めおと舟 その91『合縁奇縁というけれど』

連載
めおと舟

前回までのあらすじ──。
夫婦揃っての趣味を持とうと始めたボートレース。2019年、2020年と連続でトータル収支マイナスを叩いた夫婦が次に目指すのは「2021年の収支をプラスにする事」。今年こそはと胸に誓いつつも、コロナ禍で巣ごもり状態の二人は他にやることもないまま、代わり映えの無い日常を送るのだった。

4月某日。

やっとこ緩和されたかなぁと思っていた都内のコロナによる営業自粛要請は当たり前の如く「まん延防止等重点措置」と名前を変え、サラリーマン金太郎のAT中を彷彿とさせる「まだまだー!」を見せてくれた。続行である。

そんなわけで、我々酒好き夫婦も基本的に自宅飲みにてアル欲を満たしておるのだけども、まあオリンピックまで徐々に締め付けが厳しくなってくんだろうなというのを見越して、行けるうちに近所の飲み屋に挨拶に行っとくことにした。

この連載にも何度か登場してるけど、浅草の隅っこにある小さなバーである。

「こんちは……」
「おお、ひろしくん。お久しぶり。はるちゃんも」
「マスター、元気でした?」
「うん。元気だったよ。ひろしくんたちは? 変わりない?」
「何も変わりないです。とりあえずビールで」
「わたし、ラムのお湯割りください」

以前はほぼ毎日行ってたバーだけども、営業自粛からこっち利用する頻度が極端に減ってしまった。まあ当たり前なんだけども。そのバーも以前とは営業形態を大きく変え、早い時間に開けて早く締める方式に切り替えてる。飲み屋としてそれはどうなんだというのもあるけど、コロナ時代なのだから仕方ない。

カウンターの一番奥にはるちゃん。その隣にオイラ。2人で来る時の定位置に座り、近況を報告しあう。そうやってビールを1本空けたところで、入り口のドアが開いた。見ると、ドアの形に切り取られた、小雨のそぼ降る夕刻の逆光の中、小柄な人影がふたり、入ってきていた。

「ああ! はるちゃん!」

ニューカマーのうち1人が嬉しそうに挨拶しながら近寄ってくる。マダム・バタフライという名前の女性だ。年齢不詳の美魔女といえば美魔女。なんの仕事してるか知らんがどう考えても会社員経験は無さそうな感じの人である。この人は遭遇するたびにいろんな奇行を見せるので観察対象として非常に興味深く、オイラも各種連載で何度も取り上げている。一言でいうと、酒に思いっきり飲まれるタイプの、愛すべき下町の女だ。

「あー、バタフライさん。お疲れ様ですぅ」

よそ行きの声ではるちゃんが応対すると、すでにグデングデンに酔っ払ったバタフライさんは走るタイプのゾンビみたいな動きで素早くはるちゃんの横へと来て、オイラの頭越しに話を始める。彼女は、はるちゃんに大変懐いていた。

「ねぇねぇはるちゃん見てみてウチのネイル」
「わあ。キレイですねぇ」
「そうなの。ウチもう、家でずっとネイルしてて。部屋がネイルサロンみたいになってるの。今度さ、ウチの部屋に遊びに来て。ホントね、一杯あるからね。あげるから。だってね、ずっとやってるからネイル。ユーチューバーになろうと思うくらい」

酔ったバタフライさんは声がデカい。以前、その声がうるさすぎて常連が連れてきた3歳児がマジギレしたことがある。3歳児にキレられる大人。それがバタフライさんなのだ。大変笑えるのだけど、ただ、彼女がはるちゃんと話す時、必定、隣り合って座るオイラとはるちゃんの間に割り込む形のフォーメーションになるので、そのマックスヴォリュームのトークを耳の真横で聞く羽目になる。その部分はあんまり笑えない。

「ねーねー、はるちゃんの爪みしてみして、爪みして……あ! やってないじゃんネイル! なんでやってないの」
「えー、今わたしテレワークだし、ちょっと爪が薄くなっちゃったからおやすみさせようと思って……」
「テンメコノ! なんでやんねーんだよ! ウチの爪もなぁ……ペラッペラのなぁ……紙みたいになってんだゾ! やれよネイル! テンメコノ……。ネェネェはるちゃぁん……。おしっこ行きたい……」
「行ってきて下さい、ほら、ちゃんと立って……」
「ウン……。ウチおしっこ行ってくる……」

