めおと舟 その111『趣味の線引き』

連載
めおと舟

前回までのあらすじ──。
夫婦揃っての趣味を持とうと始めたボートレース。2019年、2020年と連続でトータル収支マイナスを叩いた夫婦が次に目指すのは「2021年の収支をプラスにする事」。今年こそはと胸に誓いつつも、コロナ禍で巣ごもり状態の二人は他にやることもないまま、代わり映えの無い日常を送るのだった。

我が家はオイラも妻・はるちゃんもふたりとも家で仕事をしている。オイラは仕事がらずっとそうなのだけども、はるちゃんはコロナ禍からこっちそうなっておるゆえ、この「常に二人して作業しとる」という状態はそろそろ一年半くらいになる計算だ。最初は窮屈さも感じたものだけども、今やすっかり慣れておる。

ただ、問題になるのが「オンライン会議」やら「電話対応」である。

しがないライター業であるオイラはそんなに真面目な会議はないのだけども、会社勤め(家にいるけど)のはるちゃんは定期的に長尺のオンライン会議とやらをしており、その間、オイラは基本的に席を外すようにしている。向かうのは大抵パチンコ屋さんだ。別に一緒の部屋にいりゃいいやんけと思うかもしれんが、オイラ実は「他の人の声」がしてるとあんまり集中できないという豆腐メンタルの持ち主であり、そういう状況では物書きが出来ないのです。

(ひろしー、会議終わったよ)
(おけー。じゃあそろそろ交換して戻るよー)
(ついでにマック買ってきてぇ)
(分かった!)

こんな感じ。家から徒歩3分くらいの所にある行きつけのホールで時間を潰し、会議が終わりを報せるラインが着信したら戻るわけだ。これはこれで良い気分転換になるのだけど、そう言ってられないタイミングというのもありまして。つまり、パチンコに行く時間すら惜しい修羅場の時なんかは、もう、必死に明鏡止水の心を保って、頑張って集中せなばならず。これが中々大変だったりする。

基本的にふたりしてテレワークで仕事する、というのは何の問題もないのだけども、これだけがちょっとしたネックになっておる次第。

「何とかならんもんかのう……」
「なんかゴメンねぇ……」
「いや、いいのよ。お互いさまじゃあコレは……」
「ねぇ、ちょっと気になったんだけど、ひろし、昔はどうしてたの?」
「ン? 昔?」
「うん。すっごい五月蝿い所に住んでたんでしょう? 足立区の──」
「ああ、あの壁がダンボール並に薄いアパートな」
「そうそう──」

まだ浅草に越してくる前、オイラは足立区にて何度か引っ越しを経験している。そのうちひとつ、綾瀬川沿いの、ラブホとラブホに挟まれたような劣悪な環境のクソアパートは、もし「壁薄い選手権」みたいなのがあったとすると、おそらくいい線までいくくらい馬鹿げた壁をしていた。

巷には「レオパレス伝説」というものがあり、件の物件の壁の薄さを誇張して、やれ屁をすると壁ドンされるだのという笑い話になっているけど、その足立の部屋はレオパレスじゃないくせに、その伝説にバッチリ当てはまるというか、なんならそれ以上に信じられない体験ことが沢山あった。

例えば、となりの部屋の住人がティッシュを引き抜く音は当たり前に聴こえたし、ピンポンの音なんか自分ちなのか隣なのかわからなかった。想像してみてほしい。テレビを見てたら、隣の住人と同じタイミングで笑う事があって、妙にバツが悪くなったりするのである。これは辟易したもんだ。

「あれは酷かったなぁホント……」
「その時もライターやってたんでしょ?」
「やってたやってた……。当時は……音楽聴いてたなぁ……。ああ、そうだ。音楽だよ……。忘れてた今まで……ああ……」

