めおと舟 その85『人間ストック理論』

連載
めおと舟

前回までのあらすじ──。
夫婦揃っての趣味を持とうと始めたボートレース。2019年、2020年と連続でトータル収支マイナスを叩いた夫婦が次に目指すのは「2021年の収支をプラスにする事」。今年こそはと胸に誓いつつも、コロナ禍で巣ごもり状態の二人は他にやることもないまま、代わり映えの無い日常を送るのだった。

……さて2月もいよいよ最終週になった。

2021年、先週までのボートレース予想成績はマイナス-42,800円。的中率22%はまあそこそこな感じがするけど、回収率44%はそれなりに怪我してると言える。これで的中率が10%を切ってるとかなら「大物狙いしてるからだ」と言い逃れもできようもんだけども、5回に1回当てといて回収率44%は流石に下手っぴであるとしか言えない。

「なんかもう最近全ッ然あたってねーなー……」

いつものように仕事をするふりをしてボートに興じつつ、前日までの累計成績を眺めてふぃーと息を吐いた。ボートを始めて、いよいよ初心者であるとは言えない感じの月日が経ったけども、それに応じてレベルアップしてるかというと全然そうでもないので、まだ自分なりの予想のポリシーとか方法論みたいなのが全くなってない。どんな趣味にせよ、成長を実感できないのは結構ツラい物がある。

「ふふん。わたしなんか大きく当ててからしばらく運を貯めるためにボートやってないからね」
「人間ストック理論か……」
「……なにそれ?」
「あるんだよ、そういう理論が……」

人間ストック。これは主にパチスロで使われる用語である。というかオイラが勝手に提唱してる理論なんだけども、『打ちたい』という欲求が体内で溜まっていくと、最終的に自らの左手に不思議なパワーが宿っていい感じのタイミングでレバーが叩けるようになるという理論だ。

「ほれ、師匠知ってるでしょ」
「うん。知ってる」

師匠というのは昔からよく一緒に飯を食ったり酒を飲んだりパチスロを打ったりさせていただいてる方だ。はるか昔、大政奉還の時代から打ってたとされる古豪のスロッターであり、そっちの方では歩くパチスロ大辞典的な感じの御仁である。十年くらい前にオイラのブログの方に遊びに来られたのがそもそもの出会。お会いして酒飲んだらめちゃ意気投合しちゃって現在に至る(ざっくり)。

「師匠、一時期海外にいたのね」
「うん」
「海外にはパチスロなんかないじゃん」
「ないね」
「でも打ちたいじゃん」
「うん」
「普通はさ、なるべくパチスロから遠ざかろうとすると思うのね。打ちたいから。でも師匠はね、己がウチでの打ちたい欲求をあえて高めるために、『サミータウン』っていう、PCでパチスロが打てる仮想ホールみたいなのがあるんだけども、そこでずーっと打ってたんだって。しかもあえて当たらない設定にして。夜な夜なこうやって、ずっとひとりで……」
「マゾなの?」
「そう。マゾなの。でもね、それはまっこと合理的な『人間ストック』の貯め方なんだよ。なんせ師匠はね、たまーに日本に帰って来た時一緒に打つと、もう息をするように簡単に万枚を出すわけさ」

これは何気に全部ホントのことである。簡単に万枚。といってもこれは4号機時代の話じゃない。5号機中期の、なんならちょっとしょっぱくなり始めてた頃の話だ。しかも6をツモって粘って万枚! とかじゃない。絶対入ってねーだろこのホール、みたいな所で打ちたい機種にスッと座って一直線で万枚である。鬼気迫る引きであったし、そして毎回焼き肉をごちそうしてもらっておったゆえ、オイラもその引きのご利益に与っていた事になる。

「あるんだよ、人間ストックって奴ぁ……。この手の話はホントに色々あってね。たとえばオイラもインフルエンザで寝込んで一週間くらい打てないでいると、療養明けに普通に爆裂したりとか。だので、はるちゃんが『運を貯めてる』というのはよく分かるよ」
「なるほどねェ……。人間ストックかぁ……。あ、ひろしも貯めればいいんじゃない?」

ピシャンと、雷に打たれたような衝撃が疾走る。

「そうか……。オイラも貯めればいいのか……?」
「そうよ。負けまくってるでしょひろし。最近」
「これは……オイラの中での人間ストックが尽きてるという事なのか……?」
「わたしもほら、ずーーっと運……じゃないや人間ストックを貯めて万舟当てたし」