オイラは酔っ払ったバタフライさんの相手は極力しないようにしているのだけども、はるちゃんは面白がってずっと相手をするタイプだ。次はいつこれるか分からないバーだし、早々に帰るのも気が引ける。バタフライさんは普段から酔ってるのがデフォなのだけど、今日の酔いっぷりは結構ハイレベル。本当は早めに切り上げるところだが、仕方ない。今日はギリギリまで相手をしようじゃないか。

まあ、ギリギリっつっても8時までだけど。

トイレから出てきたバタフライさんはまたもオイラとはるちゃんの間に陣取り、またこんな事をいう。

「ねぇねぇはるちゃん、今度さ、ウチの部屋に来てさ、ネイルの道具を持っていってよ! だってね。もうウチ、コロナからずっとネイルやっててね。今もう、すげーんだゾ! 7ハコくらいあるんだから! ネイルサロンかっつーの!」

ネイルサロンはもっと道具あんだろ、と思いつつ、オイラはスマホを取り出した。ネイルの話は同じクダリをループしながらたぶん閉店まで続くし、その間はるちゃんはずっと拘束されることになる。つまりオイラはやることがねぇ。

これはもう、ボートタイムである。

【4/13 大村 ダイヤモンドカップ 4日目 8レース】

▲写真はボートレース公式サイトより

みんな大好きボートレース大村。ナイター発祥の地。1枠激強の大村である。今回のレースも1は固定でいいだろう。気になるのは地元長崎の下條選手。そして5号艇濱野谷憲吾選手だろう。濱野谷選手は「モンキーターン」の主人公・波多野憲二のモデルとしても有名だ。

「オイマスター、テンメ、サボってねぇで仕事しろよ! 曲かけろよ曲! テンメコノ……。あ! ウチこの曲好きィ! 雪ィがアン解けて川ァにインなあって流れてゆきますゥン……もうすぐはァァァるですネェエン……! あ、はるちゃん来てるからこの曲かけたんだなテメコノ! マスター! 水割り頂戴! ァ水割りをくだサァーイン……フフフフンフフー……はるちゃん今度さ、ウチの家にネイルの道具をさ……」

下條選手と濱野谷選手。どっちをとるか……。とはいえ全員強い選手なんだから、あんまり広く買うのもアレだなぁ……。買い目を絞って500円ずつ。だとするともう、1と2と5で良い気がする。よし。これでいこう。

【夫の予想】
1-25-25 2点 500円

1-2-5は一番人気。オッズは6倍だ。まあそりゃそうだわね、と投票を済ませてビールの追加を頼みつつ、レース開始までウマ娘を育成しながら過ごす。ちなみにこの日、ボートレース江戸川は悪天候により1200m開催であった。たまに2周になるのは知ってたけど、実際に2周のレースに遭遇したのは今日が初めて。何となく面白そうだったので2レースほど買ってみたけどズタボロであった。バタフライさんから逃避するための購入だったけど、どうせならマクリたい。

結果!

ンガッ。山田選手かァ……! いやー1-5固定でいけば良かった……。でもまあいいや、いい流れ来てる。大筋は間違ってないぞ。大丈夫……! と、結果を見ながらうなってるとバタフライさんが肘でオイラの肩を小突いてきた。

「テンメコラ! 何やってんだよ! ひとりでコソコソ気持ち悪ィ! 入ってこいよ話ィ! テンメ……あ、ウチこの曲好きィ! ペッパー……ケイブッ! 邪魔をッしッないン……でェエン……。ねーもー、はるちゃん好き好き好き……! 今度さ、ウチの家にネイルのさ、7ハコのやつ、ホントに見に来てよはるちゃァん……。ペッパー……ケイブッ」

【4/13 大村 ダイヤモンドカップ 4日目 9レース】

次のレース。これはもう1-3-4しか見えねぇ。ただオッズが腐っとる。20分前の状態で6倍だったので、下手したら4倍とかになっちゃうかも。しかもオイラ大村の3枠はあんまり信じない事にしてるので、あえて1-24から買う事にする。となると……。こうだ。

【夫の予想】
1-24-243 4点 300円

1-4-3だとガミの危険性が若干あるけど、それ以外だと余裕だろう。白井選手の当地勝率は心強いし、トップスピードで桑原選手の頭に付けると1-4-2も全然見える。さあコイ! 念じながら3杯目のビールに口を付ける。

