めおと舟 その88『江戸川のそばの居酒屋で(前編)』

連載
めおと舟

前回までのあらすじ──。
夫婦揃っての趣味を持とうと始めたボートレース。2019年、2020年と連続でトータル収支マイナスを叩いた夫婦が次に目指すのは「2021年の収支をプラスにする事」。今年こそはと胸に誓いつつも、コロナ禍で巣ごもり状態の二人は他にやることもないまま、代わり映えの無い日常を送るのだった。

いよいよ春の気配も色濃く成り始めてきた3月のある日のこと。妻、はるちゃんがこんな事を言い始めた。

「ひろし、久々にボートレース行かない?」

はるちゃんはボートレース場が好きである。まあオイラも好きなのだけども、パチスロも何もやらず、いわゆる鉄火場の雰囲気に慣れていない彼女にとってそういう場所はある意味で斬新であるのか、一度ナナテイメンバーみんなで遊びにいった時以来、すっかりハマってしまった。楽しいからちょいちょい来よう! みたいな感じで約束したものだが、コロナ禍からこっち、あまり行けてないのである。気づけば去年の2月にボートレース大村に行ってから、一度も足を運んでいない。

「おお、悪くないねぇ。いこうか」
「うん! どこに行く?」
「江戸川か、平和島か……。多摩川とか……あ、レースやってんのは江戸川だな」
「おお! じゃあ江戸川にしよう!」

というわけで、数日後。我々は夫婦連れ立ってボートレース江戸川へと向かうことになった。

「どういう経路でいく?」
「バスで錦糸町に行って、それから電車かなぁ」

オイラ、バスは苦手である。理由は色々あるけど、移動中は結構せっかちな性格なので、いちいちバス・ストップに停まるのがイヤというのがでかい。もはやバスの存在意義全否定だしそれは電車も同じなのだけど、電車の場合はスッと停まってスッと出発するし最高速度が速いんであんまりイヤな感じがしない。それに、オイラのバス嫌いにはもうひとつ理由があった。

「バスかぁ」
「ひろしバス嫌いだもんねぇ」
「東京でバス乗ると、毎回嫌な目に遭うんだよなぁ」
「わたし全然だいじょうぶだけどなぁ……」
「まあいいや。乗ってみよう」
「うん! いこう!」

二人してバスに乗り込み、車窓の向こうを流れる景色を眺めることしばし。ああ、あそこにこんな看板があるねぇ。そこは新しい店が出来てるぞ。あら、あの店は潰れちゃったのか。みたいな話をしながらプチ旅行気分を漫喫する。と、車内の後方、ぎゅうぎゅうの人いきれの中でつり革を持って立つ、2人の女性に向かって、老婆が何か言っているのがわかった。

「あんたたち、うるさいよ!」

どうやら話し声がうるさかったのか、注意である。オイラからするとそんなにうるさく感じなかった、というか気づいてなかったのだけども、近くのひとからすると声が大きかったのかもしれない。まあ、こんなこともあるだろうね、と思ってまたはるちゃんと窓の外の世界を眺めるのにもど──……。

「そうだよ、うるせえよ!」
「うるせえ!」
「うるさいよ!」

老人たちがわれもわれもと口々に非難の大合唱をはじめる。すいません! と女性のうちひとりが謝り一旦は落ち着くも、二人がけの席に足を広げて座る、明らかに酔っ払いながら競馬新聞読んでる爺様が「ったく! うるせえんだよ!」と言い続けている。ちなみにオイラは気づかなかったがはるちゃんの証言によると女性二人は子連れだったそうだ。

(うわぁ、なんかひでえな年寄りたち)
(やばいねぇ……)

周りに聞こえないようにはるちゃんと話してると、どうやら居た堪れなくなったのか女性2人が降りる。で、流石に腹がたったのか、降りぎわに老人たちに向け「うるせぇんだよ!」と、言われたセリフをそのままお返ししていた。んで、それが怒りの導火線にシュポっとカムチャッカファイアーしたのか、走り出したバスの車内では老人たちがこんな事をいう。

「あんなんが子どもを生むから日本は駄目になんだよなぁ!」
「ったく、今の若い奴は礼儀も知らない。頭が悪いんだよ」
「ほんとにもうねぇ、わたしたちの若いころは……」

バスの車内の9割は老人だ。そして結構な割合がシルバーパスを利用している。つまり無料である。なんで金払って乗ってる子育て世代のママさんがこんなボロクソ言われないといかんのか。見てるこっちがとほほである。

「あー、ほらなぁ。やっぱバスは嫌なことが起きるんだよなぁ」
「すごいわねひろし。わたしあんなん初めてみたわよ」
「毎回なんだよなー。なんかイヤなことあるんだよ……」
「呪われてるわね……!」