人間ストック切れ! そうだ。間違いない。いくら強力なエンジンを搭載していても、燃料がなければ前進しない。ガソリンの入っていないポルシェは、チョロQにも負けるのである。最近の……否、オイラの予想がちっとも当たんないのは、ガス欠が原因であった。

「そうか、分かったぞ。オイラ、ビギナーズラックで万舟を当ててから、ずっとガス欠の状態で走ってたんだ!」
「そうよ。ガソリン入ってないのよ。ちょっと控えよ? ボートレース」
「いや! 給油する!」
「……給油?」

すなわち人間ストック貯めである。師匠が海外でやってたように「打ちたくても打てない」状況を維持する。そのギリギリの飢餓感が奇跡を生むのである。パチスロであれば例によって『サミータウン』があるが、ボートの場合はなんだろう。ボートの場合のストック貯め……。

そうだ! ポンと膝を打つ。

その日からオイラはボートレースの予想だけを繰り返した。結果は見ない。ただ予想するだけ。番組表を眺め、選手について調べ。この水面だったらこう、風が強いからこう……。考えに考えて購入舟券を決めたのち、ブラウザを閉じる。

「……あれ? そのレース勝ったの?」
「いや、買ってない」
「難しかった?」
「ううん。1-3を軸にいけばたぶんカタいけど……。いい。ストック貯める」
「ああ……あれか。人間ストック?」
「そう……。まあまあ貯まってきてる感じがする」
「へぇ……」

まあ実際、その週は仕事が鬼のように忙しかった。やらねばならん作業をほっぽいてたオイラの責任なんだけども、こんなまとめて来る!? みたいな感じで。怠惰が生み出すエアポケット。稀に、だけど定期的にやってくる修羅場であった。なので、実際の所なんもせんでも勝手にストックは貯まっていたのだろう。

「だけどこう……たまーに息抜きでボート見て何も買わず結果もチェックしないというのは、結構飢餓感があるな……」
「見なきゃいいじゃん」
「いやだ……。オイラはストックを──……」

やがて、まあまあ工程がかかる仕事を徹夜で終えたある日。

【2/26 江戸川 3支部ガチ対決シリーズ・第21回日本財団会長杯 最終日 3R】

※画像はボートレース公式サイトより

「いよいよだ! オイラは久々に舟券を買おうと思う!」
「2日しか休んでないじゃない……」
「いやー、でも『買いてぇ』と思って買わないのはなかなか無いことなんだぞ。今まで予想したらすぐ買ってたし!」
「……どれ買うの?」
「江戸川」
「どれどれ……うわー、これ難しくない?」

オールB1選手。飛び抜けた好成績の選手もいないので、予想するにあたっての取っ掛かりがあんまりない。強いて言えばスタート展示で5号艇石塚選手がひとりだけちょっと遅れてるくらいだけど……。

「まあ、枠なりで1号艇は抑えて……。田邉選手を抜いて中間345号艇を2着に2連単」
「お。2連単いくんだ」
「当てたいのさ……! でも本命は実は6号艇にします」
「こんて! 6は来ないのよひろし……!」
「違う違う。1-6って事ね。これを3連単にして、3着は総流しでいきましょう」
「えーと……。1-345と……1-6-全。何点だ……?」
「7点! これ200円ずついくわ」
「あら! 結構飛ばすわね!」
「へへ……。オイラ気合入ってます……!」

【夫の予想】
1-6-全 4点 200円
1-345 3点 200円

「はるちゃん買う?」
「いや、わたしはいいや。そのレース当たる気しない……」
「へへ。オイラの人間ストックに乗っかればいいのに……」

やがてレースが始まる。果たしてボートレースにおいても人間ストック理論は有効なのか……! まあ大体この連載ではこういう展開の場合は外して終わりなのだけども……?

「ほい! ターンマーク完璧! やっぱ5号艇遅れたろ!」
「え、うそ……。1-6だ……。あれ? どれ買ったっけ?」
「流してる! もう当たりだよ!」
「うわ、ホントだ、1-6-全で買ってる……」
「やべ、これ万舟いくんじゃね……? やべ、オッズみてねーや」
「えーと……。あー、微妙。でも3着が5号艇だと70倍くらい着くよ」
「マジで! いいやんけ! たのむ5号艇! 石塚選手! 石塚選手!!」

結果!

