーンだ。

さて。2月23日の事である。

「わたしは今日、ボートをやろうかな」

めずらしく妻のはるちゃんが言った。彼女はちょっと前にデカイのを一撃当ててから、「しばらくは当たらない気がする」という謎の理由により自粛期間に入っていた。

「お。やるかい? どこのやつ買う?」
「平和島がいいなぁ」
「どれどれ……。ふむ」

【2/23 平和島 BTSオラレ上越開設9周年記念平和島マスターズ 最終日1R】

(ボートレース公式サイトより)

「うーん、結構難しそうだなぁ……。はるちゃんこれがいいの?」
「うん。1号艇と3号艇を軸にして……。あと平和島だし6号艇も入れときたいから……。こうかな?」

【妻の予想】
1-36-36 2点 各100円
3-16-16 2点 各100円
2=3=6 1点 200円

「うん。これでいく。3が1着で6が絡んだら万舟も一応狙える感じです」
「あー、3連複のも結構つくなこれ……。34倍だって。そこそこ来そうな感じもしないでもないかなぁ」
「ひろしは? 買わないの?」
「オイラは……。いやーちょっとこれはスルーしようかのう……」
「オッケー。じゃあわたしだけ買う!」

スマホを操作して舟券を購入するはるちゃん。オイラはちょっと急ぎの仕事があったのでそれをすすめていたけど、しばらくするとはるちゃんが後ろの席に腰掛けるのが分かった。ちらりと様子を伺うと、彼女のPCの画面上にはボートレース平和島のサイトが表示されていた。どうやらそろそろレースが始まるらしい。なんとなく気になって作業の手をやすめ、一緒に画面を眺める。

「えーと、はるちゃん買ったの1と3と6だよな」
「そう。あと3連複で2=3=6ね」
「なるほどね。じゃあオイラもそれ応援しようかな」
「っしゃ! 応援頑張ろう!」

ファンファーレとともにピットアウトする6つの船艇。進入順を決める選手の横、僅かにカメラに映る吹き流しは真横に揺れていた。

「結構風強いなァ」
「向かい風7メートルだって」
「うわ、平和島で向かい風かぁ。ますます外側来そうだなぁ」
「でしょ?」

悪水面で安定板が取り付けられたボートたち。安定板とは文字通り船艇を安定させるための板だ。伸び足が悪くなるかわりにターンが安定するので、一節によるとイン側に有利らしい。が、そもそも安定板を取り付けるほど風が強いのであれば、むしろその風向きのほうが大事だろう。7mの向かい風。風圧に船艇をひっかけつつ半径を大きめにとって全力で回れるアウトに有利だ。

「進入隊形は枠なり。1号艇結構深いぜ。ちょっと下がって2号艇、3号艇。アウト勢はめっちゃ引いてんな」
「まくる気まんまんねぇ!」
「一的には3号艇もあるっぽいよなーこれ。これマジで3-6で来たらやべーな」
「ね! あるでしょ? また万舟こい!」

PCでオッズを確認する。3-6-1は147.1倍だ。

「当たったらまた焼き肉ね、はるちゃん」
「えー、しょうがないなぁ……。へへ」

スタート。まずはアウト勢が。続いてイン勢が加速をはじめる。向かい風の影響かはたまた安定板の影響か、明らかに加速が遅い。が、その分握るのがちょっと早かったのでライン前で全艇トップスピードに乗る。各艇一直線になり、スタートを切る。際どい! でも、入ってる? あれ?

「ンン!?」
「早かったよね……?」
「いや、どうだ? 入ってた? 5号艇はフライングっぽかったけど……」

女性アナウンサーの実況の声が途切れる。

(あー……各艇今のはちょっと早いタイミング……。1周1マークに向かっていますが現在スタートは判定中。お手元の投票券は、大切にお持ちください)

「うわー、スタート判定全然出ねぇ」
「どうなんだこれ。今の所1-3-2だけども」
「6も悪くないね。たぶん5はフライングだったから、ワンチャンあるな」
「ね。このままいけー!」

ピンポンパンポン……! 返還を知らせるチャイム。やっぱり。5号艇はフライングだったか。

「そりゃそうだな」
「明らかに早かったもんねぇ」

やがて、画面上にスタート判定の結果が表示された。それがこちらだ。

「おい、全艇フライングやぞ……?」
「うそん。なにこれ。こんなの初めてみたよ!」
「いや……オイラも初めてみたけども……」

(えー、ファンの皆様におしりゃし……お知らせいたします)

「お姉さん噛んどるぞ」
「慌ててるねぇ……」

(第1レースは全艇がフライング全艇がフライングとなりますレースは不成立全艇返還となります全艇がフライングです全艇返還となります)

「お姉さんめっちゃ早口なった」
「エキサイトしてるねぇ」

「うわ、不成立のレース初めてみた……」
「わたしも……。てか全艇フライング凄くない?」
「たまーにあるらしいけど、リアルタイムで観るのは結構珍しいんじゃないかな……」

「うわァ。しかも08秒やて。5号艇も6号艇も」
「0.5超えたらなんかあるのよね」
「非常識なフライングっつって、たしか即日帰郷だろ。まあ今日最終日だけどさ」
「その場合ってその日の後半のレースに出る人はどうなるんだろう」
「あ、それは大丈夫なはず。その場で帰りなさいってのは『即刻帰郷』っつって、なんか悪いことした時のやつっしょ。宿舎にケータイ持ち込んだりとか」
「なるほど……」

「レース不成立」の文字を眺めながら我々は軽い興奮を覚えていた。目の前で実際に起きた異常事態だ。しかも珍事である。今までなんどか目にしたことがある「レース不成立」や「全艇フライング」の文字が、リアリティを持って迫ってくる。

「あー……これ。あれだ。パチスロで、攻略打法が発覚した時の……」
「ん? 何か言った?」
「いや。なんでもない」

オイラはちょっと深く息を吸った。そうだ。人はこうして、その業界の歴史の生き証人になっていくのだ。こういう経験の積み重ねが思い出になって、そうして文化を紡いでいくのである。なかなか観ることができない珍しい事件をリアルタイムで体感して、オイラはちょっとだけ、またボートレースが好きになったのだった。

【今回の収支(1/1~2/23)】
購入金額 76,200円
払戻金額 33,400円
収支 -42,800円
購入舟券数 73R
的中舟券数 16R
今期的中率 25% → 22%
今期回収率 42% → 44%

今週もまた酷い結果だった。前回「2連単メインで行くぜ」とか言ってたけども、蓋を開けてみればまた3連単を買いまくった上でのこの結果、これはもう神からの箴言だと思う。すなわち「2連単からやりなおせ」だ。

しかし、初めて目撃した全艇フライング。事件そのものにもビビったけどアナウンサーのお姉さんがめっちゃ噛んでたのが緊急感あって何かすごかったです(小学生なみの感想)。

(挿絵:武尊)

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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