めおと舟 その119『バタフライさんのボート論』

連載
めおと舟

前回までのあらすじ──。
夫婦揃っての趣味を持とうと始めたボートレース。2019年、2020年と連続でトータル収支マイナスを叩いた夫婦が次に目指すのは「2021年の収支をプラスにする事」。今年こそはと胸に誓いつつも、コロナ禍で巣ごもり状態の二人は他にやることもないまま、代わり映えの無い日常を送るのだった。

コロナ明けにはまだほど遠いとはいえ、一時はやべー事になっていた都内の感染者数もやっと落ち着きを見せた。久々の宣言解除である。いままで一年くらいずっと家でばっかり酒飲んでたけど、最近は久々に飲み歩いておる次第。

カランコロン……。

「チワッス! お久しぶりです」
「おお、ひろしくん、久しぶり」

浅草某所のバー。以前は毎日のように通っていたけども、宣言中はお店自体やってなかったので久々の入店だ。

「今日ははるかちゃんは?」
「はるちゃん今家で仕事中……。とりあえずビールください」
「アサヒでいい?」
「ウイッス……」

L字型のカウンターには見知った常連の顔がちらほら。当然会うのは久々である。それぞれ乾杯しながらしばし歓談。みんな元気そうで良かった良かった……。

「ひろしくん、最近パチスロ行ってる?」
「いやーあんまり。ちょっと忙しくてあんまり行けてないですね」
「ボートは?」
「やってますやってます」
「こないだツイッター見たけど、めっちゃ当ててたねぇ」
「負けてる金額の方が遥かにデカイですけどね……」

カランコロン……。

木製の扉が開く。営業再開を聞きつけた常連がまたやってきたらしい。果たして誰ぞ顔を見せたのか……と入り口に注目すると、キャップを目深に被った妙齢の美魔女が姿を現した。すでに千鳥足である。行きつ戻りつ、右へ左へと揺れながら、ゾンビのように近づいてきた。西浅草のマダムバタフライ、その人であった。

「ああ、バタフライさん……」
「おお……! お前……ひろしじゃねぇか!」
「お久しぶりです……」
「お久しぶりじゃねぇよお前……! あたし今日牙狼で2万5千円負けたんだからな!」
「え、牙狼って、新しいヤツ?」
「そうだよ!」
「まー、魔戒ラッシュ入らないと負けるよねぇ」
「違うよ! 馬鹿ッ! 当たってないよ! 空気がもう無理だから帰ってきたんだよ!」

空気。バタフライさんは何かにつけ「空気」という単語を使う。察するに雰囲気であるとか悪い予感みたいな意味だ。要するに牙狼が当たる気しなかったからヤメてきた、みたいな意味になる。

「遊タイムは……?」
「……知らねーよ! 遊タイム遊タイムって……クソだな!」
「え、遊タイム知らないの。あれお金入れ続ければどっかで必ず当たるんだよ」
「当たんねぇよ! そういう空気じゃないじゃん!」
「いや違うんだよ。必ず入るンだって」
「……マジな空気?」
「そうだよ勿体ない……。折返しくらいまで入れてンじゃん……。超ラッキーだよ次打つヤツ……」
「オマエ……ちゃんとウチに教えとけよそういう空気なのは! バッカコノ! テメェ……クソだな!」

バタフライさんはめちゃくちゃ口が悪い。オイラが人生で出会った女性のなかでダントツ下品である。あとパチンコに関しては生粋のオカルターであり、「金玉が外れたらヤメのサイン」であるとか「玉が戻って入ると激アツ」「海を打つと運気が下がる」などの数多くの名言を残している事でも知られている。

「あーもー、何だよ牙狼……。二度と打たねぇよあんなの……アンナ~ァ、お前の愛の火はまだァ~、燃えているかァい……」
「(歌い始めた……!)」

オイラはいままでバタフライさんに関して、別メディアで何度もコラムにしてる。そしてその事を本人は全然知らない。愛すべき浅草の女である。

「マスター、水割りちょうだい……水割りをくださァ~いン、フフフフフンフフ~ン、水割りフフフフ~ン……」

熱唱するバタフライさんを横目で皆がら、そういやこの人ボートやったことあんのかな……という素朴な疑問が湧いてきた。迂闊な事に今まで一度もその話はしたこと無かった。

「ねーねーバタフライさん……バタフライさん……」
「なに……」
「バタフライさん、ボートレースってやったことあんの?」
「あるよ。何回かカレシにつれてって貰った事あるし」
「どうだった?」
「どうだったって?」
「勝った?」
「いや~覚えてねぇなァ……。ちょっと勝った気がする」
「へぇ、すげーじゃん」
「あの……ビキニ……ビキニ……」
「ビギナーズラック?」
「そう。それ。ビギナー……アレ……」
「幾ら勝ったか覚えてる?」
「いや~当時ウチ、競馬で2百万とか当てたりしてたからサ。だから覚えてないってことは、カネはそんなに儲かってないと思う。ただ──」
「ただ?」
「行くたンびに当ててたよ」
「マジで……」
「だからホント……ビキニ……」
「ビギナーズラック?」
「そう。ビギナー……ソレ……」