目的地で降りて電車に乗り換え、つり革に捕まりながらバス車内での事を振り返る。

「ほら、ひろし。忘れよう忘れよう。もうすぐボートレースよ!」
「おう。そうだな。切り替えていこう!」

ボートレース江戸川。到着したのは午後1時だった。入場料を払って中に入り、烏龍茶を飲みながら早速予想を開始する。当時は男女混成のレースが行われていて、女子レーサーが走る様を実際の目で見るのはオイラもはるちゃんも初めてのことだ。今回は有料席に行かず、オール川っぺりで過ごすことにする。ベンチに座って予想をし、ファンファーレが鳴る直前にアリーナのフェンスに移動。レースが終わったらまたベンチに座って次の予想をする。と、このルーチンでやった。地味に移動中も1Rと2Rを買ってたのだけどそれは外し、まあこっからが本番さと息巻いて9Rまで続けて観戦する。結果。

「うわー、今日全然当たらねぇなぁ」
「ほんとね。ひろし今いくら負けてる?」
「もう万券行ったね……」
「わたしも少し負けてるなぁ……」
「ちょっと、次のレースはずしたら散歩しようかこれ……」
「そうね。缶チューハイ飲みながらこの辺冒険しよー!」
「ああ、楽しそうだ……。それは楽しそうだ……」

この時点でオイラの的中は2枚のみ。しかもトリガミだ。はるちゃんは一時大きく凹むも、予想屋のおじさんが渡してくれた魔法の紙に書いてあるお告げを信じてグッと取り返し、微マイナスまで戻している。そこそこ的中率が出ているのもあって、オイラよりもだいぶマシな展開だ。

「うし、次は頼むぜ……」
「当てて、ひろし!」

【3/20 江戸川 創立80周年記念富士通フロンテック杯 10R】

※画像はボートレース公式サイトより

「これは……西館選手を買うかどうか超迷うぜ……」
「わたし買う! 1-2-34かな!」
「マジか……じゃあオイラ、2-1を軸にしよ……。あー、当てたい。頼むぜ……」

【夫の予想】
2-1-35 2点 1000円

【妻の予想】
1-2-34 2点 300円

「うわわ、ひろし1000円ずついったの?」
「逆転するにゃこれしかねぇ……! いや、これは当たる気がする」
「毎レース言ってるわねそれ」

迎えたファンファーレ。起死回生を賭けた舟券の行方。最終レースが近いからか、勝負に出た観客も多かったらしい。大声で怒鳴るように応援する人の姿が目立つ。一般レースなれど、最終日の土曜。鉄火場の雰囲気がある。オイラとはるちゃんも口に手をあてつつ「いけー!」と控えめに熱援する。ウィズコロナ時代のマナーだ。

「あ! いいターン! 1-2になってる!」
「わたし当たりだ!」
「いや! 今までのレースを見てると女子はバックストレッチでいきなり抜かれたりとかするから、よく分からんぞまだ!」
「おお! でもこれ、どっちか当たりね! できればひろしの方……!」
「たのむ! 2-1こい! 2-1こい!」

結果。

見事にハズレた。ていうか4はそもそも買ってねぇ! これにて負けが一気に膨らむ。これは今日はもう、駄目かもわからん。

「あー、なんか、これね。『めおと舟』で3回くらいに分けて書く予定だったんだけども、ネタ全然ねーなこれ……」
「まあしょうがないさ。そういう日もある! 大丈夫よひろし。はるちゃんが缶チューハイ買ってあげるから。元気だして」
「うん……じゃあ、帰ろうか……」

レース観戦自体は久々だったこともあり、非常に楽しかった。だけど、やっぱここまで凹むと流石にイエーイ!とはならない。一応当ててはいるけどガミってるし。本場でテンションが上って広く買いすぎたのも原因だと思うが、なんとも不甲斐ない成績だった。

「なんかなー、周回展示観ちゃうとどれも良さそうに見えて絞れねぇんだよ……」
「あー、それわたしも分かる。愛着湧くよね。選手に」
「そう。はるちゃんめずらしく女子レーサー推してたもんなー今日」
「ね! やっぱり目の前で女子が頑張ってるの見ると応援しちゃう」

はるちゃんと手をつないで、ボートレース江戸川を後にする。さあ、これから散歩をしつつ酒を呑むのだが……。

「あれ? なんかあそこ、提灯ない?」
「提灯……。あるね。なんだろう」
「ちょっと見てみない?」
「うん」

何度か来たボートレース江戸川。普段は正面入口の駐車場を迂回する形で左手の坂道から駅に戻るか、あるいは敷地内の停留所からそのままコミュニティバスに乗るか、またはひとに車を出してもらってたので気づかなかったけども、駐車場の奥の提灯に気づいたのはそれが初めてだった。近づくと、だんだんと正体が見えてくる。

「居酒屋……たけのこ?」
「竹の子だって! 『ノコ』ってついてる! ピノコみたい! 可愛い!」
「……可愛いな! 入るかここ!」
「うん! 入ろう! 入ろう!」
「へい! ツーンツン! ツーンツン!」
「なにそれ! そのトンガリダンスみたいなの!」
「へへ。竹の子の踊り。今考えた!」
「可愛い! ツーンツン! ツーンツン!」
「へへ……!」

実は、この日のボートレース勝負の本番が実はここからだったのを、この時のオイラたちはまだ知らなかった。

(後編へ続く!)

(挿絵:武尊)

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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