そうだ。あの足立区のクソアパートに住んでる時、オイラは隣人がすげー五月蝿いのに対する抵抗の意味で、ひたすら音楽をかけていた。そもそもある夏の日、隣の金髪デブが真夜中3時にずっと電話しててめちゃくちゃ五月蝿かった事に端を発するのだけども、その時、とにかくアッタマ来たオイラが直接文句を言いに行った所、「あ、ウイッスウイッス」みたいな返事をされた上に全然電話を辞めねぇという状況になりまして。ああもういいですよいいですよ戦争ですねと、そういう風に受け取った筆者は以来、自分の生活音を一切隠さない事にしたのである。

「あの時は部屋でよくメタル流してたなぁ……」
「それ……管理会社とかからクレーム来なかったの?」
「いや、全然。なんせうちの部屋が端っこでさ、隣が金豚の所だったの。上の部屋は誰も住んでなかったし、もうホント、オイラと金豚の戦いみたいな感じでね。向こうも対抗してんのか『湘南乃風』とかすげーかけてたし。単にあんまり気にしてなかったのかもなぁ……」
「へぇ……」

当時、金豚との騒音バトルをオイラはブログでリアルタイム実況していた。金豚は公家みたいなうっすい顔の女と同棲してたのだけども、声がだだ漏れなの分かってるクセに時折隣の部屋で「夜の営み」が執り行われる事があり、それがまた大変に五月蝿く、最大限にアッタマ来たオイラはスピーカーを向こうの部屋に向けて、水前寺清子の「365歩のマーチ」を流したりしてやってた。

金豚とのバトルはたぶん丸一年くらい続いたけど、最後の方は(オイラの勝手な認識かもしれないけど)何気に妙な心のつながりみたいなのが出てきており、妙に静かな日はなんとなく心配になったりしたもんだった。ある日、公家顔のしょうゆ女と金豚が酷いケンカをして、やがてビンタの音がハッキリ聞こえたのち、声を殺して男泣きする彼がひとり残された時などは、なんだか無性に応援したくなり、壁に向けてMETALLICAの「St.Anger」をかけてあげたもんだ。

別れはツラいよな。頑張れ、金豚。頑張れ──……。

「金豚はその後すぐ引っ越してさ。次にちょっと年いった夫婦が入ってきたんだけども。礼儀正しい人だったし普段の生活音は静かで良かったんだけども、たまーにすげー大声でケンカしてさぁ。普段の感じがいいから反撃もできずで……ある意味ソッチのほうが困ったもんだったよ」
「足立区すごいわね……」
「もう、しょうがないからヘッドフォンで音楽を聞きながら仕事して……」
「音楽は集中できるんだ?」
「まー、無音よりかは集中力落ちるけど、いけるっちゃいけるかなぁ……」

オイラ、仕事中に聴いていたのは主に英語圏の曲であった。日本語の歌だと歌詞に文章が引っ張られちゃうのでダメなのである。フランス語とかドイツ語とかみたいな完璧に理解不能な歌詞だと逆に「何いってんだこいつ」みたいな感じで耳障りに聞こえてしまい、こっちも集中力が落ちる。違和感なく聴けるしスッと抜けていく英語がちょうどいい。

「曲もね、バラードはだめなんだよ。もっと最低でもロック。できればもっと激しいのじゃなきゃ」
「へぇ、逆じゃない?」
「ううん。バラードは入ってきちゃうんだよ、曲が。聴いちゃうの」
「ああ……そういう……」
「うん。メタルとかだとそのまま抜けていくんだよね。ただパンクになっちゃうと主張が強すぎてダメだったり、結構難しいのさ」

当時主に聴いていたのは「Dream Theater」だった。これがベストで集中できる。アレキシ・ライホ死んじゃったけど「Children of Bodom」も良く聴いていた。「SOILWORK」「IN FLAMES」なんかもハマってて割とヘヴィー・ローテーションで聴いてたもんである。あとは「KORN」「Limp Bizkit」なんかは世代も世代なんで当たり前に大好きだし、「Bullet for My Valentine」「Avenged Sevenfold」もプレイリストの常連であった。クラシカルなハードロックも好きなので、例えば「DEEP PURPLE」「Led Zeppelin」辺りは睡眠導入剤代わりに常飲していたもんだ。多くのメタラーにとっては良い意味で、安心できる子守唄なのである。言うまでもなく、「Beatles」も「Rolling Stones」も。

