めおと舟 その89『江戸川のそばの居酒屋で(後編)』

連載
めおと舟

前回までのあらすじ──。
夫婦揃っての趣味を持とうと始めたボートレース。2019年、2020年と連続でトータル収支マイナスを叩いた夫婦が次に目指すのは「2021年の収支をプラスにする事」。今年こそはと胸に誓いつつも、コロナ禍で巣ごもり状態の二人は他にやることもないまま、代わり映えの無い日常を送るのだった。

※前編はこちら!

赤ちょうちん。誘蛾灯に誘われる虫の如く駐車場の奥へと進むと、どうやら店の全貌が見えてきた。バラックに近い簡素なつくりの小屋の奥に、テーブルと椅子がいくつか並んでいる。今そこには誰の姿もなく、最奥に置かれた大型のテレビではボートレースの中継が放映されていた。

「あれ、これは営業してるのか……?」
「どうする? 入る?」

相談しながら中の様子をさらに確認すると、左手奥に人の気配。どうやらそちらが店舗で、目の前のエリアは外飲み用のスペースのようだ。ちょっと思案したのち、どうせ散歩しながら飲むつもりだったのだからということで、2人して入店する。

「あ。いらっしゃい。何名さん?」
「2名です」
「じゃあ、こっちのテーブルへどうぞ」

 

 

長方形の敷地にテーブルは3つ。そのうちひとつに先客がいて、店内に置かれた複数のテレビで中継されるボートレースを観戦していた。一番奥のテレビで江戸川、左手に架けられた壁掛け2台のテレビでは、それぞれ尼崎と大村の中継がなされている。なんてこった。先程の外飲みスペースと併せて、4台もテレビがあり、そのすべてでボートが中継されている。流石は本場のド目の前のお店。こんなにボート漬けな居酒屋は初めてみた。

「うわあ、すげえなこの店は……!」
「ね。テンション上がるねぇ!」

ついさっきまでボコ負けして「もう今日はボートは良い!」と思ってたのに、いざこうやってボートボートした雰囲気に身を置くと、またムクムクと買いたい欲が湧いてくる。注文のあとすぐに運ばれてきた生ビールとホッピーで乾杯しながら、ふむむと息を吐いた。

「次のレース、大外がA1選手だなぁ……」
「B2の女子レーサーが4枠……。これは大マクリ決まりそうね……」

 

【3/20 江戸川 創立80周年記念富士通フロンテック杯 11R】

※写真はボートレース公式サイトより

 

「これ1-6でもまあまあ付くよね」
「そうね……。えーどうしよう。買おうかなぁ……」
「泣きの1レース、行っとく?」
「行っとこうか……?」
「よし、行こう!」

酒を飲みながらのボートはアカン。これはこの2年くらいで身にしみて理解した鉄則のようなものである。まあ遊びなら全然いいのだけども、この日は本場でテンション上がってボコボコにされたあと。しかも6絡みが来ても全然おかしくない番組となると、否が応でも穴狙いの機運が高まるわけで。何気に無言でガッツリ予想した次第。

【夫の予想】
1-6-23 2点 1000円
【妻の予想】
6-12 2点 200円

「ひろしまた1000円入れてるし……」
「これで一発逆転よ! てかはるちゃんも6を頭にしとるねぇ」
「どれ来ても万舟。へへ……!」

注文通りに次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら、大画面のテレビでレースを観戦する。すぐ近く。歩いて数十秒のところで実際に行われている競走だと思うと、なんだか変な感じがした。ピットアウトまでの時間で、お店のスタッフの女性が話しかけてくる。気さくな人だった。

「お客さんは、今日はどうだったの?」
「ボッコボコでした」
「ね! 今日はみーんな負けてるねぇ。本命ばっかりだったもんね」
「あー、そうなんですよ。トリガミばっかで」
「あはは! 向こうのお客さんもそうよ」

見ると、コロナ感染対策のパーティションの向こう。別のテーブルに座る団体の人たちが会釈してくれた。聞けば、我々と同様しばらく本場で観てたけども、ボコボコにされて居酒屋に避難してきたらしい。

「あー、ここは、そういうシェルターなんだなぁ……」
「荒れてる日はね、一杯になるのよここ。当てた人がみんなにごちそうするから」
「なるほどなぁ……。じゃあ今日は……」
「どうでしょうねぇ。でももうすぐ最終レースだからね。このレースでオッズがついたら、お客さんいっぱい来ますよ」
「じゃあ、オイラたちも荒れるのを祈っときますよ」
「あはは! お願いします」

なんとも陽気で、不思議なお店だった。この時間だと基本負けた人が来るので、不思議な一体感がある。各々本日のレースに関して感想をのべつつくだを巻きながら、ああだこうだと酒を飲む。浅草の場合はお馬の大きなレースの時によく見られる光景だけども、ここは実際の場が近いだけあってより密度が濃い。また、そういう場所だけあってお店の人も負けたお客を慰め慣れている。どんだけ負けようと、それをあっけらかんと笑い飛ばす優しさを感じた。

「さあ、レース開始だぜはるちゃん」
「うん! お願いしますお願いします外枠お願いします──」

我々のためにも。そしてお店のためにも。せめて荒れてほしいな。6枠が絡めばいいけど。胸の前で二人して手を併せながら、画面の向こうの──徒歩数十秒の水面の上の出来事、その行方を見守る。

結果!