「あーもーはるちゃんは可愛いなぁ……。ちゅきちゅきちゅきちゅき……。ねーねー爪みせて……あ! なんでやってねーんだよコノテメ! オマエなー! 爪はなぁ! ちゃんとネイルとかないと駄目なんだからな! ウチのネイルみる?」

無限ループに陥ったバタフライさんの喋りにずっと付き合うはるちゃん。マスターは「へへ」と言いながらずっとグラスを拭いたり洗ったりしている。

「あ、そういえばさ! ひろし、オマエ、パソコン詳しいだろ?」
「え? ああ。まあ普通に」
「ユーチューブにネイルのムービーのせるのどうやるの」
「バタフライさんYouTuberなるの?」
「ちがくて、ネイルのムービーをアレに載せたいんだよ。金になんだろあれ?」
「あー……。なるほど」
「なんだよー! 教えろよテメーコノ! ズリィぞそうやってさー、ウチに秘密にすんだろーどうせ。テメコノ! だってウチの部屋さー、7ハコあっから……ちょっとおしっこ行ってくる」
「行ってらっしゃい……!」
「おしっこ……」

結果!

うひゃ、普通に1-3-4。オッズはやっぱ5.7倍なので、まあ買い目を広げてもガミっていたのが救いか。てかこんだけガチガチだったら一点張りでぶっこんどいても良かった気がする。けど、それが出来てりゃ世は事もなし……。

気を取り直して次いこう。

【4/13 大村 ダイヤモンドカップ 4日目 10レース】

おっと、いきなり難しい。これ峰選手なんだろうけど、その場合って1を買うかどうかで悩む。2-3から流すとか? になるのかな……。うわ、これははるちゃんに相談したいけど、まだネイルの話をしてるので無理だ。自分のちからを信じるしかねぇ。

よし、決めた。

【夫の予想】
12-123-134 7点 300円

2号艇に峰選手がいることで1アタマとオッズが分散し、どれがきてもそこそこの配当。ガミはないのでやや広めに買う。これはちょっと取りたい。てかこの買い方だったらまずハズレはないと思うけど……。

「ひろし、だからユーチューブどうやんの……! ネイルのさー、動画を最近よく見てるんだけど、絶対ウチのほうが凄いからな! 検定取ろうとしてるからなウチ! ネイルサロンやりたいもん。でもなー、検定取るのはなー、なんか実務経験が要るんだって。それでなー、ウチだめかもしれない……」
「なるほど……」
「あ! ウチこの曲好きィ!」

結果!

「うお……ウソだろ……なんだこれ……」

まさかまさかの結末だ。オッズは323倍。こんなん買えるわけねぇ。2連単でも万舟である。いやはや……。

「だから、ユーチューブをさぁ……!」
「あーもー……、わかったよもう……。ええと、まずパソコンと、カメラと……」
「えー、パソコン要るの?」
「そりゃあ……要るっしょ……?」
「んだよー、ケータイで何とかしろよーテメコノ!」

と、その時、カウンターの向こうでマスターがグラスを拭きながら、えへへと笑った。

「バタフライさん。バタフライさん。もう、閉店」
「え! もう閉店なの! なんでだよーテメコノ!」
「だって、都が言ってるから」
「んだよーもう……!」

ダダを捏ねつつ会計を終え、店を後にするバタフライさん。我々もそれぞれ会計を済ませて外に出る。小雨が降っていた。普段通りの、何の変哲もない浅草の夜だった。

「なんか、バタフライさんずっと喋ってたねぇ……」
「いつもの事さ」
「うん」

ちなみに、オイラとはるちゃんは何気にこの店で出会ってそのまま結婚している。しかも、その2人をくっつけたのは他でもない、バタフライさんだ。合縁奇縁と言うけども、その事を本人がほとんど覚えてないのが、いかにもバタフライさんらしくてイカしてると思う。

【今回の収支(1/1~4/13)】
購入金額 155,700円
払戻金額 102,810円
収支 -52,890円
購入舟券数 149R
的中舟券数 39R
今期的中率 28% → 27%
今期回収率 68% → 66%

的中率、回収率ともに下落傾向にあり。払戻が10万台に載ったので数字の見栄えはちょっと良くなったけど意味ねぇ。やっぱボートムズいぜ……。

(挿絵:武尊)

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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