バタフライさんは前述の如く理論や方法論無視を完全に無視したガチガチのオカルターである。そして恐ろしい事に、それでもパチンコや競馬に関しては恐るべき勝率を誇っている。理由は分からん。が、実際に数字が出てるんだからそのオカルトには一定の見るべきモノというのはあるはず。ボートに関しても「勝っていた」というのであれば、何らかの見習うべき部分があるのだろう。確認してみよう。

「なんか、こうやったらボート勝てるぜ、みたいなのって何かある?」
「ねーよ! そんなんで勝てたらオマ……みんな金持ちじゃん!」
「まあそうなんだけど、勝った時ってどうやって舟券選んだのさ」
「えー……。こう……観てて……この舟来そうだなとかあるじゃん」
「……ほう」
「それを選んだだけだよ。だから馬と同じだよそんな……」
「それ、どうやってわかるのさ。来そうだなぁとか駄目そうだなぁとか……」
「やっぱ……空気?」
「空気……」
「そう。来そうな空気を見て、買うんだよ」
「全然わからねぇ……。てか馬も?」
「馬も空気だよ」
「それで2百万当てたの?」

それまでカウンターの向こうで筋トレをしながら酒を作ってたマスターがぼそっと呟く。

「ひろしくん……ひろしくん……バタフライさん、一回だけじゃないから。何回も百万単位で当ててるから……」
「まじかよ……空気すげーな……」

空気。そう言えば以前、とあるスロプロの有名人にお話を伺った時に、こんな事をいっていた。曰く、パチスロの場合はお店とお客との対決なのだけど、設定の読みの材料が出揃ったあと、例えば三択や二択まで絞れたとして、その後のツモに関しては「空気」が大事になると。その時は笑い話として流していたけども、よもやバタフライさんと最終的には同じ答えにたどり着いている。

「空気どうやって読めばいいの?」
「ンー、お前ギャンブル知らねーからなぁ! ウチはもう若い頃○○○○屋を経営してたし、経営者目線? だから。だからもう分かるんだよ。そういうのが」
「おお……。もう完全に……アウトローじゃん」
「オマ……! ウチを犯罪者みたいに言うなよ! ……埋めるぞ?」
「え、どこに?」
「本厚木……?」

ゲラゲラと二人で笑う。このバタフライさんの「埋めるぞ」からの「本厚木」はジミー大西の「やってるやってる」とかと同じ形式のセットプレイになっている。

「えー、でもマジでそういうカンってどこで鍛えるんだろう……」
「カンじゃなくて空気なんだよ。馬とかもなー、血統とか見るのバカだからな。そんなの見て勝ってるヤツいねーだろ実際」
「いやー、いるだろ……」
「いねーよ。バッカオマエ……。そんなんで勝てたらみんな同じの買うじゃん。農協が儲からねぇだろそしたら……」
「あれ農協じゃなくて農林水産省だぜ……?」
「同じだろ! バカ! ……埋めるぞ?」
「え、どこに?」
「本厚木……?」
「(笑)」
「パチンコも同じだぞ! テメーみたいになァ、遊タイムだのボーダーだのなぁ……ホントクソだからな? そんなんで勝てたらウチもう……パチンコしか打たねぇよ!」

確かにオイラは遊タイムもボーダーも知ってるけど負けとる。ボートも真面目に予想してるけど負けとる。何も知らんでも空気一本槍で勝利してるバタフライさんの方が、最終的には偉いのかもしれない。

「空気か……」
「空気だよ……空気。ギャンブルは空気。マスター、水割りもういっぱい頂戴……。あ! てかなんでウチだけチェイサー出てねぇんだよテメェ! サボりやがって! ……チェイサ~~ケイブッ!」

こうして浅草の夜は更けていくのだった。

(挿絵:武尊)

著者プロフィール画像
あしの

浅草在住。猫とホラー映画とパチスロを愛する39歳。パチ7にて『インタビューウィズスロッター』連載中。『5スロで稼げるか?』(www.5suro.com/blog)の中の人。ボートレースはからっきし初学者ですが、自分自身で楽しみながらその面白さをお伝えしていきたいと思います。

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