 

 

ド鉄板であった。よりによって猪木(1-2-3)である。オッズは7.8倍。荒れるの「あ」の字もない。店内の全員が、スンとした無表情で各々の仕事を始めていた。酒を飲む。あるいはツマミを食う。注文を取る。皿を下げる。

「もう今日はいい。もう今日はなんも買わねぇ……!」
「ね。お酒を楽しもう!」
「うん!」

などと言いながら、また最終レースが近づくと買いたくなってくる。なんせ目の前の大画面でレースが流れてるんだから。結局、我々は最終レースも買い、そして外したのだった。

「ンガー! 最終レースもド鉄板やんけ! 獲っててもガミじゃ!」
「1番人気続くなぁ……」
「ぐぬぬ……」

頭をかきむしりながらふと気づいてお店の人の様子を見ると、やっぱりスンとしていた。んでスンとした表情のまま店外の様子を見に行ったそのスタッフさんは「今日はみんな無表情で帰ってるわ」と言いながら戻ってきた。どうやら場から出る人々もスンとした顔で帰ってるらしい。んで、その言葉通り、最終レース後にお店に入ってきたお客さんは皆無であった。

「うおお、こんな好立地なのに人が来ねぇ……」
「やっぱりレース結果の影響をおもいっきり受けるのねぇ」
「これちょっと、マーケティング的に勉強になるなオイ……」

ともあれこれでレースは終了。もう何も事件は起きねぇ。酒飲んで楽しむだけだぜと思ってたら、大村のレースが始まった。大村。みんな大好き1枠が激強の大村。ナイトレース発祥の地、大村である。先だって会釈をしてくれたお客さんがスタッフさんに「俺は大村プロだからね!」と言っていた。どうやら彼の人にとっての本チャンはこれかららしい。そう聞くとオイラも予想したくなってくる。どうやらはるちゃんも一緒らしい。気づいたら買っていた。

結果はドハズレだった。というかその日の大村はオールレディース。しかも初日である。予想のとっかかりがねぇ。ツルンとしておった。

ああ、と思うまもなく、別の画面で尼崎のレースが始まる。「今日の尼崎はずっと一枠が続いてるぜ」と誰かが言った。じゃあもう乗っかるしかねぇこの波に、とばかりに1を買ったら4が来た。ドハズレである。何か負けすぎて金玉が痛くなってきた。

「ねぇはるちゃん金玉痛い」
「なんで……」

その後、尼崎と大村を往復で買い続け、気づいたら三時間くらい経過していた。お店で当てたレースはゼロ。負債は倍くらいになった。まいった。酒が入っていかない。精神がアルコールの吸収を拒否しておる。ボッコボコに負けるとこうなるんだ。今まで知らなかった人体の不思議に唸った。

大村のレースが折り返しを迎えた当たりで、はるちゃんが「そろそろ帰ろうか」と言った。無言でうなずくオイラ。散歩しよう。そうしよう。異様に安いお会計を済ませる。

「毎度! また今度来てね!」

スタッフさんに会釈を返して店を出た。薄暗い、春の夕刻だった。ボートやり始めて一番負けた一日だったけども、気分はそんなに悪くなかった。ボートレース場もそうだし、居酒屋もだ。独特の雰囲気。不慣れな文化。それらに触れる事で、人間として少し成長できたような気がしたからだ。

「じゃあ、いこう!」
「うん。どこいく?」
「わたしねぇ、子供の頃この辺に来ることがあってね。見たいところがあるの」
「へぇ。いいね。じゃあ、そこに行こうか」
「うん! ひろし寒くない?」
「ううん。大丈夫。財布だけ寒い」
「へへ。わたしも」
「ふふ。行こう」
「うん!」

手をつないで歩きはじめる。そういやはるちゃんと2人っきりでボートレース場に来るのは始めての事だった。普段はいつも他に人がいるものね。帰り道はボートの話はせず、子供の頃の思い出話をお互い話ながら、ゆっくり時間を帰って自宅に向かった。

ボートレースデートは良いものだ。と散々聞かされていたけども、実際に体験すると非常に良かった。なんせボコ負けしたとはいえ、ちょっと遠出して日帰り旅行したと思えば、全然納得の金額だったのだもの。

「うし、また今度、こようか。ここ。あとあの居酒屋も」
「うん! 楽しかった! またこよう!」

 

▲居酒屋『竹の子』 ボートレース江戸川・正面入口目の前! 飯も美味かった!

 

【今回の収支(1/1~3/30)】
購入金額 146,100円
払戻金額 99,410円
収支 -46,690円
購入舟券数 140R
的中舟券数 39R
今期的中率 29% → 28%
今期回収率 78% → 68%

まあこの日だけじゃないけど、2月後半の収支は結構ボロボロであった。回収率は一気に10%低下。的中率もちょっと下がっておる。控えめに言って激痛だ。ただ月単位でいうと何気に成績は上向いていて、単月で回収率83%ほどある感じ。しょぼいっちゃしょぼいけども、好材料ではある。

これにて一年の1/4が終了。年末まで、なんとかプラスに持っていきたい。

(挿絵:武尊)

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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