 

「うわ、久々の5桁……!」
「やったね! すごい! 人間ストックある!」
「な! やべーよこれは。人間ストック」
「もう終わった? 人間ストック」
「いや、まだ残ってる気がする!」

【2/26 多摩川 第51回東京中日スポーツ賞 2日目 4R】

「うわ、面白いこの編成!」
「田村選手の動きがどうなるか……だよね」
「ベテランだかんなー。初日も2号艇で2着取ってるし……うーん。はずす! 2-3-6でいこう! ボックス!」
「ボックス!?」
「うん! 2と3は絞れねえこれ。ボックス!」
「さっき大きめに当てたから強気になってる……! 絞ろうよう……!」
「ボックス!」

【夫の予想】
236-236-236 6点 100円

そしてレース開始。進入順は123645。スタート順はわずかに3号艇優勢。続けて2号艇。両者が一気に1号艇の頭を押さえる。ぐうのねもでないまくりだ。これにて1号艇は最後尾に沈み、がら空きのインをするりと抜けた6号艇が3番手につける。1Tを終えた時点でほぼレースは終わっていた。

「ほい! ほいほい! ほら! 2-3-6!」
「お! 当ててる……!」
「これ順位変わってほしい! 2-6-3でお願い!」

最終周回のギリギリまで競ったものの贅沢なお願いは届かず。終わってみれば1番人気の10.9倍をゲットするにとどまった。

 

「よしよしガミってはいない! あっぶなかったけど!」
「すごいじゃん! 勢いあるね!」
「いやー……人間ストックすげえな……。やっぱ貯まった分出てくるんだなー……いやー……。あれ? なんか……。ちょっと残ってる気がすんな……」
「!?」
「ほら、これガミギリギリだったし……。リプレイみたいなもんじゃないかな……」
「……いや、もうやめといたほうがいいわよ。負けると思うひろし」
「いやー……オイラの左手がね……レバーを叩けと轟き叫んでるんだよね……」
「なんか分かんないけど……」
「ちょっと、買えそうなの見てみるわ……」

 

【2/26 蒲郡 KIRIN CUP 4日目 8R】

「これ外側に人気が固まってるから1頭でもオッズつくぞ! このレースにしよう! 2着むずいけども……。1-56……。ちょっとまった2号艇も怪しいよな」
「普通にいつもの6点フォーメーションにすればいいんじゃない?」
「あー……。あれ結果全然でねぇんだよな……。じゃあ1-256-256か。そうだなァ……。行っとくかコレで!」
「これ結構いいね。当たりそうな感じする」
「だろ? しかもストック残ってるからな」
「これ当たったら焼き肉連れて行ってよ」
「あーいいぜ? 行こうか」

【夫の予想】
1-256-256 6点 200円

さあレース開始。56が実力選手なので大まくりが怖かったけど、ターンマークをいの一番に抜けたのは白い帽子だった。その後ろで2号艇と5号艇が競る。つまり……。

「おいぃ! 取ってる取ってるぅ! これ取ってるよ!
「また! マジで!」
「マジ! 6号艇は……ああ、だめだ、6着なってる……。これ1-2-5だったらまた5桁行くよ!」
「うっそ! 今どうなってるの?」
「いま駄目! 1-5-2だとあんまつかない! 抜いて! たのむ!」
「お願い!」

ギリギリまで粘る2号艇。だがしかし、やっぱりクラスの壁があるのか終わってみれば1秒以上の差をつけて5号艇が先にゴールする。つまり。

 

「おお! まあまあデカい! やったぞはるちゃん!」
「すごい! 今日結構勝ったじゃん!」
「ほみゃーん!」
「あ、ピノコきた! ごめんねー大きい声だして。よーしよしよしよし」
「ひろし、ピノコにチュール食べさせよう! お祝いチュール!」
「おう! 食わそう食わそう! はるちゃんにはあとで焼き肉食わせてやる!」
「イエーイ!」
「やったぜ! 我が家! みんな幸せだ!」

ピノコをだっこするオイラ。その横からチュールを差し出し頭を撫でるはるちゃん。嬉しそうにハグハグとチュールを舐め取るピノコ。なんだ、勝つだけでこんなにテンションがあがるのか!

久々にカマした大勝利の余韻をかみしめながらオイラは思った。人間ストック理論はやっぱりは、ある──!

【今回の収支(1/1~3/2)】
購入金額 99,600円
払戻金額 60,380円
収支 -39,220円
購入舟券数 92R
的中舟券数 22R
今期的中率 22% → 24%
今期回収率 44% → 61%

よし。的中率微アップ。回収率大幅上昇だ。んでも人間ストックが尽きてこの翌日ガッツリ負けた結果、収支はそんなに変わらずな感じです。何がデカイって回収率が60%台に乗ったのが嬉しいぜ。次は70%台を目指す! そして年末までにプラス収支だー!

(挿絵:武尊)

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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