これらは浅草に越しても暫くは聴いてた筈なのだけど、考えてもみれば、どこかのタイミングでオイラの生活から音楽が消えてしまっていた。言うまでもなく、結婚したからである。嫁さんとネコとオイラ。ふたりと一匹での生活を送る上では、メタルは邪魔なのである。キャッキャウフフとメルヒェンな感じで過ごすのに、ヴォーイとかファーックとかそういう叫びは要らんのである。

「あー……そうか。オイラ、音楽聴いてねぇんだ最近……。なんか足りねぇと思ったら、洋楽が足りねぇのかもしれん……」

なんかもう、一時期は一日の半分くらいをヘッドフォンつけて暮らしてたのに、生活環境が変わるとここまでコロっと忘れるもんだというのが、びっくりである。当時使ってたヘッドフォンは何度かあった引っ越しのどさくさで紛失してしまったし、いわゆるソニー耳であるオイラはそこそこ高いイヤフォンも複数所持していたのに、もう失くしちゃった。

ああ、生活から、音楽が消えてる。

ちょっともう、あまりに衝撃だった。そういや最近ゾンビ映画もめっきり観る本数が減ってるし、美術館にも行ってない。コンシューマーゲームのプレイ時間もびっくりするくらい減ってる。

「おい、やばいぞはるちゃん……。オイラ、無趣味人間になっとるよ……」
「よくパチスロに行ってるじゃない」
「パチスロは置いとこう……あれはちょっと違う……」
「マンガは?」
「マンガは娯楽だし……趣味とはちょっと違うかな……。42歳のオッサンが『趣味はマンガを読むことです!』って、面白くはあるけどさ……」
「うーん。じゃあボートは?」
「ンー? ボート……。いやボートは……。まあ趣味っていやぁ趣味なのか……? なってるのかね、趣味」
「『めおと舟』ってもともと、夫婦共通の趣味を見つけるぞう、みたいな話じゃなかった?」
「……そうだっけ」
「そうよ」
「あー……じゃあ、趣味か。なってる? 趣味に」
「微妙な所よね……。ひろしはよくやってる方だとおもうけど……。わたしは使っても月に5000円くらいだしなぁ……」
「でもまあ、定期的に『楽しみのため』にやってるのであれば、趣味なんじゃ?」
「じゃあ、趣味……なのかなぁ……」

趣味の線引き。どこからが趣味で、どこからがそうじゃないのか。これは厳密な定義があるわけじゃないからわからない。翻ってオイラの場合、自分の中に例えばメタルや映画と同じくらいの重さでボートがあるかというと、正直まだそこまでじゃない気がする。でも美術館やストリップよりかはボートが上になってると思う。ゲームと比べると、現状傾けてる情熱はドッコイドッコイ……くらいか。考えても見ればゲームも昔はすげーやってたけど、最近は全然やれてない。だけど、嗜む時間が減ったとはいえ、ゲームを「趣味ではない」とするのには無理があるくらいは好きだし、そう考えると、ボートももう趣味といっていいのかもしれん。

「ンー。決めた。オイラ、ボートは趣味になってるわ」
「でしょうねェ。結構使ってるもんひろし。お金も時間も……」
「負けてるもんねぇ。ガッツリ」
「せめて勝とうよう……」
「へへ……。サーセン……」
「あ、わたしこの後もまた15時から、会議あるから」
「おう。分かった。ちょっと音楽聴きながら仕事してみるね──」

──8月某日。久々にRolling Stonesを聴きながら。唯一無二のドラマー、チャーリー・ワッツ御大のご冥福をお祈りいたします。

(挿絵:武尊)

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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